集団主義かつ同調圧力の国ならバーナデットは引きこもりになっている…
「30年後の同窓会」以来、5年ぶりのリチャード・リンクレイター監督かと思いましたら、何のことはない、この「バーナデット ママは行方不明」の製作年は2019年ということでした。なぜ今になって公開したんでしょう。新型コロナウイルスのせいとか、公開のタイミングを図っているうちに機を逸したとか…。
バーナデット ママは行方不明 / 監督:リチャード・リンクレイター
ケイト・ブランシェットのやり過ぎ感…
なかなか主題のつかみにくい映画です。理由はいくつかありますが、一番はケイト・ブランシェットさんのやり過ぎで主人公の女性の抱えている問題が見えてこないということです。
結局、天才的な建築家であったバーナデット(ケイト・ブランシェット)が、本人には適していない専業主婦になったことで精神的抑圧環境に置かれ、それが20年後に飽和状態になって家を飛び出し、再び自らに適した生き方を見出したという話でした。
原作があります。2012年に発表されたマリア・センプル著『Where’d You Go, Bernadette』で、翻訳はされていないようです。
バーナデットは広場恐怖症らしい…
原作のウィキペディアを見ますと、バーナデットは広場恐怖症(agoraphobic)ということのようです。映画のバーナデットにその言葉が使われていたかどうかわかりませんが、映画からはバーナデットがそうした精神疾患を抱えているようには感じられないです。もちろん症状は様々だと思いますので、あくまでも映画的にという意味です。
バーナデットは、マイクロソフトで働く夫エルジー(ビリー・クラダップ)と16歳の娘ビー(エマ・ネルソン)の3人家族、古びてはいますが高台に立つ邸宅で暮らす専業主婦です。映画冒頭はやたら雨漏りする家のシーンでしたがなにを見せたかったのかよくわかりません。ビーのナレーションでなにか言っていたかも知れませんがつかみきれません。
原作は書簡体小説(Epistolary novel)と言うらしく、バーナデットが行方不明になった後に、ビーが母親のメールや文書類を探して読んでいくことで物語が進んでいくというスタイルの小説らしいです。映画の中にビーが母親の建築家としての過去をネット上の動画で見るシーンがありますが、原作の基本はあの視点で語られているということあり、ビーのナレーションもそうした意味合いということになります。それを映画は現在進行中の物語にしていますのでやたらバーナデットが立っていまい、結果ブランシェットさんのやり過ぎ感が目立つことになったんだと思います。
バーナデットは隣人オードリー(クリステン・ウィグ)ともうまくいっていません。バーナデットが車でオードリーを轢いたり、家の周囲の草を刈り取ったがために土砂崩れが起きてオードリーの家に土砂が流れ込んだりします。ただ、映画はそうしたことをバーナデットの広場恐怖症と関連づくようには描いていません。実際、どちらの件もバーナデットに過失があるようには描いておらず、よくある(と映画などでは描かれるという意味…)隣人トラブルにしか見えません。
バーナデットはひとりになりますと、頻繁に音声入力アプリを使って誰かにメールを送ります。このよくわからないシーンが後半になるまで続くのがとても気持ち悪いです。
結局、バーナデットはネット上のマンジェラという架空アシスタントを相手にコミュニケーションをとっており、不平不満をぶつけたり、通販のアドバイスを受けたりしているということで、後半になってそれがロシアの犯罪組織によるものであると、なんと! FBIの捜査官まで登場してきます。
この映画、コメディという売りらしく、これもその一種だとは思いますが笑えませんよね(笑)。多分、映画全編を通したブランシェットさんの勢いもそれ狙いだとは思いますが、ディベートの国であればあの程度はごく一般的じゃないかと思います(知らないけど…)。
バーナデット、南極へいく…
ということで、バーナデットは、FBIの捜査官からマンジェラの真相を明かされてショックを受け、夫エルジーからは治療を受けるために精神科病院に入院すべきだと言われ、家から逃走します。
で、ここからはまったく現実感はありません。
バーナデットは南極に向かいます。もともと南極旅行はビーが市立の寄宿学校に入学することになったお祝いに家族旅行として計画されたものであり、バーナデットはそれを渋々(広場恐怖症なので…)受け入れたものです。それなのにこのシチュエーションで南極行きを選ぶというはどうなんでしょう、ましてや何も持たずに家を飛び出してどうやって行ったんでしょうね(笑)。
エルジーとビーも後を追います。
どちらも南極への行程は一切描かれません。ですので逆に南極ってどうやって行くんだろうと気になり調べてみましたら、アルゼンチンかチリから南極に行けるそうです。
チリのプンタ・アレーナスから南極のキングジョージ島行きの飛行機がでていることとアルゼンチンのウシュアイアからは南極クルーズ船が出ているとそれぞれのウィキペディアにあります。ただ、映画のロケ地はグリーンランドだそうです。
で、映画です。バーナデットは20年間抑え込んできた建築家としての創造意欲が湧き上がり、南極越冬基地の設計を始めるのです。その姿を見たエルジーとビーはバーナデットに駆け寄り3人で熱く抱擁しあって終わります。
エンドロールに流れる南極基地のデザイン画は、2013年に完成している英国南極観測所(BAS)が運営する研究基地の6代目ハリーVIのものだそうです。
CC BY-SA 4.0, Link
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これが集団主義の国なら…
という映画なんですが、やはりブランシェットさんのバーナデットには20年間の精神的抑圧は感じられませんし、すでに書きましたように隣人とのトラブルも家を脱出する際には助けを借りようと和解できる程度ですし、南極でのバーナデットもそれまでとさほど変わっておらず解放されたようには感じられません。
ただこれも、集団主義かつ同調圧力の強い国の住人には、この設定であればバーナデットは間違いなく引きこもりになっていくであろうことが想像されるためであり、そうした国の住人から見ますとどこにも問題のない健全な物語にも見えてしまうということでもあります。
単純にケイト・ブランシェットさんの演技力という点でみれば、長ゼリフのワンカットも多いですのでさすがとは思います。