ウンディーネ(オンディーヌ)モチーフの重層的なラブ・ファンタジー
単なるラブ・ファンタジーもクリスティアン・ペッツォルト監督にかかると、どことなく社会性を帯びてわかりにくくなるという典型かと思います(笑)。
ウンディーネ(オンディーヌ)
アンデルセンの「人魚姫」がウンディーネの影響を受けているとか、また、劇団四季のジャン・ジロドゥ作「オンディーヌ」などでわりとよく知られた存在の「水の精ウンディーネ」を題材にしたラブ・ファンタジーです。
ゲームにも登場するようですので今はそちらのほうが馴染みがあるのかも知れません。
ゲームでどう扱われているかは知りませんが、ドラマとしてはおおむね悲劇(悲恋)物語になると思われ、ウィキペディアによれば、
- ウンディーネは水のそばで夫に罵倒されると、水に帰ってしまう。
- 夫が不倫した場合、ウンディーネは夫を殺さねばならない。
- 水に帰ったウンディーネは魂を失う。
といった結果をもたらすとされているようです。
この映画でも、その名のとおりのウンディーネが恋人ヨハネスに振られ、お約束どおり、後にヨハネスを殺すことになります。ただ、この映画が難しく感じられるのは、単純にその二人が映画の軸となっているわけではなく、もうひとりクリストフという男が登場し、ウンディーネとクリストフの物語として映画が進んでいくことです。
ですので、物語を理屈で追おうとしますととても難しく感じる映画です。さらに、ウンディーネは博物館の学芸員ですので、その仕事として来場者にベルリンの都市計画を説明するシーンにかなりの時間が割かれています。東西分断前、社会主義時代、そして現代のベルリンへの変遷がウンディーネの解説として語られます。
このベルリンの話が物語にどのように関連しているのかがよくわかりません。
ただ、ラブ・ファンタジー自体はウンディーネとクリストフの物語をそれぞれ別々と考えればいいのではないかと思います。つまり、ウンディーネが出会うクリストはカフェの水槽の中の潜水士の幻であり、クリストフが出会うウンディーネは潜水中に現れる大なまずの化身というように考えればわかりやすい映画になります。
ウンディーネがなまずというのもなんですが、冒頭とラストシーンからいけばそれしかないでしょう。所詮ファンタジーなんですから潜水士の同僚がウンディーネの存在を知っていることも別に大きな問題ではありません。
この映画は次元の違う世界に生きる二人の悲恋物語ということだと思います。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
クリストフ(フランツ・ロゴフスキ)の潜水シーンから始まります。職業潜水士のクリストフがダム湖に潜り溶接作業をしています。巨大ナマズと出会います。陸に上がりモニター画像を見ますと確かに巨大なまずが写っています。
ウンディーネ(パウラ・ベーア)はヨハネスから博物館の向かいのカフェで別れ話を持ち出されます。ウンディーネはヨハネスをじっと見つめ、私を振ったらあなたを殺すことになると言います。
ウンディーネの瞳からは涙がこぼれますが、これは失恋の悲しみの涙ではなく、ウンディーネの宿命に逆らえないことへの涙でしょう。
パウラ・ベーアさん、フランソワ・オゾン監督の「婚約者の友人」がとても印象深かった俳優さんで、クリスティアン・ペッツォルト監督の前作「未来を乗り換えた男」ではこの映画のクリストフを演じているフランツ・ロゴフスキさんとも共演しています。
ウンディーネはヨハネスに30分待っていてと言い残し博物館の解説員の仕事に戻ります。ここで上に書いたベルリンという街の都市計画についての解説がかなり長く入ります。巨大なジオラマを前にして話をしていましたがあれは実際にどこかに展示されているんでしょうか、どうなんでしょう?
と、調べましたら、ここですね。2014年以降の項目にこの映画の記載があります。
ジオラマもありました!
