男の願望、妄想、勘違い…
見るべき映画がないときは、わざわざ劇場に足を運ぶこともないだろうと思ってスルーした映画をDVDで…。
有村架純という俳優…
有村架純さんを有村架純さんとして知ったのは3年前にDVDで見た「花束みたいな恋をした」です。もちろんそれまでも名前は知ってはいたんですが意識に上ることはなく、なんと、その前に「何者」を見ているにも関わらず初めて見たようなことを書いています。
その「花束みたいな恋をした」では菅田将暉さんとともにうまい俳優さんだなあと感じたにもかかわらず、なぜ印象が薄く(ゴメン…)、「何者」でも記憶していないんだろうと思い、それを機に劇場で「前科者」を見たわけですが、そのレビューでは「裏を感じさせない俳優」と書いています。
その印象、この「ちひろさん」でより強くなりました。
ちひろさん(有村架純)は「風俗嬢の仕事を辞めて、今は海辺の小さな街にあるお弁当屋さんで働いている。元・風俗嬢であることを隠そうとせず、ひょうひょうと生き(公式サイト)」ている人物です。
元風俗嬢というのはこの映画の原作が成人男性をターゲットとした漫画であるからであり、映画的には元風俗嬢であるかどうかはあまり重要ではなく、仮に元大工であっても、元主婦であっても、元宇宙飛行士であってもいいわけで、結局のところ、寂しさを抱えつつも今自分がどう生きるかを第一に考えて行動する「裏のない」ちひろさんということだと思います。
そうした芯が強い人物像がよく似合う有村架純という俳優の映画です。
正論に人が集うのはファンタジー…
ちひろさん(有村架純)は海沿いの田舎町の弁当屋さんで働いています。元風俗嬢であることを公言しています。男の客との会話のネタにしたりしています。風俗という仕事(というべきかどうかは置いておくとして…)を恥じたり、隠したりするものとはまったく思っていません。
正論です。
ホームレスのおじさんに弁当をあげたり、家に入れて身体を洗ってあげたりします。盗撮女子高生にはケレンなくポーズをしたりして距離を感じさせなくします。いたずら小僧には真剣に相対します。誰であれ別け隔てなく一対一の対等な関係を持とうとします。
正論です。
いたずら小僧のシングルマザーには他人も家族もないんだよ、子どもをちゃんと見てやんなよと諭し、恋愛相談する元同僚には人の心を独り占めすることは出来ないんだよと自分に言い聞かせるように語ります。
実に正論です。
盗撮女子高生オカジ(豊嶋花)も、いたずら小僧マコト(嶋田鉄太)も、元同僚のバジル(van)も、不登校女子高生べっちん(長澤樹)も、皆、ちひろさんのことが大好きです。
という、正論で生きようとするちひろさんに皆が寄ってくるという話であり、その役柄に有村架純さんがピッタリはまっている映画です。
ただ、現実世界にはちひろさんはいませんし、ましてや正論を語る人には人は集いません(個人の意見です…)。
聖女を求める男たち…
なぜちひろさんは元風俗嬢でなくてはいけないのか。
これがこの映画の最大の謎です。原作があるわけですから、言い換えれば、なぜ安田弘之氏にとってちひろさんは元風俗嬢でなくていはいけないのかが謎ということではあります(笑)。
元ではなく現役風俗嬢「ちひろ」という漫画もあるようです。
この映画に登場する男性は二人です。ひとりは弁当屋の客でもあり、居酒屋で客と揉める谷口(若葉竜也)です。谷口は父親をバットでぶん殴って家出をしてきた過去を語り、腕に「色即是空」と入れ墨してカッとならないようにしていると言います。父親はDV男という設定だと思いますが、そんな不幸語りを聞いたちひろさんは突然谷口にキスし、したくなったと言い、セックスします。
原作者本人がこういう女性を求めている、あるいはこういう女性を求めている男たちがいるということで漫画を書いているのでしょう。
もう一人の男性は風俗店の元店長です。偶然、町のお祭りで再会します。裏稼業(裏なの?…)は飽きたから今は金魚屋をやっていると言っています。ある時、店長が自分に気があることを感じているちひろさんは、店長本人に面と向かって、私に気があるのに体を求めてこない不思議な人がいる、考えてみるとその人は信頼できる人でお父さんなんだと思うと言います。店長はうれしそうです。
こういう関係もある種の男の願望なんでしょう。
そして、ちひろさんはこれらすべての関係を捨てて去っていきます。どこかの牧場で働くちひろさん、雇い主に仕事覚えるのが早いね、前は何やってたのと聞かれ、ただの弁当屋と答えています。
哀しみを抱えながら、すくっと立つ「聖女ちひろさん」でした。