現代的ジェンダー観で描く1930年代風スクリューボール・コメディ…
フランソワ・オゾン監督の多作さと多彩さには驚くばかりです。1年1本ペースですし、内容もシリアスもの、告発もの、そしてこの映画のようなコメディと幅広く、とにかくすごい監督です。
今年日本で公開された映画はこれで3本目です。2021年製作の「すべてうまくいきますように」、2022年製作の「苦い涙」、そして2023年製作のこの「私がやりました」です。
1930年代風スクリューボール・コメディ…
フランソワ・オゾン監督の映画はかなり見てきていますが、一番コメディ色が強いんじゃないでしょうか。それもサイレント映画からトーキー初期のコメディパターンを使ったクラシカルなコメディです。
スクリューボール・コメディというジャンルがありますが、それですね。台詞劇ですので、フランス語のニュアンスがわかるかどうかで感じる面白さも随分違うんじゃないかと思います。私はわかりません(笑)が、でも楽しい映画です。
時代設定は1930年代、ほぼサイレント映画はなくなっている時代であり、イザベル・ユペールさんが演じている往年の名女優オデット・ショーメットもトーキー時代到来とともに消えていった俳優として登場します。
この映画の見所はそのイザベル・ユペールさんが登場する後半です。イザベル・ユペールさんのコメディエンヌっぷりが遺憾なく発揮され、それとともにマドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)とポーリーヌ(レベッカ・マルデール)を加えた女性3人の間合いが一気によくなってラストまで突っ走ります。
この映画には翻案という意味合いの原作があります。ジョルジュ・ベール(Georges Berr)とルイ・ベルヌイユ(Louis Verneuil)による1934年の戯曲「Mon crime」という舞台劇です。この舞台劇は1937年の「True Confession」と1946年の「Cross My Heart」とハリウッドで2度映画化されているそうです。
フランソワ・オゾン監督らしい女性への敬意…
プール付きの豪邸の引きの画にガチャン!ワッ!と音が入り、若い女性が慌てて駆け出してくるところから始まります。道路へ出た女性は通行人の女性とぶつかり、相手の女性がわっ!と声を上げます。
予告編を見ておきますと、かなり引きの画ではありますがぶつかった相手の女性がその出で立ちでイザベル・ユペールさんだとわかります(笑)。
駆け出してきた女性は新人俳優マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)です。アパートメントに戻ったマドレーヌは部屋をシェアしている弁護士ポーリーヌ(レベッカ・マルデール)に、仕事の話だと思ってプロデューサーに会いに行ったら、愛人になれと言われ、断ったら押し倒されたので噛みついて帰ってきたと泣きながら(ですが、コメディーです…)話します。
で、後にそのプロデューサーが殺されたということで警察がやってくるのですが、その前に、ポーリーヌがひとりのときに大家が家賃がたまっているとやって来て、それに似つかわしくないくらいの軽妙なやり取りがあったり、マドレーヌが戻った後、恋人で大企業の御曹司アンドレが訪ねてきて、会社のため(会社が傾いており相手の持参金欲しさに…)に結婚することになった、でもこのまま愛人として付き合おうと言ったりするという、まさしくスクリューボール・コメディの幕開けにふさわしい始まり方をします。
そして、映画の前半はそのマドレーヌにプロデューサー殺害の容疑がかかり、弁護士のポーリーヌがこのピンチをチャンスに変える一計を案じます。正当防衛を主張して無罪を勝ち取り、さらに被告人の最終陳述で尊厳を守る女性を演じて俳優として売り出そうというのです。
この映画にはオゾン監督らしい女性への敬意やフェミニズムが織り込まれています。この策略も、女性であるがゆえの社会的制約により貧しいふたりの女性が男性社会のセクハラや権威主義(警察、判事などに象徴される…)に対して立ち向かう姿をコメディという可笑しみでくるんで象徴的に見せています。
また、この設定は、1930年代当時、フランスでは世を騒がせる女性による殺人事件がいくつかあり、そうした女性たちが置かれていた状況を現代の視点で見つめ直すという意図もあるようです。
イザベル・ユペールさんが1978年のカンヌ映画祭で女優賞を受賞した「ヴィオレット・ノジエール」のモデルとなったヴィオレット(Violette Nozière)やパパン姉妹(Christine and Léa Papin)のことが映画の中で語られていました。
コメディエンヌ、イザベル・ユペール…
裁判は、ポーリーヌの描いたシナリオ通りにマドレーヌは無罪となり、さらに引く手あまたの売れっ子俳優となります。さらに無罪を勝ち取った弁護士ポーリーヌにも依頼が殺到します。そして、ふたりは裕福にもなり豪邸に引っ越します。
後半です。
オデット・ショーメール(イザベル・ユペール)という高齢の女性が訪ねてきます。サイレント時代の売れっ子俳優、しかし、今は落ちぶれています。
オデットはプロデューサーを殺したのは自分であり、ふたりの今があるのは自分のお陰なんだから分け前をよこしなさいと言い、よこさないのなら自分が殺したと名乗り出ると証拠の品を見せながら迫ります。
すでにこの後半がこの映画の見所だと書きましたが、本当に偽りなくその通りで、イザベル・ユペールさんの演じるオデットの裏のない屈託なさがこの映画をとても見やすくし、またコメディとしてのレベルを一段上げたものにしています。
オデットは、俳優として落ちぶれた現在の自分を卑下したり、逆に人をやっかんだりすることのない実に気持ちのいい人物です。そしてまた、その人物をイザベル・ユペールさんがとても楽しそうに演じていることが伝わってくるのです。ですので、それにつられてマドレーヌとポーリーヌの間合いも前半よりも一段よくなってきます。
ちなみに原作ではこの役回りの人物は男性とのことです。
ふたりに要求を断られたオデットは、じゃあ真相をぶちまけてくるわねといった軽い感じで判事のもとにいき、私がやりましたと名乗り出ます。判事は戸惑いながらも、威厳を失ってなるものかと軽くあしらいオデットを追い出します。ここでもオデットはじゃあマスコミにバラすわよとマイペースです。
このあたり、本当に面白いのです。男性が社会的威光をかって上手に出ても相手にしなければ簡単に無力化できるということを示しています。
一方、ポーリーヌとマドレーヌのふたりはオデットを仲間にした新たな策略を練り、オデットの要求の30万フランを手に入れ、またマドレーヌと恋人のアンドレの結婚をアンドレの父親に認めさせ(反対されていた…)、さらに現在マドレーヌが出演している「シュゼットのなんとか」の舞台劇でオデットを再起させる計画を立てます。
ややこしいですので詳細は省略ですが、計画は見事に成功し、すべてがうまくいき、「シュゼットのなんとか」の舞台もプロデューサー殺人事件の顛末を織り込んだ新しい趣向で喝采を浴びて大団円で幕を閉じます。
そしておまけとして、映画に数多く登場した男性たちがそれぞれ犯罪やらあれこれの悪さで社会的地位を失ったという新聞記事がバンバンと出て映画は終わります。
フランソワ・オゾン監督おすすめ映画
お見事! という映画ですが、オゾン監督自身がこの映画の系譜だと語っている映画があります。
「8人の女たち」と「しあわせの雨傘」です。
ただ、私のおすすめは「婚約者の友人」です。