それに、下のストリートビューの右側の画像外の手前に Haus am Köllnischen Park があるのですが、ウンディーネが博物館の窓からヨハネスがいるかどうかを見る向かいのカフェは左側の建物沿いにテーブルが置かれていたんじゃないでしょうか。
これがあっているとしますと、ウンディーネはこの道路をカツカツと歩いていったということになります。
仕事を終え、ウンディーネは急いでカフェに戻ります。ヨハネスはいません。カフェの中を探し回っていますとすばらしい解説だったとクリストフが話しかけてきます。そして、そのやり取りの際にクリストフが店の棚にぶつかり、棚に置かれていた水槽が倒れ、二人はその水をかぶって倒れてしまいます。
水槽の中にあった潜水士のミニチュアはこの後物語のキーになっていきます。
ヨハネスのことはどこへいってしまったのやら(笑)、二人は一瞬にして恋に落ちます。
ファンタジーですから気にはなりません。それにウンディーネが自分の宿命に抗って、ヨハネスを殺さないようにと水槽の中の潜水士を幻として登場させたと考えればしっくりきます。
二人はウンディーネのアパートメントで愛し合います。クリストフは仕事場に帰っていきます。
後日、今度はウンディーネが列車に乗ってクリストフの仕事場のダム湖を訪ねます。ウンディーネは潜水士のミニチュアを手にしています。駅に到着すると列車と並走する少年のようなクリストフがいます。二人は湖に潜ります。湖底で「UNDINE♡」(ハートってどうよ(笑))と刻まれた文字を見つけます。クリストフが目を離したすきにウンディーネがいなくなっています。見上げますと足ヒレや水中メガネがゆらゆらと落ちてきます。ウンディーネが浮かんでいます。クリストフはあわててウンディーネを引き上げ心臓マッサージや人工呼吸を施します。「♪ ステイン・アライヴ、ステイン・アライヴ ♪」とリズムを取りながら(笑)。ウンディーネは息を吹き返し笑顔でクリストフを見つめます。
ベルリンです。ウンディーネは博物館の上司から専門外の解説を頼まれます。その時、机にうつ伏して眠っていたウンディーネはあわてて起き上がった際に潜水士のミニチュアを落として割ってしまいます。
ウンディーネのアパートメント、ウンディーネはミニチュアを接着剤でくっつけ、依頼された解説文を暗証しています。クリストフが訪ねてきます。クリストフはその解説を聞かせて欲しいと言い、ウンディーネが覚えたての解説を語ります。
翌日、クリストフを駅まで送るウンディーネ、二人は肩を寄せ合い駅に向かいます。向かいからヨハネスが女性とともに歩いてきます。すれ違いざま、ウンディーネはヨハネスをじっと見つめます。
ある日の夜、クリストフから電話が入ります。クリストフは初めて会った日、君は誰かを待っていたのではないかと尋ねます。さらに、あの日君はすれ違った男をじっと見つめていたのではないかと詰問(もう少しやさしい)します。
ここのウンディーネの返答ははっきり記憶できていません。最初は否定していたウンディーネですが最後には認めていたように思います。そして、電話はぷつりと切れます。
このあたり、記憶がやや曖昧です。
ウンディーネはクリストフに何度も電話をしますが応答がありません。ダム湖に向かいます。人だかりがしています。事故があり、クリストフは何分間か窒息状態になり脳死状態になったと知らされます。ウンディーネは病院に向かい、クリストフと対面します。傍らには潜水士の同僚モニカがいます。
昨夜クリストフと電話で話をしたというウンディーネに、モニカはそんなはずはない、事故は昨日の昼間に起きたと言います。
ベルリンです。ヨハネスか女性の住まい、ヨハネスはプールで泳いでいます。女性がもうじき両親が来るといい家の中に入っていきます。
この流れを見ますと、このしばらく前にヨハネスがもう一度よりを戻したいと言ってきたのもウンディーネの妄想ですね。
ウンディーネがやってきます。プールに入っていきます。泳ぎ疲れてプールサイドにつかまったヨハネス、振り返るとウンディーネがいます。ウンディーネは無言のままヨハネスを水中に沈めます。
再びダム湖、ウンディーネは湖に入っていきます。姿が見えなくなり湖面も静かになります。
クリストフの病室、クリストフが息を吹き返します。
2年後、クリストフはモニカと愛し合うようになっています。モニカにのお腹には子どもがいます。
クリストフが事故後初めて潜ります。水中で溶接をしています。クリストフが溶接を確かめようした時、その手に重ね合わせるようにウンディーネの手が伸びてきます。
地上に上がったクリストフがモニターを確認するも、そこにはウンディーネの手は写っていません。
その夜、クリストフはモニカが横に眠るベッドから抜け出し、潜水具もつけず湖に潜っていきます。後を追って駆けつけるモニカがクリストフ!と叫びます。
やがて湖から上がったクリストフはモニカをしっかりと抱きしめます。
クリストフの手には潜水士のミニチュアが握られています。
クリスティアン・ペッツォルト監督、三部作の第一作
この映画、効果音がかなり強調されています。おそらく水中の音の感覚がイメージされていたのではないかと思います。
音楽としては例の「ステイン・アライブ」がやや笑いを取るように使われています。確かに心臓マッサージには適度なリズムかも知れません。
そしてバッハの協奏曲 BWV 974 ニ短調(だったと思います)が、二人の結ばれない愛を語るように悲しげに幾度も響いていました。
ところで、ドイツ語版のウィキペディアによれば、クリスティアン・ペッツォルト監督には三部作の構想があるらしく、次の二作は Luft と Erdgeistern になるそうです。
空気と大地という意味でしょうか、事実なら楽しみです。