ややオフビート、ややシュール、総じて真面目で優しい映画
原作の漫画も大橋裕之さんという方も知らないのですが、先行上映ということで見てきました。雰囲気的になんとなくギャグ系なんだろうなあと思って見に行ったのですが、そうでもなくシリアスということでもないのですがいたって真面目な(?)映画でした。ちょっとオフビートっぽいところもありますし、シュールなところもあります。
脚本:倉持裕さんの力が大きいのかも
原作は大橋裕之さんの『ゾッキA』『ゾッキB』です。
ゾッキってなんだろうと思いググってみましたら、ゾッキ本という言葉があり、「古本・古書市場にて極めて安い価格で売られる新品本を指す(ウィキペディア)」言葉らしく、「ゾッキ」とは「ひとくくり」「ひとまとめ」などを意味するのだそうです。
上のアマゾンで「伴くん」の試し読みができます。
『ゾッキA』『ゾッキB』の目次です。小品が「ひとまとめ」になっているということで『ゾッキ』というタイトルなんでしょうし、あるいは売れずに新品のまま古本屋でまとめて売られてしまうという自虐的な意味合いも込められているのかも知れません。デビュー当時は自費出版だったそうで、そうした作品を集めた作品集のようです。
で、この作品集を竹中直人、山田孝之、齊藤工3人の監督でどうやって映画にしたんだろうということですが、オムニバスといった方法はとらずに、どうやら『ゾッキA』『ゾッキB』の中から何作品かを選び、それらがうまく交錯するように、あたかも1本の物語であるかのように描かれています。
あくまでも「あたかも」であってひとつの物語になっているわけではありません。でも違和感なくうまく構成されています。それに監督が3人という感じはしません。統一感がとれています。
脚本は倉持裕さん、岸田國男戯曲賞を受賞されている劇作家の方です。どんな舞台を作る方かはわかりませんが、劇作家と言われてみればなるほどという感じがします。話は各作品(物語)間をポンポンと飛ぶんですがさほど違和感なく、きっと最後はひとつにまとまるんだろうと予感させます。それにどことなく各シーンに舞台っぽさがあります。
映画にまとまった印象があるのは倉持裕さんの脚本の力のように思いますし、全体のトーンとして優しい感じがするのは原作の持ち味、そしてエロ本で映画を1本にまとめようとしたのは3人の監督の発案ではないかと想像します(笑)。原作を読んでいない者の思いつきです。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
かなり豪華なキャスティングがされていますが、中心となっている物語は2つで、作品は『伴くん』(試し読みできる作品)と、もうひとつは『父』ではないかと思います。あるいはそれらの物語の中にも他の作品が織り込んである可能性もあります。
吉岡里帆さんは最初と最後のシーンに登場し映画を締める役割になっています。
吉岡さんと祖父(石坂浩二)との会話、「いきものというものは秘密がなくなると死ぬんじゃないだろうか」とつぶやく祖父に「おじいちゃんは秘密いくつあるの?」と尋ねると「〇〇○」と答えて、吉岡さんが XXX となってタイトルになり映画が始まります。
映画の締めは、吉岡さんが中学時代の同級生牧田(森優作)にばったり会い、川沿いの土手でだべりながら「牧田くんって、秘密ある?」と尋ねます。
ドキッとする牧田。
牧田には秘密があるのです。それが『伴くん』の物語です。
話はそれますが、牧田をやっている森優作さん、ついこのあいだ見た「ある殺人、落葉のころに」で初めた見た俳優さんですがこの牧田役はうまくはまっていました。
高校時代、牧田も伴くん(九条ジョー)も友達がいないタイプです。伴くんが誰かに吹き込まれたのか、「牧田くん、君の姉ちゃん美人らしいなあ」と話しかけてきます。
伴くんは何かというと「死にたい」「死にたい」と口にしたり書いたりします。ということからもやや引き気味の牧田ですが、しだいにプロレスの話やあややっていいなあとかで親しくなります。
ですので映画の時代は2000年代後半ということになります。
ある時、伴くんが「牧田の姉ちゃんのパンツ 俺に売ってくれないか」と懇願します。牧田は戸惑いますがつい「いいよ」と言ってしまいます。しかし、牧田には姉ちゃんはいないのです。牧田はコンビニでパンツを買おうとしますが恥ずかしくて買えません。(ここで松田龍平さんのシーンと交錯させてある)次にクレーンゲームで手に入れようとし、何百円(何千円?)をつぎ込みついに手に入れます。使用感を出すために何度も洗濯し自分で履いたりします。そして伴くんに渡しますと伴くんは「感動した」と大喜びです。
ますます話はこじれていきます。姉ちゃんに会わせてくれという伴くんに、牧田は岡山(だったかな?)の大学へ行っていると嘘を重ね、岡山へ会いに行きたいという伴くんに姉ちゃんは交通事故で死んだと言い、線香を上げに来た伴くんには中学の同級生で一番好きだった本田さん(木竜麻生)の写真を遺影にしてしまいます。
高校卒業後、伴くんは就職し、同じ職場で姉ちゃんそっくりの本田さんと出会います。何度もデートを申し込むもあえなく撃沈し続けた伴くんですが、ついにOKを取り付け、とんとんとんと結婚までいってしまいます。そして結婚式に出席した牧田は、本田さんから「え?!牧田くんって牧田くんだったの? 伴くんがいつも牧田、牧田って話すんだけど全然結びつかなかった」と驚かれ、どう返していいかわからなく、幸せそうな二人を見ながら、ただムズムズソワソワするしかないのです。
