ジャネット

不完全なる映画から立ち昇るリアルなジャンヌ・ダルク

なんとも奇妙な映画ですね。やっていることはわかるのですが、やろうとしていることがわからないという、つくり手の考えていることが不可解な映画です。

ただ、この映画には「ジャンヌ」という続編があり、まだ見ていませんのでそれを見れば、その不可解さもちょっとは解けるかもしれません。

ジャネット / 監督:ブリュノ・デュモン

ジーザス・クライスト・スーパースターか?

ジャンヌ・ダルクはカトリック教会の聖人ですのでその人物をミュージカルで描くということで、「ジーザス・クライスト・スーパースター」のジャンヌ・ダルク版かとも思ったのですが、意図はともかくつくりは全く違っていました。

エンターテインメント志向は全くなさそうです。

主要な登場人物はジャネット(後のジャンヌ・ダルク)と友人のオーヴィエット、そしてジャネットの叔父の3人ですが、皆プロの俳優ではないか、仮に子役であってもほとんどキャリアのない人たちです。台詞はすべて歌で表現されますのでそこからのキャスティングかもしれません。動きは振りがついていますのでなんとかなると思ったのでしょう。

フィリップ・ドゥクフレ

振り付けはフィリップ・ドゥクフレさんというサーカスの要素も取り入れたりしてカッコいい振り付けをする方です。日本でも何度か公演されています。私が知ったのは1992年のアルベールビルオリンピックの開会式と閉会式を見たときで、とにかくテレビに釘付けになりました。ググれば動画で見られます。

率直に言って、この映画ではダンスになっていませんので、ドゥクフレさんがどういう感想を持っているのか知りたいくらいです。

Igorrr イゴール

音楽は「Igorrr」というバンド(音楽プロジェクト?)で、そのスタイルは「ブレイクビーツ、ヘヴィメタルリフ、極端なテンポ変化、オペラ、バロックなどの要素を融合させた音作り」とウィキペディアにはあります。この映画ではさほど激しさを感じることはなく、とてもいい感じで、この音楽じゃなければ持たなかったんじゃないかと思います。ジャネットの叔父の曲にはラップが使われており、これで結構笑いを取っていました。

あるいはブリュノ・デュモン監督にはジョーク的な意図でもあるんでしょうか。

シャルル・ペギー

原作と言いますかベースとなっているのは、フランスの詩人、劇作家、思想家であるシャルル・ペギーという方の戯曲『ジャンヌ・ダルク』と詩的な作品『ジャンヌ・ダルクの愛の神秘(Le Mystère de la charité de Jeanne d’Arc)』だそうです。

ウィキペディアを読みますと社会主義者なんですがその教条主義的なところにはかなり批判的な人物だったようです。1897年のデビュー作である戯曲『ジャンヌ・ダルク』は史実に忠実に書かれているらしく、1910年の『ジャンヌ・ダルクの愛の神秘』は詩的で思索的な作品とあります。

1914年に第一次世界大戦で戦死しています。41歳です。30代前半にカトリックに回心したとあります。

ウィキペディアの Le Mystère de la charité de Jeanne d’Arc をグーグル翻訳で読みますと、『ジャンヌ・ダルクの愛の神秘』の設定は、1425年夏、フランスの北東部にあるマクセ=シュル=ムーズとドンレミ=ラ=ピュセル(ジャンヌ・ダルクの生誕地)の間にあるムーズ川沿いの丘の中腹でのドラマとなっており、13歳半のジャネットと10歳と数か月の友人であるオーヴィエット、そして25歳の MadameGervaise(ジェルヴェーズ?)の3人の人物によって始まるらしいです。

映画でもこの設定が使われており、まさしく「ムーズ川の丘の中腹」というロケーションでしたし、ジャネットとオーヴィエットの年齢設定もそのようでした。MadameGervaise はふたりのシスターによって演じられていました。

結局、シャルル・ペギーのジャンヌ・ダルク像は、ウィキペディアにある「カトリックの教権主義に抹殺された、純粋な心根を持つ悲劇の《女性》」ということなんでしょう。これは田代葆著『シャルル・ペギーの《ジャンヌ・ダルク》』からの引用のようです。

で、映画は?

ということで映画は、13歳のジャネットがイングランドとの百年戦争で窮地に追い込まれているフランスの戦況を嘆き、神の求めに応じて王太子(後のシャルル7世)を助けフランスを救わねばならないと友人のオーヴィエットやシスターに幾度も訴えるシーンが続き、後半2/3くらいからはジャネットの俳優が20歳くらいの俳優に変わり、王太子のものとに赴くために叔父の協力を得ようとし、そして最後は馬にまたがり叔父とともに旅立つことになります。

この映画はジャネットがジャンヌ・ダルクになるまでの幼少時代の映画です。

ということなんですが、演技やダンスは素人レベル、歌はまあまあ聞けるレベルだとは思いますが、その歌詞が字幕で矢継ぎ早に表示されますのでなかなか意味合いを理解するのは困難です。あるいは歌詞は『ジャンヌ・ダルクの愛の神秘』から引用されているのかもしれません。

印象的なのは、ジャネットがやたらヘッドバンギングしますので脳が混濁しちゃわないかなあと心配になることと、ダンスのステップで砂地を激しく踏みつけるところが幾度もアップで強調されていることです。

ただ、それが何なのかはわかりません(笑)。おそらく大した意味はないのでしょう。

不完全、自然、人間的なもの

結局この映画にあるのは不完全さです。どう考えてもそれを見せているとしか思えません。

13歳のジャネットを演じているリーズ・ルプラ・プリュドム、目一杯やっています。それだけは伝わってきます。当然ダンスも歌も完全なものではありません。ブリュノ・デュモン監督はそれでもミュージカル俳優によって演じられるジャネットよりもよりジャンヌ・ダルクの本質に近づけると思ったのだろうと思います。

この映画にはジャネットが神の声を聞くところはありません。字幕を読み取れていませんので多分ですが、なかったと思います。ジャネットの目線が気になります。カメラを気持ち外した目線や時にカメラ目線もあったりします。ジャネットは何を見ているのでしょう。この映画のジャネットが神秘的な神の声を聞いたとは思えません。ブリュノ・デュモン監督はそれで(も)いいと思ったということだと思います。

いずれにしてもフランス人のための映画でしょう。