西部劇がヒューマンドラマに変わる時
ジャック・オーディアール(オディアール)監督が西部劇? という感触を持っていたのですが、見てみれば、確かに、なるほどとも思える一風変わった西部劇でした。
オーディアール監督は、ハリウッドで撮るのも、英語で撮るのも初めてとのことですが、経緯は、この映画の主演でもあるジョン・C・ライリーさんが映画化の権利を持っている原作本『シスター・ブラザーズ』の監督としてオファーしたようです。
邦題の「ゴールデン・リバー」は、1850年前後のカリフォルニア・ゴールドラッシュが物語の背景ですので、西部劇であることを強調しようとしたんでしょうが、映画の内容からすれば、原作の「シスターズ・ブラザーズ」の方がぴったりです。それに、単に「シスターズ兄弟」ということだけではない言葉の面白さがありますので原作通りにすればよかったのにと思います。
ところで、西部劇って最近では何を見たんだろうと思い返してみますと、「ブリムストーン」に「悪党に粛清を」と、なんとヨーロッパで制作されたものばかりでした(笑)。そのどちらもあまり西部劇っぽさはなく、やっぱりヨーロッパやねえといった印象の映画ですが、この「ゴールデン・リバー」は結構西部劇っぽさがあります。
一風変わっているのは人間たちです。
4人の男たちの物語です。
まずシスターズ兄弟、兄イーライ(ジョン・C・ライリー)と弟チャーリー(ホアキン・フェニックス)はオレゴンの提督に雇われた殺し屋(って何?)です。
時代は1851年とあります。この時代のアメリカの州の変遷がウィキペディアにあります。カリフォルニアは州のひとつとなっていますが、オレゴンはまだ州にはなっていないようです。提督と字幕にあった原語が何であったか聞き取れていませんし、どの程度正確に訳されているかわかりませんが、言葉通りにとれば、合衆国政府から派遣された司令官ということになるのでしょうか。生きたままでは登場しない(笑)のですが、かなりの権力を持った恐ろしいやつのように語られていました。
このシスターズ兄弟のキャラクターが面白いです。弟のチャーリーは短気で酔っ払うと何をするかわからないような人物で、自分がリーダー気取りです。兄イーライは、そんなチャーリーをそのまま受け入れている人物で、性格的には心優しいところがあります。ただ二人とも敵に対しては容赦ありません。命乞いなど通じません。
で、ふたりの目的は、ウォーム(リズ・アーメッド)という化学者(かな?)を探し出して、情報を聞き出すのか、連れ戻すのか、殺すのか、これが映画からははっきりしませんでしたが、とにかく、ウォームは金(金鉱)を簡単に見つける溶液を作る化学式を発見したということになっています。
そしてもうひとり、提督の部下のモリス(ジェイク・ギレンホール)はシスターズ兄弟の先遣としてウォームを見つける役目の人物です。
この4人で物語は進んでいくんですが、やはりこの映画はイーライとチャーリーふたりの映画でしょう。その意味では、割と4人を均等に立てようとしているところがあり、それがマイナスになって焦点がぼけています。
映画はあまり深入りしていませんが、ウォームという人物は金を探し出し、それを資金に理想郷を作ろうとしている人物です。モリスは、最初はウォームを追っていたんですが、出会って親しく話すうちに、(ちょっと適当な描き方ですが)その理想郷の話に心酔し、自ら大金を提供してともに行動するようになります。このあたりのふたりの描き方はかなり浅いです。
最後にはシスターズ兄弟もその計画に加わることになるのですが、その経緯のシスターズ兄弟の心理的なものがまったく描かれていません。理想郷なのか、単に金なのか、いつの間にやら加わっている流れになっています。
このあたりを深く描けば、また違った面白さが出たように思います。
どういうことかと言いますと、映画の見た目は、この金鉱探しと理想郷の物語が軸となっていますが、実は最終的に、ああこういうことねと見えてくるのはシスターズ兄弟の物語なんです。おそらく、金鉱探しと理想郷の物語が実に中途半端に感じられるのはそういうことからなんだろうと思います。
その後、金探しの段階で、チャーリーが金に目がくらんだのか溶液を大量に川に流し、ウォームとモリスが薬品でやけど(かな?)を負い死にます。同じくチャーリーも右手を失うことになります。
結局、あっけなくウォームとモリスを殺してしまうわけですから、やはりシスターズ兄妹視点でウォームとモリスを描いておくべきなんだろうと思います。
イーライとチャーリーは、互いに髪の毛を切りあうシーンがあったりと実に仲のいい兄弟なんです。行動のうえでも、たとえば、チャーリーは、深夜、町中で酔っ払って拳銃をぶっ放したりして暴れますし、ふたりの会話でもチャーリーはイーライをなめたような口を利きます。しかし、それに対してイーライは、我慢とか抑えているとかではなく、また、特別暖かく見守っているといったわけもなく、要はごく普通にそういうものとして受け答えしています。つまり、子どもの頃からそうやってずっと一緒に生きてきたということです。
イーライの性格は、たとえば、町の店で、まだ珍しいのか、口臭もなくなるよと歯ブラシと歯磨き粉を勧められ購入し、寝る前に使ってみて、はーと自分の息の匂いと嗅いたりします。また、ある女性にもらったショールを大切にしており、寝る前にその匂いを嗅いたり、枕にしたりしています。ある町では、娼館へ行き、娼婦に会話だけならいくらだと言い、ショールももらった時を再現するロールプレイをやらせたりします。
そうした結構笑えるシーンも多い兄弟なんですが、実は、子どもの頃にチャーリーが父親を殺しているのです。理由は何も語られていなかったと思いますが、おそらく虐待やDVだったのでしょう。チャーリーが記憶を失うほど酔っ払うのはそうした過去があるからでしょうし、イーライにしてみれば、どこかのシーンでモリス(だったかな)に語っていましたが、兄である自分がやるべきだったとの思いがあるわけです。
ですので、ウォームの理想郷の話などはシスターズ兄弟視線で描けば、ある種ふたりは安らぎの場所を求めているわけですから、ひとつのまとまりある物語になったのではないかと思います。
で、ラスト、理想郷などどこにもなく、結局、わが家、そして母親のもとに帰るしかないということになります。
ちょっと陳腐ですかね(笑)。
結局、この映画、シスターズ兄弟が殺伐たる殺し合いの世界から抜け出しやすらぎある世界へ戻る物語なんでしょう。