前科者

終始正論で迫られ涙を流さざるを得ない

世の中の不条理に対して終始正論で迫ってきますので涙を流さざるを得なくなる映画です。

前科者 / 監督:岸善幸

保護司 阿川佳代

保護司という職業、ああ、無報酬ですから職業じゃないですね、ボランティアで行われているそうです。刑務所や少年院に収容されていた人の出所後の更生のサポートする仕事で、犯罪ものの映画にはよく登場します。映画では弁護をした弁護士や引退した刑事が保護司である場合が多い印象です。特に資格は必要なく、必要な手続きをふめば誰でも保護司になることは出来るようで、現実にいるのかどうかはわかりませんが、この映画のようにコンビニで働く28歳でも保護司になることは可能なようです。

ただ、現実にはこの映画のように一個人の思いでものごとが動くケースはほとんどないのではないかと思います。「更生保護ネットワーク」というサイトを見ますとかなり組織化されているようです。そのひとつの「全国保護司連盟」のサイトには保護司になるための必要な条件として次の4つが上げられています。

・人格及び行動について、社会的信望を有すること
・職務の遂行に必要な熱意及び時間的余裕を有すること
・生活が安定していること
・健康で活動力を有していること

全国保護司連盟

映画の阿川佳代の場合は、生活の安定や時間的余裕に問題ありのようではありますが、それを熱意と行動力でカバーしているということです。それをドラマにしている映画です。

ところで、私は有村架純さんと森田剛さんを見るのが目的でしたので知りませんでしたが、この映画は、香川まさひこ原作、月島冬二作画の連載マンガが原作であり、WOWOWでもドラマ化されているようです。

有村架純さんは、「花束みたいな恋をした」で始めてみて、へぇー(どういう意味?)と思い、他の映画を見てみるかということですし、森田剛さんは、「ヒメアノ~ル」を見て、ジャニーズなのにこれまたへぇーと思って興味を持ったということです。

交錯する阿川佳代と工藤誠の物語

映画は、阿川佳代(有村架純)と工藤誠(森田剛)、それぞれの過去の物語を交錯させながら進みます。かなりうまく出来ていますので集中が途切れることはありません。泣かせどころも適度に織り込まれており、オーソドックスなヒューマンドラマという感じです。

阿川佳代の物語(現在)

阿川佳代28歳、コンビニで働きながら保護司をやっています。やや古めですが一戸建てにひとりで暮らしています。中学生の時にある事件に遭遇し、その後父親と引っ越し、今は父親はいない(亡くなったとは言っていなかった)ということです。

一般的にはかなり無理のある設定ですのであまり触れなかったのでしょう。

阿川が担当する対象者(なんて言えばいいんだろう?)は3人登場し、ひとりは詐欺罪で服役していた男で、阿川の行動力、といっていいのかどうか、初っ端のシーンで仕事をサボって出てこない男のアパートのガラスをいきなりぶち割っており(笑)、そうした直情型でもあり、また本当はやってはいけないことである対象者と酒を飲むことを、一杯だけならと言いつつ酔っ払ってしまうという人情肌みたいなキャラを見せることに使われています。

二人目の斉藤みどり(石橋静河)は更生がうまくいったケースです。すでに保護観察期間は終わっており、便利屋を経営して地下アイドルの女の子たちを雇っている(のかな?)ようです。阿川と友達付き合いをするほどになっており、ちょっとした行き違いのようなことで斉藤が阿川に友達だと思っていたのにと言い、後日それが元通りになり、さらに関係が強くなるというちょっとした物語の山を作っていました。

工藤誠の物語(現在)

そして、三人目が工藤誠です。工藤は職場の先輩(だったか?)を刺し殺した殺人罪で服役し仮釈放の身です。自動車修理工場で働いており、そこの経営者は仮釈放が何事もなく終われば正規の社員として雇ってもいいといっています。工藤の仕事ぶりに問題はなく、いい印象を持っているのでしょう。

仮釈放中の工藤は特に何もトラブルも起こしませんので、映画の前半は特にこれといったことはなく、阿川が工藤に牛丼を食べさせたり、公園で一緒に食べたり(ここも牛丼風)、仮釈放が終わったラーメン屋でお祝いしましょうというシーンだけです。工藤がラーメンが好きですと言ったからです。

このラーメンが伏線(というほどでもないが)になっています。ある日、工藤が行きつけのラーメン屋にいますと、白髪(かな?)の若い男が入ってきます。工藤の表情が変わります。工藤はその男の後をつけて古びたアパートに入っていきます。

それ以降、工藤は姿を消し、阿川への面接日にも来なくなります。

そして、映画は中盤以降、その時起きていた拳銃強奪、連続殺人事件の捜査と並行して、なぜ阿川は保護司になることを選んだのか、また、なぜ工藤は突然行方をくらましたかをふたりのフラッシュバックを挿入することで明らかにしていきます。

拳銃強奪、連続殺人事件

交番の警官が黒ずくめの男に襲われ拳銃を奪われます。警官は撃たれますが一命はとりとめます。続いて、福祉事務所だったか、DV担当の職員が道路上でいきなり頭を撃ち抜かれます。

工藤と白髪の男とのシーンの続きが挿入されます。工藤は男に実と呼びかけます。弟の実(若葉竜也)です。工藤実は精神状態がかなり不安定な状態で何やら錠剤を常用しています。体を売って手に入れていると言っていました。白髪はブリーチではなく自然のものと思われます。

工藤兄弟の物語(過去)

