ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男

後味の悪さが現代につながる

焦げ付かないフライパンの代名詞のような「テフロン」ってデュポン社の登録商標なんですよね。以前、フライパンのコーティングが剥げたので再加工は出来ないかと調べていた時に知りました。フッ素を含んだ合成樹脂は耐熱性や耐薬品性に優れていることからフライパンのコーティングに使われているということらしく、そのフッ素樹脂をデュポンはテフロンと呼んでいるということです。使われているフッ素樹脂にはPTFEとか、PFA、FEPといろいろあるようです。

そのデュポン社がテフロン加工の過程で使用する(使用していた?)化学物質ペルフルオロオクタン酸(PFOA)を垂れ流していた(とりあえずの表現)ことから周辺の住民に健康被害が発生しており、それに対しひとりの弁護士が約20年にわたってデュポン社を相手取って戦ってきた過程が描かれた映画です。実話ベースの映画です。

 

ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男 / 監督:トッド・ヘインズ

PFOAは現在の沖縄の問題

映画の中で弁護士のロブ・ビロット(マーク・ラファロ)がデュポン社の不正に気づくきっかけとなるPFOAという言葉ですが、似たような文字列を最近見たなあと思いググってみましたら、沖縄です。今年のいつ頃かははっきりしませんが、米軍が沖縄の普天間飛行場からPFOAなどを放出したために、付近の下水の濃度を測定したところ国の基準の13.4倍もあったということです。今年の9月10日の沖縄タイムスの記事です。

米軍が有機フッ素化合物PFOS(ピーホス)などを含む汚水を独自に処理して沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場から放出した問題で、同市は10日、同飛行場からの汚水が流れ込むマンホールで採取した下水の分析結果を発表した。PFOSとPFOA(ピーホア)の合計値は1リットル当たり670ナノグラムで、国の基準値(50ナノグラム)の13・4倍に達した。ほかに、PFHxS(ピーエフへクスエス)が69ナノグラムだった。

映画の中では、そのPFOAと住民が罹患した精巣ガン、肝臓ガン、潰瘍性大腸炎、子癇前症、甲状腺疾患、高コレステロールの6つの疾患との因果関係が独立機関の調査によって証明されています。これは事実であり、その結果、3550件の訴訟を起こされたデュポンは、2017年の2月に合計6億7070万ドル(約765億円)での和解に応じています。

また、PFOAは2019年に「残留性有機汚染物質(POPs)に関するストックホルム条約(POPs条約)」の廃絶すべき物質に追加されています。

なお、そのPFOAはフッ素樹脂のPTFE、つまりテフロンをフライパンに接着するために使われていた(いる?)とのことです。

ネタバレあらすじ

映画は、2016年の1月にニューヨーク・タイムズに掲載されたNathaniel Rich(ナサニエル・リッチ)さんの記事「The Lawyer Who Became DuPont’s Worst Nightmare(デュポンにとって悪夢となった弁護士)」に基づいています。

企業の不正に対する告発映画ですので、映画はほぼ想像できる展開で進みはしますが、トッド・ヘインズ監督は、ロブ・ビロット弁護士(マーク・ラファロ)の奮闘ぶりだけではなく、妻であるサラ・バーレイジ・ビロット(アン・ハサウェイ)にも可能な限り焦点を合わせていますし、企業の不正行為がその金の力によって人々の健康だけではなく心まで蝕んでいくところも描こうとしています。

ロブ、ウィルバー・テナントの訪問を受ける

1998年、ロブ・ビロットはオハイオ州シンシナティの名門法律事務所のパートナー弁護士となります。ちょうどその日、ロブはウェストバージニア州パーカーズバーグで農場を営むウィルバー・テナントの訪問を受けます。ウィルバーはことの次第を記録した大量のVHSテープを持ち込み、自分が飼育している牛に異常がでており、その原因はデュポン社が排出している化学物質にあると訴えます。

ロブの所属する法律事務所は多くの企業を顧客に抱える事務所であり、ロブ自身も企業保護を専門としていることから、いったんはウィルバーの依頼を断ります。しかし、帰り際、ウィルバーがロブの祖母に紹介されてきたともらしたことから無視することが出来なくなります。

ロブ、被害の事実を知る

ロブは、ウェストバージニアのウィルバーの農場を訪ねます。ウィルバーは、飼育していた190頭の牛が原因不明で死に、残る牛も異常行動をすると訴え、死亡した牛から摘出した内臓を見せます(ここじゃなかったかも)。その異常は自分の兄が隣の土地をデュポンに売った頃から始まったと言います。

ロブは、まだこの時点では断る口実を探しています。この件に関して過去に調査したという環境保護庁にその資料の開示請求を出し、それでウィルバーを納得させようとします。開示された調査資料をもって再びウィルバーを訪ねたロブは、その場で1頭の牛が狂ったように自分たちに向かって突進してくる場に遭遇します。ウィルバーはその牛を撃ち殺し、牛にすまないと語りかけています。ロブは、あらためてウィルバーが置いていったVHSテープを見、その被害実態を知ります。

