映画が映像的にも内容的にも、そしてもし反戦の意識があるとするならその点においても平面的です。
小栗康平監督というのはこういう映画を撮る方なんですね。「泥の河」も「死の棘」も「眠る男」を見ておらず、はじめてです。
それにしても「藤田嗣治」人気なんでしょうか、月曜日の昼間なのによく入っていました。
1920年代、フランス・パリ。
「乳白色の肌」で裸婦を描き、エコール・ド・パリ寵児となったフジタ。美しいパリジェンヌたちと出会い、別れ、フジタは狂乱のパリを生きた。ピカソ、ドンゲン、スーチン、キスリング…。時代を彩る画家たちとともに。
1940年代、戦時の日本。
パリ陥落を前に日本に戻ったフジタは「アッツ島玉砕」ほか数多くの“戦争協力画”を描き、日本美術館の重鎮に上りつめていく。5番目の妻となった君代と、疎開先の村で敗戦を迎えることになるが―(公式サイト)
正直、あまりの単調さに結構つらい2時間ではあったのですが、まあ始めてですので、いろいろ、バランスのとれた構図にこだわるのねとか、暗いシーンにぼんやり何かが浮き上がっている画が好きなのねとか、目を凝らしながら見ていましたので、幸い落ちることはありませんでした。
手法としては静止画を積み重ねて物語を生み出していこうとするタイプのようで、映像的にも編集手法にもダイナミックさはなく、引き込まれれば何かが見えてくるかもしれませんが、ぼんやりしていると眠りに引き込まれること必至です。
パリと日本を対照的に描こうという意図があったのかどうか分かりませんが、もしそうだとするなら、もう少しパリのシーンをダイナミックに描いてもらうとメリハリもついて楽しめたかもしれません。
オダギリジョーの FOUJITA は、一貫して何やら悟ったようなところがあり、人間味が感じられず淡白な感じでつまらないですね。もちろん藤田嗣治がどんな人物であったかなんて知る由もないのですが、もう少し生きている感じがほしいですね。
まあ要はすでに亡くなっている人物を描いている感じがするということです。その通りではあるのですが…。