そして、経緯は忘れてしまいましたが、姉ちゃんの遺影を中学で2番めに好きだった前島さんに替えたと続いて、その前島さんが吉岡里帆さんということです。
これが伴くんの物語で、牧田がコンビニでパンツを買えなかったのは、パンツをコソコソと選んでいるところを松田龍平さんにじっと見られたからです。こんな感じでいくつかの物語が交錯しています。
松田さんは、公式サイトに「ある男は、あてがないというアテを頼りに、ママチャリで“南”を目指す旅に出る」男を演じています。松田さんのアパートの隣には鈴木福さんが住んでおり、これも物語を交錯させてありますがふたりが同時に写り込むカットはなかったように思います。他のシーンでもそうした別撮りや吹き替えを使っているところがあり、その点でもうまく出来ていると思います。
それにしても松田龍平さんという俳優さんは本当に存在感があります。何かやらかしそうでヒヤヒヤする人物には適役です。コンビニのシーンなんて、結局何もせずただ見ている(のは牧田の向こうの電話をする女)だけなんですが、なにか起きそうで、そりゃ牧田だってパンツなんて買えないです(笑)。
そのママチャリの松田さん、ロードバイクの旅人満島真之介さんと勝手に競争したり、ぼんやり海を見ている時に漁師の國村隼さんに声を掛けられ、漁師仲間の宴会(國村さんの誕生会)に加わり、一晩集会場に泊まらせてもらったりします。
この漁師仲間の物語には、ムショ帰りの漁師役でピエール瀧さんが登場したり、ある漁師の妻と別の漁師(ん? 『父』の竹原ピストルさん?)が寝たとかの話があり、二人が取っ組み合いになったり、その妻だったか別の漁師の妻だったかが子連れで家を出っていっていったので國村さんが松田さんに一度訪ねてやってくれと住所を書いた紙を渡すという流れなんですが、ここの人間関係はよくわかりませんでした。
多分、その漁師町は松田さんのアパートの隣町で、結局松田さんはアテのない旅をして再び自分のアパートに戻ってきたというシュールさ(ちょっと違うか?)を見せているんだろうと思います。
ラストシーンは、その松田さんが渡された紙の住所を見てニタリと笑い自転車を走らせるカットと、吉岡さんが牧田と別れて自転車を走らせるカットをうまくつなぎ合わせて、橋の架かった川をドローン撮影の空撮でうまく締められていました。ただしこれ、私の見間違いがなければです。
もうひとつの中心となっている物語は『父』という作品と想像しますが、マサル(渡辺佑太朗)の幼い頃の父の記憶が描かれています。
今思い返してみますとやや唐突に入っていた感じですが、マサル(子役)は父(竹原ピストル)に連れられ、夜中に学校のボクシング部の部室に忍び込みサンドバッグを盗み出します。父はサンドバッグを見て思いっきり打ち込んでいます。ボクシング部だったのでしょう。運動場のマサルが校舎の窓に女の幽霊を見ます。女はガラスを割って落ちてきます。ガラスがズサズサズサと地上に刺さります。真っ白な裸の女はマサルに迫ってきます。父はひとりで逃げてしまいます。マサルはおしっこを漏らします。父が(なぜか)戻ってきてマサルのパンツを水場で洗います。その後どうなったのかはっきりした記憶がありませんが、父も同じように漏らしていましたので幽霊が迫ってきたんだったかもしれません。
幽霊役は松井玲奈さんですが、アップは白塗りで全身シーンはマネキンで撮影されていました。制服を着た松井さんが教室の窓際に立つ後ろ姿のカットが入っていましたので自殺願望の女子生徒ということだったのかもしれません。
他に女子生徒として南沙良さんのシーンがあったようですがこれがこの物語に関連づいていたかどうかはよくわかりません。
で、マサルの記憶では父はある女性と逃げたということらしく、父と倖田來未さんのワンシーンが入っていました。ただ公式サイトを見ますと倖田來未さんの役名が足立の妻となっていますので、漁師の妻が逃げたとの話の妻役なんでしょうか。
他には空手道場の師範役の安藤政信さん、殺人空手って看板が出ていました(笑)。ただ道場から出てきた時にたまたま松田さんが自転車で通り過ぎるなど2シーンに出ていました。あのシーンの松田さんは吹き替えじゃないですかね。ラストの空撮もです。
松田さんの隣の部屋に住む鈴木福さんはレンタルビデオ屋の店員です。朝起きて出勤、夜終わるとポストイットに「おはよう」と書き置きしておき、次の朝それを剥がすという毎日です。
そしてある日、鈴木福さんは、公式サイトにある「そして、日々なんとなくアルバイトに勤しむひとりの少年は、“ある事件”が海の向こうの国で起こったことを知る――」という飛行機がアパートに突っ込んでくる夢を見ます。911でしょう。そのドンという音は、隣の松田龍平さんがアテのない旅に出るためにドンとドアを閉めていった音なのです。
といった感じにそれぞれが関連があるようでないような、それでいて違和感がないようにとてもうまくそれぞれの物語が交錯するように描かれています。
ネタを知っていたほうが楽しめる
ただ、公式サイトにある「竹中直人×山田孝之×齊藤工の化学反応」という感じはあまりせず、監督が3人という影を感じることもなく、最初に書いたようにうまくまとまっているという印象が強いです。
「カテゴライズ不能のワンダーな映画体験」というコピーも、試し読みをしただけの感想で言えば、原作の持ち味をうまく映像化しているという印象です。まあどちらも宣伝コピーではあるのですが。
ということで、この映画は原作やネタを知っていたほうが、ああここにあの作品がなどとさらに楽しめる映画だと思います。