アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド

人はひとりでは生きられない、思い出にも生きられない

人間とロボットやアンドロイドとの恋愛を描いた映画ってたくさんありそうですが、なかなか思い浮かびません。ググってみましたら「her/世界でひとつの彼女」「エクス・マキナ」、どちらも見ていませんので浮かばないはずです。考えてみれば「ブレードランナー」も、あまり直接的なシーンはありませんが「ブレードランナー2049」ではデッカードとレイチェルの間に子どもが生まれているわけですからそういうことでしょう。

で、この「アイム・ユア・マン」は「全ドイツ人女性の恋愛データを学習」したAIアンドロイドと女性との、まさしく男女間の恋愛映画です。

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド / 監督:マリア・シュラーダー

喜劇パターンのはずが…

映画は、あらゆる女性の恋愛データを学習したトムという名のアンドロイドが、アルマという女性を幸せにすることが出来るかというところからスタートします。

設定は完全に喜劇パターンです。たしかに前半、いや1/3くらいですね、結構笑えます。ダン・スティーブンスさんがアンドロイドを演じているのですが、無表情で真面目くさってクサい台詞を言う様がとても面白いです。

ただ、その面白さも、AIであるトムがどんどん学習してそうした馬鹿げたことを言わなくなっていきますし、話も次第にシリアスへ傾いていきますので笑えるシーンもなくなっていきます。

話がシリアスというのはどういうことかといいますと、アルマ(マレン・エッゲルト)は、パートナー(夫かも?)と別れて一人暮らしであることから、上司に君しかいないと言われてこの実験に参加することになったわけですが、実験の期間中(3ヶ月)に、そのパートナーの結婚を知らされたり、またその相手の女性が妊娠していることがわかったりします。実は、そのパートナーとの別れには二人の間の子どもを失ったことが影響しているらしいのです。さらに、アルマには認知症の傾向のある父親がいて、その父親も一人暮らしをしており、ある時泥棒に入られて怪我をしたまま徘徊しているところに出くわしたりします。

人はひとりで生きられるか

この映画の表のテーマは人間とアンドロイドとの恋愛かも知れませんが、本当のところはそうではなく、人はひとりで生きられるかということだと思います。

ですので、中盤から終盤にいたっては、トムがアンドロイドかどうかなどいうことは問題ではなくなってしまいます。トムはどんどん学習して控えめになっていきますし、アルマへの気遣いもAIらしい(といってもよくわからないけど)過不足のないものになっていきます。

アルマがより感傷的になりトムに傾斜していく仕掛けとして子どものころの思い出が使われています。

アルマには妹がいます。二人で父親の面倒を見ているようで、ある日、父親のもとでの話になります。トムも一緒にいます。

そうそう、わりと重要なことを忘れていました。アルマの仕事場でもそうですが、妹も、また他の人々も、トムがアンドロイドだと聞いても特別な反応はしません。そういう設定で映画はつくられています。

トムをつくっている企業テラレカの女性の姿かたちをした担当者もアンドロイドです。演じているのはザンドラ・ヒュラー(サンドラ・フラー)さん。「ありがとう、トニ・エルドマン」「希望の灯り」で印象に残っている俳優さんです。その担当者に対して、中ほどで、アルマが私はアンドロイドと話をしていたのかとキレる場面があります。アンドロイドであるかどうかが問題となるのはそのシーンだけです。そのようにつくられている映画です。

で、話を戻しまして、アルマの思い出話です。生まれ育った故郷だったのか、休暇を過ごしたところだったのか、設定は忘れましたが、10歳くらいの頃、その場所で男の子と出会い、妹も含め楽しく遊んだ思い出が語られます。妹とともに、私も好きだった、あなたも好きだったでしょうと語り合い、ふと同時に男の子の名前を思い出すのです。トマスです。

人は郷愁には生きられない

アルマとトムの関係は、まあ予想通り進みます。

理想のパートナーなどというものは、そもそもそれを求めた段階で破綻する概念ですし(笑)、「君の瞳に吸い込まれそうだ」など数々の「甘いセリフ」も、バラやろうそくなど小道具を使ったサービス(なんというんだ?)も映画のギャグですので、当然それらが描かれる前半はアルマがトムを拒絶して二人の間はうまくいきません。

そうした中に父親のことであるとか、子どものころの思い出が語られ、さらに仕事上で大きな事件が起きます。アルマはメソポタミアの楔形文字を研究するチームのリーダーです。発掘された粘土板の文字を3年がかりで解読し発表間近となった今、なんとその発表がすでに他のチームによってなされていることをトムが気づくのです。さらにさらに、元パートナーが結婚することとなりその相手が妊娠していることがわかります。

そうした寂しさからでしょうか、またトムにも過剰さがなくなっているからなんでしょう、アルマは自分からトムを求め、性的にも結ばれます。そういう機能がプログラミングされているらしいです。と言いますか、もうこのあたりまできますとトムはアンドロイドではなくなっています。そもそもダン・スティーブンスさんは人間なんですから(笑)。アルマはトムに「昨夜が素敵だったから」なんて言っていました。

で、どういう理由であったか忘れました(なんでしたっけ?)が、アルマはトムを追い出します。しかし、もうアルマにはトムはいなくてはならない存在になっています。このあたりはもうごく普通のラブストーリーです。

で、トムが行方不明になります。アルマには直感的にその行き先がわかります。子どものころにトマスと過ごしたあの場所です。

やはりトムはそこでアルマを待っていました。3日間歩いてきたそうです(笑)。

人とアンドロイドの恋愛ではなく…

やはり、映画の基本的なテーマは人とアンドロイドの問題ではなく、人はひとりでは生きられないということでしょう。

ただ、その相手は人間じゃなくてはいけないというわけではなく、さすがにまだ今はアンドロイドというわけにはいきませんが、アイボであっても、ペッパーであっても、あるいはペットであっても、もちろん人間である場合には必ずしも異性である必要はないということだと思います。

特別おかしなことではないでしょう。

ところで、過去の映画でこうした人とロボット(系)の関係を描いているものは、人間の男性とそうではない存在の女性(的なるもの)が多いのですが、この映画は逆になっています。少しずつですが時代が変わってきていることの証かもしれません。日本でのことではなく世界的にはです。

希望の灯り(字幕版)

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