白鍵と黒鍵の間に

惜しい!面白いネタなのに間合いが悪くパワーが足りない…

池松壮亮さんが二役を演じているらしいです。あの独特の台詞回しが消せるのか、あるいはそれが利用されているのか、興味のわく映画です。監督は冨永昌敬監督、数本見ているのですが映画自体はあまり記憶に残っておらず「ローリング」の三浦貴大さんと柳英里紗さんが印象に残っているくらいです。

白鍵と黒鍵の間に / 監督:冨永昌敬

3年間の南と博がループする…

惜しい!

ほんとに惜しい映画です。多少既視感は感じられるものの面白い内容ですし、ひとりの人物をふたりに分解していることでループ感が生まれて、どん底(でもないけど…)に堕ちたときの抜け出られなさがうまく出ています。

足らないのは間合い(の良さ…)とパワーです。間合いがとても悪いです。コメディかつ半分くらいは音楽映画なのに乗り切れなく終わってしまいます。

南博さんという実在のジャズピアニストの「白鍵と黒鍵の間に」という「爆笑と感動が連続する修業時代の青春回想記(小説丸)」が原作です。1960年生まれですから現在63歳くらいの方です。

上のリンク先に試し読みがあります。大盤振る舞いで半分くらいまで読めます。

ウィキペディアの来歴を見ますと、ほぼ南さんの実体験が映画になっているようです。

1986年東京音楽大学器楽科打楽器専攻卒業。
1991年バークリー音楽大学作曲パフォーマンス課程卒業。

ウィキペディア

映画は1988年の年末1日の物語ですが、その1日で3年間を語るというとても面白いことをやっています。

音楽はノンシャラントなもの…

1988年、夜の銀座のバンドマン(ウーマンもいる…)たちの物語です。

池松壮亮さんが二役を演じるというのは、南博ひとりの3年間の最初を博として演じ、3年後を南として演じるということで、クラブのピアニストとして成長はしていますが同一人物ということです。その3年間の最初と最後が1日のうちに同時に存在しているということです。

博と南が交錯するシーンはワンシーンだけですが、結構うまく出来ており面白いです。もう何シーンか交錯するシーンを入れればなおよかったように思います。そのふたり(ひとりだけど…)をうまくつないでいるのが音大の先輩でもあり、同じようにクラブのピアニストをしている千香子(仲里依紗)です。

博(池松壮亮)が音大の指導教員宅見(佐野史郎)のレッスンを受けています。宅見が博の演奏に硬いなあ(そんなような意味…)と言い、自ら演奏し始めます。そして、音楽はノンシャラント(nonchalant)なものだよと言い、どうすればいいですかと尋ねる博に銀座へ行け(ジャズをやれだったか…)と言います。ここに千香子も登場させています。

キャバレーのピアニストとして働き始めた博、そこは客の誰もが音楽など楽しむ場所ではありませんが、ひとり奇妙な客あいつ(森田剛)が博に絡み始めゴッドファーザー愛のテーマをリクエストします。バンマスはその曲はだめだと止めますが博は演奏してしまいます(シーンはない…)。

一方、南(博の3年後…)はすでに夜の銀座のジャズピアニストとして名を馳せています。今日も軽やかに(と言うほどでもないが…)ハイクラスなクラブのピアニストとして海外から招聘したジャズヴォーカリストのリサ(クリスタル・ケイ)の伴奏を努めています。リサは誰も自分の歌を誰も聞いていないと不満たらたらです。南は俺たちはテーブルを飾る花瓶みたいなもので添えものなんだとリサを言い諭しています。

ただ実は、南はバンドマン稼業を今日限りにしてボストンの音楽大学に留学しようと考えているのです。

煮えきらないコメディ…

という感じで、銀座のクラブを舞台に、南と博、千香子、リサ、バンマスの三木(高橋和也)たちのやや群像劇的つくりで映画は進むわけですが、そこに例のあいつと超大物の熊野(松尾貴史)というヤクザ絡みの抗争(というほどでもない…)が絡んできて物語は進みます。

基本、コメディです(笑)。が、あまり笑えません。これも間合いの悪さが災いしています。

南と博が交錯するシーンはこんな風に描かれています。千香子も南と同じクラブのピアニストです。バンドマンやバンドウーマンは掛け持ちすることが多いらしく、その日ひとりのピアニストが倒れてしまい、千香子がバンドマンたちのたまり場ボストンでトラ(代打)を探していますと、たまたまキャバレーの演奏の休憩中にそこに来ていた博と出会い、博がトラとして演奏することになるという流れです。つまり、3年前、すでにクラブのピアニストとして働いていた千香子が博と出会い、キャバレーからクラブのピアニストに引き上げ、その後博はクラブのジャズピアニストとして名を挙げ今になっているということです。

ヤクザの抗争はゴッドファーザー(以下、愛のテーマは省略…)絡みですが、あまりうまくいっていません。ここ銀座ではゴッドファーザーは銀座の裏社会を仕切る熊野のためにしか弾いてはいけない曲となっているのですが、それを知らない博はあいつのリクエストで弾いてしまったということです。でも、これはあまり有効に使われずに置き去りにされています。

結局、南がボストン行きを計画していることから、リサがそれにはデモテープがいるんだよと、それも知らなかったのかということが発覚し、じゃあここで録ろうということになり、千香子やバンマス以下バンドメンバーが協力して一大セッションが始まり、ゴッドファーザーを録音します。その後あれこれあり、熊野がいるその場にあいつがやってきてあれこれあり、殺し合いになり、二人とも死にます(笑)。

ふたりの死体はビルの谷間に投げ落とされます。そこはごみ溜です。南も落とされます(堕ちますかな…)。コメディですので死体のふたりと南のやり取りもありますがそれは大したことではなく、重要なのはそこにゴッドファーザーのメロディーで世捨て人のように嘆き節を歌う浮浪者がいます。当然ながらそれは南博の未来の亡霊です。

どういうやり取りがあったかは忘れてしまいましたが、その浮浪者風な亡霊が走り出し、銀座ではない街中を疾走し、まとっていたボロぎぬを徐々に脱ぎ去り某所(妄想なのでわからない…)で立ち止まりますとその先には母親がいます。母親は、博、母子手帳があったよと言い(笑)、博は、母さん、俺、ボストンへ行くよと笑顔を見せています。

これはオンシアター自由劇場風演劇ネタ…

最後はもうワンシーン、クラブを俯瞰するような画があったように思いますが忘れてしまいました。

というコメディなんですが、とにかく返す返すも残念な映画でした。

各シーンの中の間合いも悪いですし、編集の間合いも間延びしています。

考えてみれば、これは舞台でやればきっと成功するネタでしょう。オンシアター自由劇場で串田和美さんや吉田日出子さんがやりそうな(ってもうないですが…)題材ということです。

とにかく、おもしろい題材なのに基本的なパワーが足りなく残念でした。