長い戦いの始まり

20年近くにおよぶ長い戦いの始まりです。

ロブは、法律事務所の経営責任者トム・タープ(ティム・ロビンス)を説得し調査を始めます。まずはデュポン社の顧問弁護士フィル・ドネリーと交渉してデュポン社の内部資料を開示させます。届いた資料はひと部屋を埋め尽くすダンボール箱の山です。

とてもひとりで処理できる量ではありませんが、事件の性質が法律事務所の方向性に反することでもありますので、アシスタント弁護士にも不利になるからと遠ざけてひとりで資料を整理する道を選びます。と言いますか、トッド・ヘインズ監督はわざわざそうしたシーンを入れているということです。

ロブは、資料の中に頻繁に登場するPOFAという文字列に注目します。専門家に尋ねますと、似た物質にPOFCがあると答え、ロブがそれに汚染された水を飲んだらどうなるか?と尋ねますと、その専門家は「タイヤを食べることと同じだ」と答えます。ロブの決意を示すシーンということです。

その後ロブは、PFOAが化学物質ペルフルオロオクタン酸のことであり、デュポン社がその有害性を認識しており、工場の従業員を使って調査までしていることを突き止めます。そして、あるパーティーの席でデュポン社の顧問弁護士フィル・ドネリーにそのことを問いただします。その顧問弁護士は、ロブに対して「田舎者(原語は何だったんだろう?)」と罵倒します。その言葉がパーティー会場に響き渡ります。

ロブには妻サラ・バーレイジ・ビロット(アン・ハサウェイ)がいます。このパーティーのシーンのあと、映画はサラがロブに対して、私も恥をかいた(みたいな台詞)と強く抗議するシーンを入れています。このシーンにどういう意味があるかということではなく、こうしたシーンに単に添え物的存在ではない妻という立場の女性を描こうという意志を感じるということです。サラも元弁護士という設定です。映画は、サラが自分自身を語るシーンで「私は弁護士から専業主婦に転職(違う翻訳だったかも?)した」と語らせています。サラに現代的な価値観を逆説的に反映させているのだと思います。

このあたりから映画はややシンプルさを欠きわかりにくくなります。おそらく、単なる告発映画にしたくなかったのではないかと思います。サラの存在もそうですし、デュポン社を告発したことから、その被害者でありながら金銭的な恩恵を受けている住民たちがロブに反感を持つシーンを入れたり、そうした様々なプレッシャーによるロブ自身の精神的肉体的疲弊を描いています。

それでも戦いは続きます。ロブはウィルバーにデュポン社との和解を進め、同時に環境保護庁に調査してきた事実をリークします(ここはちょっとよくわからない)。それにより公聴会が開かれ、住民たちから採血をして調査し、PFOAとの因果関係が証明されればデュポン社は一括して賠償に応じることとの決定がなされます。

必要な調査人数は数万人だったように思いますが、報奨金を使ってなんとか採取はできたもののその調査に予想以上の年数がかかり、またも住民たちの不満が爆発します。このあたりだったともいますが、ロブの祖母の家が放火されたようなよくわからないシーンもあり、とにかく後半はかなり焦り気味の編集になっています。

数年後、調査の結果が出ます。それは、デュポン社が垂れ流したPFOAと精巣ガン、肝臓ガン、潰瘍性大腸炎、子癇前症、甲状腺疾患、高コレステロールの6つの疾患の因果関係を認めるものです。

しかし、今度はデュポン社が裏切ります。一括賠償には応じず、個別賠償、つまりひとりひとりが訴訟を起こさなくてはならなくなったのです。それでもロブは負けません。3550件の訴訟を起こし、ひとつひとつ賠償金を勝ち取り、そして、ついにデュポン社は2017年の2月に合計6億7070万ドル(約765億円)での和解に応じたのです。

後味のよくない告発映画

悪い意味ではありません。映画として成功しているという意味です。

この映画、正義は勝つという映画ではありません。実際、デュポンはまだPFOAを使っているようですし、ストックホルム条約で廃絶すべき物質と指定されても条約を批准しなければその国では意味を成しません。日本では2021年4月16日にストックホルム条約にもとづき輸入や使用の規制が閣議決定されているのですが、これが読んでいても完全に禁止なのかどうかよくわかりません。

それに、さすがに今では、昭和の時代の「水俣病」「新潟水俣病」「イタイイタイ病」「四日市ぜんそく」のような公害はなくなってきていますが、そうした環境汚染に限らず企業の不正や隠蔽はなくならず、またこの映画でも描かれている、仮にその企業が好ましくない企業であっても誘致すれば周辺住民に金銭的恩恵をもたらすという矛盾を解消すべき妙案を持ち合わせていないのが現実です。

といった感じで、この映画は映画の中にとどまらず、私たちの生きている現実にその思いを向けさせる映画に感じます。

キャロル(字幕版)

キャロル(字幕版)

  • ケイト・ブランシェット
Amazon