断片的に挿入されるシーンにより、工藤兄弟の過去が明らかになります。

工藤兄弟の母親は夫のDV被害にあっており、ある時交番に相談にいきます。しかし対応した警官は夫婦でよく話し合ってと言い取り合ってくれません。夫からのDVが止むことはなく、その後、母親は福祉事務所に行き、担当者の指示に従い夫のもとを脱出したものの、その担当者のミスで住所がバレてしまい、母親が兄弟ふたりの前で父親に殺されてしまいます。父親は殺人罪で服役、兄弟は児童養護施設で暮らすことになります。しかし、兄弟にとって養護施設での暮らしに安らぎはなく、担当職員の虐待にあい、無理やり薬でおとなしくさせられる日々が続きます。やがて、兄誠は施設を出ることになり(多分、年齢により)、残された弟実への虐待はさらにひどくなったと言います。

見ているときは感じませんでしたが、こうやって時系列に並べてみますと、断片的な過去の話とは言え、DVに関する部分などはかなり雑ですね。

とにかく、兄弟ふたりが語り合うシーンです。そこに男が自転車でやってきます。実は拳銃で男の頭を打ち抜きます。もうわかると思いますが、ふたりを虐待していた児童養護施設の職員です。そして、拳銃を強奪され撃たれた警官は母親が相談にいった警官ですし、路上で撃たれたのは母親と兄弟の隠れ家をバラしてしまった福祉事務所の職員です。

当然、警察では拳銃強奪及び連続殺人事件に対する捜査が動き出しています。そして、殺された児童養護施設の職員の爪から工藤誠のDNAがでます。工藤誠が容疑者としてその行方を追われることになります。

阿川佳代の物語(過去)

阿川のもとに刑事滝本真司(磯村勇斗)が訪ねてきます。

阿川と滝本は中学時代の同級生です。中学時代、ふたりは好き同士でした。ある日、阿川は下校時に刃物を持った暴漢に襲われそうになります。その時たまたま通りがかった滝本の父親が間に入り、暴漢に刺されて亡くなってしまいます。その後、阿川は父親とともにその土地から引っ越したようです。

こちらの過去もかなり雑ですが、映像があり、断片的に挿入されますので気にはならない程度ではあります。

阿川が保護司になったのはそうした事件をなくしたいということです。滝本の父親を刺した男には出所後のフォローがなかったゆえの犯行ということだったんでしょう。滝本が刑事の道を選んだのもやはり父親が殺害されたことからだと思います。

そして、事件は終幕へ

滝本たち刑事が工藤兄弟の父親のアパートを張っています。容疑者工藤誠と被害者の関係を解明し、工藤が次に狙うの父親以外にないと踏んだのでしょう。

一方、阿川は滝本から工藤の過去を聞き(映画でなければ滝本は懲戒処分)、工藤の父親を弁護した弁護士宮口(木村多江)を訪ねて父親の住まいを教えてもらいます(ここは本人に確認していた)。

そして、父親のアパート、警察が張り込んでいる最中、阿川が父親のアパートに入っていきます。刑事たちは当然舌打ちです。そこに、車がやってきます。運転しているのは誠です。しかし、後部座席には警察には想定外の男がいます。実です。実が車から降ります。張り込んだ刑事たちに確保!の司令が出ます。父親のアパートに駆け込もうとする実、取り囲む刑事たち、実が発砲しますが父親には当たらず、逆に実は射殺されます。誠が刑事たちの間に実!と叫びながら車で突っ込みます。誠の車が警察車両に突っ込み停止、誠は逮捕されます。

阿川、工藤を説得する

まだ続きがあります。工藤が入院しています。もちろん警察の監視付きです。工藤が宮口弁護士を呼んで欲しいと言います。弁護の依頼をしたいということなんでしょう。

同じ頃、阿川も滝本も同じことに気づきます。阿川は滝本に聞いたからだったかもしれません。とにかく、工藤が弟の実の望みを叶えるために宮口弁護士を襲うのではないかということです。

かなり無理のある展開ですが、映画って不思議なもので無理だとわかっていてもすーと自然に見られてしまいます。むしろこういう映画的ごまかしがないと感動のドラマは生まれないということかもしれません。
宮口弁護士が病院の通路をヒールでカツカツカツと歩いていきます。病室では工藤がハサミを持って待ち構えています。病室のドアが開きます。入ってきたのは阿川です。

阿川と工藤の感動の対話です。でも何を話したのか忘れてしまいました(笑)。人を救うための正論だったと思います。ひとつだけ、阿川は、刑期をちゃんと務めて出てきた時にはラーメンを食べてお祝いしましょうと言っていました。工藤が好きなものは何と尋ねられて答えたラーメンであり、仮釈放が終わったらお祝いしよう言っていたラーメンであり、そして工藤が弟と出会ったラーメン屋は幼い頃母親とともに食べた店ということです。

有村架純、森田剛、磯村勇斗

有村架純さんは、「花束みたいな恋をした」でも感じましたが、裏を感じさせない俳優さんですね。保護司としてのリアルさにはちょっと無理がありますが、それを別にすれば、この映画のような役ははまり役のような気がします。

森田剛さんは出番が少なく見せ場がなかったです。

よかったのが滝本真司をやっていた磯村勇斗さん、思わぬことで父親を亡くした思いを心の奥底に抱えているところや心の強い人物像がうまく演じられていました。初めて見る俳優さんだと思っていましたら、「ヤクザと家族 The Family」の翼だったようです。

ということで、あらためて思い返してみますと雑なところも多い(ペコリ)のですが、泣かせどころもあり、うまく出来たヒューマンドラマだと思います。