聴覚障害を持つ両親と兄の手話通訳者として家族を支える高校生ルビーが、自分の進路に悩み、そして羽ばたくという青春映画です。2014年の「エール!」というフランス映画のリメイクとのことです。見ていませんので予告編で触りを見てみましたら、つくりはほぼ同じような印象です。
俳優は聴覚障害者
おおよそストーリーは想像がつきますし、そのとおりに進みます。それにさほど深い映画ではありません。それでもかなり見られます。ルビーをやっている主演のエミリア・ジョーンズさんもいいのですが、両親役のトロイ・コッツァーさんとマーリー・マトリンさん、そして兄役のダニエル・デュラントさん3人のパワフルさがとてもいいです。
この3人は聴覚に障害がある俳優さんだそうです。聴覚障害者の役にこれだけぴったりの、そして力のある俳優さんが揃うんですからさすがアメリカ映画界です。マリー・マトリンさんは1986年の「愛は静けさの中に」でアカデミー主演女優賞を受賞しているんですね、知りませんでした。
聴覚障害者の俳優でググりますと、日本では忍足亜希子さんや大橋弘枝さんという方がヒットしますがやはり少ないようです。
手話は字幕がでますので外国語映画と同じことでまったく違和感はありません。3人の表現力が豊かですので見入ってしまい字幕を読むことを忘れてしまいます(笑)。
健聴者であるエミリア・ジョーンズさんはこの映画のために手話を特訓したそうです。使われている手話はASL(American Sign Language)という世界で一番普及している手話とのことです。
ネタバレあらすじ
最初に書きましたようにストーリーはこうした物語のほぼパターンです。
ルビー(エミリー・ジョーンズ)は父フランク(トロイ・コッツァー)と兄レオ(ダニエル・デュラント)とともにトロール船で漁に出ています。ルビーだけが健聴者で両親と兄は聴覚障害者です。ですのでルビーは通訳として家族にはなくてはならない存在になっています。
手話にも当然なんでしょう、Fワードがあるようで連発される映画です。ルビーとレオも互いにXXXX、XXXXと言い合ったりする関係です。特に父フランクはセックスの話もあけっぴろげで、つまり何も隠しごとのない家族という感じです。ただ、この映画、全体的にさっぱりしており、過剰な依存関係にはみえません。そうしたところがいい印象につながっているんでしょう。
新学期なんでしょうか、ルビーは所属クラブ(専攻?)に合唱クラブを選びます。気になる男の子マイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)が合唱クラブを選んだからです。
という設定で、2つのことを軸に映画は進みます。ひとつは音楽教師がルビーの歌の才能に気づき、バークリー音楽大学への進学を勧めること、そしてもうひとつは、家族が、おそらく漁獲量の規制なんだと思いますが政府からの締め付けや仕切っている組合(みたいなもの)のピンハネ(実際はわからない)に対して組合から脱退して自分たちで事業を始めることになり、そのためにはこれまで以上にルビーが通訳としてなくてはならない存在となることです。
ルビーはその狭間で悩み、一度は家族の望みに従い進学をあきらめますが、家族が実際にルビーの歌を聴き(次の項目)進学を勧めたことから受験に臨み、そして合格します。ラストはルビーがボストンへ出発するところで終わります。マイルズとも、例によって(笑)あれこれありますが良い関係になって終わります。
家族がルビーの歌を聴く
映画のキーポイントは聴覚障害者である両親と兄がルビーの歌を聞くところです。
冒頭のシーンは漁のシーンです。父、兄、ルビーがそれぞれ自分の役割をてきぱきとこなしています。このトロール船でのシーン、とてもうまく撮れていて現実感がありました。ルビーがめいっぱいのパワーで歌っています。もちろん父や兄には聞こえていませんのでふたりは淡々と仕事をこなしている中でです。
家族にはルビーの歌の才能がわかりません。ルビーも合唱クラブに入ったものの人前で歌ったことがないので最初は逃げ出したりしますが、ルビーは割と楽天家なんですね、次の日には自ら教師に再挑戦を申し出て、特別に目をかけられるようになり、バークリーへの進学のための特別レッスンを受けるようになります。そして、ルビーは両親に進学したいと告げます。しかし、両親はそうしたことがよく理解できないのでしょう、特別反対するわけでもなく、また認めるわけでもなく、映画は進んでいきます。
今から思えば、こういうところもよく考えられた結果なのかもしれません。両親のどちらかだったと思いますが、ルビーに歌の才能? と、たとえば健聴者であれば自分の娘にそんなものがあるはずがない!と強く反対したりする展開が考えられますが、この両親は特に目立った反応をしていないのです。健聴者と聴覚障害者の音楽に対する感じ方を考えた演技やシーンだったかもしれません。
上にも書きましたように家族が魚の直販事業を始めることになり、両親が、進学を望むルビーにお前がいなければやっていけないと強く要望します。ルビーは進学をあきらめます。そして合唱クラブの卒業(かな?)コンサートです。ルビーとマイルズはデュエット曲「You’re All I Need to Get By」を歌います。当然両親と兄はその歌声を聴くことが出来ません。
出だしのしばらくはふたりの歌声が流れます。そして突然無音になります。映画上の話です。両親と兄はルビーの歌を感じるためにまわりに人々の反応を見るのです。曲の最後まで無音で通されます。そして客席はスタンディングオベーション、両親と兄も立ち上がり手を叩いています。
この表現を聴覚障害者がどう思うかは知ることも出来ませんが、おそらく様々な方面からの情報収集の結果なんでしょう。健聴者の視点から言えば、かなり印象的なシーンでした。
ルビーの両親と兄はそうやってルビーの曲を聴いたのです。そしてもうひとつのシーン、演奏会が終わり、皆で家に帰り、父フランクがルビーにもう一度自分のために歌ってくれといい、ルビーは再び「You’re All I Need to Get By」を歌います。フランクはルビーの首や頬や手を添えてその振動を感じようとします。そして、進学しろと言います。
母は娘が健聴者であることを悲しかったと言う
母親ジャッキー(マーリー・マトリン)とルビーの印象的な会話があります。
ルビーが母ジャッキーに、私が健聴者であることがわかった時どう思った?(こんな感じ)と聴きますと、ジャッキーは、悲しかったと答えます。そのわけは、わかり会えないかもしれないと思ったからと言います。ルビーがなにか返したと思いますが、その後ふたりは抱き合います。
これが視覚障害者に共有される価値観かどうかはわかりませんが、健聴者から見ればこれまでとはちょっと違った印象のシーンでした。
ということで、物語そのものに新しさは感じませんが、細かい演出に新しい感覚を感じられる映画でした。
そしてもうひとつ、お兄ちゃんのレオ、いいお兄ちゃんでした。