心の中の葛藤が画からにじみでる…
もう2年前になりますが「君は永遠にそいつらより若い」を見て、吉野竜平監督の構成力がすごい! って思いましたので、アイドル云々の内容についていけるかなあ(笑)と心配しながらも見てみました。
やはり吉野竜平監督、構成力もさることながら演出力もなかなかのものです。
これはアイドル映画ではない…
物語は、アイドルグループ「ファンファーレ」の結成メンバーのひとりの卒業コンサートのために、同じく結成メンバーであり、それぞれ振付家とデザイナーを目指してすでに卒業していったふたりが振り付けと衣装デザインで協力するという話です。
内容的にもかなり小品の印象ですし、上映時間も85分と短いほうですが、これがなかなか見ごたえがある映画なんです。
何が描かれているかといいますと、他人からみれば些細なことなのに本人にとってみれば重大なこと、あるいは誰も気づかないかも知れないけれども本人にしてみれば胃も痛くなるような悩みが実にリアルににじみ出ています。描かれているという表現よりも、それぞれの感情が画からにじみ出ているといった表現の方がより近い映画です。
ですので、私のようにアイドルの世界に興味がなくても、映画として見ごたえがあります。それに、この映画で描かれている葛藤や悩みは、20代30代あたりの若年層では一度はぶち当たるものですので、その視点で見れば共感もできるのではないかと思います。。
主演のふたり、水上京香、野元空がとてもいい…
軸となっているのは、現在はダンス教室のインストラクターをやっている万理花(水上京香)と衣装制作会社(アパレル会社かも…)で働く玲(野元空)の挫折や葛藤です。
冒頭のシーン、卒業する現役アイドル由奈(喜多乃愛)の卒業コンサートのための打ち合わせです。由奈、玲、万理花にマネージャーがそろっています。どことなくけだるさと言いますか、ぎこちなさと馴れ馴れしさが入り混じったような空気が漂っています。久しぶりに会うちょっとした緊張感が、ある瞬間アイドル時代の3人に戻ったりします。
吉野竜平監督はこのシーンをかなり引いた画のワンショットで撮っています。この手法が結構効いていて、誰もが経験するであろう、また経験したことがあるであろう心の動きをちょっと引いたところから眺めているような気分にさせます。この手法をかなり多用しています。
万理花がダンス教室で担当しているクラスはキッズクラスです。教室の経営者(マネージャーかも…)からはそのキッズクラスも半減できないかと言われています。万理花は、そのかわりに大人クラスをやらせて欲しいと言いますが、マネージャーは口を濁しています。万理花は、アイドル出の私ではダメって思っているんでしょ! と言ってしまいます。
マネージャーにも言われていましたが、万里香は自分自身で振付家としてやっていくことに壁を感じているということです。さらに、卒業コンサートの振り付けに対して、若手の現役メンバーから古臭いとダメ出しを食らってしまいます。
もう一方の玲は、対人関係や仕事上のコミュニケーションに苦しんでいます。プレゼンの際にクライアントからの質問に対して自社製品をうまくアピールすることができなく、後に上司から塩対応がウケるのはアイドルだけだからねと嫌味を言われたりします。後にある万里香との言い争いではコミュ障のくせになどと言われていましたし、公式サイトの解説によれば玲はカリスマ的存在だったとありますので、玲のつらさはかなりのものでしょう。上司からは、あなた辞めようと思っているでしょ、なんて突っ込まれていました。
映画全体としてもこの玲のどよーんとした空気が支配しているところもあります。万理花の場合は、もうやってられないとキレて(みたいな感じ…)ダンス教室もやめます!と啖呵を切っていました。
このふたりの悩みや葛藤を画がていねいに捉えていきます。
吉野監督の構成力、演出力が光る…
といった感じで進み、それでも無事に卒業コンサートが始まります。
新型コロナウイルス期の設定になっており、ライブハウスでのコンサートもオンライン中継のみです。実際にそうなのか、低予算のせいなのかはわかりませんが、卒業コンサートは、やはり映画ですのでもう少し盛り上げてほしかったと思います。
ただ、その前のシーンが結構うまいシーンで、前半に3人がスタジオに寝転がってなんとなく気だるい雰囲気のシーンがあるのですが、そのシーンが繰り返され、さらにその続きとして3人がファンファーレ結成時の初対面のときの挨拶シーンを再現します。
これがよく効いています。こういうところがうまいということです。
とにかく、この映画は見ないとその良さがわからない映画で、言葉では説明できない、映画にしか表現できないものがあります。
「君は永遠にそいつらより若い」でも書きましたように、構成がいいですのでスムーズに流れて引っかるところがありません。無駄なカットやシーンがありません。かといって単調というわけではなく、かなりいろいろ計算されており、たとえば、ある人物を撮るショットがあるとしますと次のショットではその人物の違う側面を違う印象のショットで撮ったりします。それによって人物の深さが生まれます。
「君は永遠にそいつらより若い」は原作がありますので構成力に目がいきましたが、この映画はオリジナルで脚本も連名ではありますが吉野監督です。台詞もとてもうまくできており、3人の会話シーンが無茶苦茶自然なんです。ただ、それがいわゆるアドリブ的ではなく、完全に計算された会話にみえるのです。もちろん、アドリブ的要素があるのかも知れません。それはわかりませんが、少なくともアドリブ要素を使って現実感を出そうとしているわけではないことだけは確かでしょう。会話の間合いも計算の上と感じるということです。
それにしてもベタ褒め具合が行き過ぎているようなレビューになってしまいました(笑)。