翻訳家の男の存在感が足りません。ミスキャストでしょう。
もう2年前になりますが、この映画の監督の前作「黒四角」をDVDで見て、こういう映画をきっちり撮れる監督が日本にもいるんだ(劇場公開される映画でという意味)と興味を持ち、さらにさかのぼって宮﨑あおいさんとARATA(当時)さんの「青い車」まで見てしまったという奥原浩志監督の最新作です。
2年前というのは新型コロナウイルスの第一波で映画館が休館になった時でした。新型コロナウイルスはもう3年目に入っているんですね。
俳優の存在感と間合いの緊張感が必要なのに…
この映画はあまりうまくいっていませんね。
「黒四角」と「青い車」の2本を見ただけの理解で言えば、この監督は物語そのものを語ることはせず、俳優の存在感や間合いから生まれる緊張感で、漠然とではあっても見るものになにかを感じさせる物語を生み出します。
当然、そのために重要なのは俳優ということになりますが、問題は永瀬正敏さんです。
この映画の翻訳家の男に必要なのは非日常的な存在感だと思いますが、永瀬さんはそういう俳優さんではないですね。最近見た映画で言えば、「ちょっと思い出しただけ」の中で毎日公園のベンチに座って、もう戻ってこないとわかっている妻を待つ男がピッタリする俳優さんです。ジム・ジャームッシュ監督が使いたくなるような俳優という言い方がわかりやすいかもしれません。簡単に言えば永瀬さんにはあやしさがありません。日常が感じられる俳優さんです。
マリを演じているルシア(陸夏)さんはよかったです。演技経験はあまりないようですが、この役にはその方がよかったのでしょう。映画の年齢設定がよくわからず、前半はやや見た目の年齢が上過ぎるかなあと思っていたのですが、後半は演技未経験がいい方へ出ていました。
小川洋子著『ホテル・アイリス』
小川洋子さんの『ホテル・アイリス』が原作です。
小川さんの小説が原作となった映画は「薬指の標本」「博士の愛した数式」を見ていますが小説自体は読んだことがありません。映画だけの話で言えば、この「ホテルアイリス」はそのあやしい雰囲気が「薬指の標本」にちょっとだけ似ているように感じます。
いやぁー、あやしさはその比じゃなさそうです。
今、ネット上にあった小説のあらすじを読んでみましたら、かなりハードな官能小説といいますか、SM系の恋愛(といっていいのかどうなのか?)小説のようです。さらに『アンネの日記』への作者の思いのようなものもあるらしいです。
ということであれば、うまくいっていないどころか、原作とはまったく違った映画になっている可能性もありそうです。原作を読むしかありませんね。
奥原監督はこの原作のなにを描こうとしたのだろう?
行きつくところはこの疑問です。
映画を見て、ああこういうことかなと思いながら見ていたのは、マリは父親に性的虐待を受けていたかもしれないこと、マリは翻訳家の男にエレクトラコンプレックスに似た感情を持っているのかもしれないこと、といったことなんですが、ただ、そうだとしてもその感情が強く現れるわけではなく、映画の流れとしてはある種淡々と描かれていきます。
奥原監督がなにを狙ったのかはわかりませんが、翻訳家の男が永瀬さんですので、行為がどんなにエロティックでもそこにあやしさは感じられません。キスシーンでも画としては濃厚でもそこには危うさはありません。
そうした淡白さの中の奇妙なふたりの関係が見えてくれば、それはそれ、原作とは違っていても見られる映画になっていたとは思いますが、そこまでいかなかったという結果だと思います。
あらすじしか読んでいない上での話ですが、おそらくこの小説は17歳の少女の側からの物語でしょう。その少女に見えている「男」という存在がこの映画にはなかったということじゃないかと思います。様々な感情を含んだ濃密な関係を描かないとなにも見えてこない原作のような気がします。
ところで、「黒四角」を見た時に「奥原浩志監督最新作映画のヒロインオーディション(2018年11月中旬~撮影予定)」という情報を見つけ、どうなっているんだろうと思ったのはこの映画のことだったんですね。
そう頻繁に撮れる環境ではなさそうですが、次回作を期待しています。