なぜこの物語を撮ろうとしたのか興味はあるが…
イラン人のナグメ・シルハン監督がニューヨークの日本人コミュニティを舞台にした物語を撮った映画です。ただ、日本人コミュニティといっても、日本人ビジネスマン相手のクラブが舞台ですから、かなり限定的な世界ではあります。
それもかなり大胆な物語ですので、なぜイラン人の監督(脚本も)がこの物語を考えついたのか興味があるところです。
ただ、見終えても、その意図はほとんど見えてきません。
物語は、公式サイトにある
ニューヨークの日本人高級クラブ。マキはホステスとしてミカの経営するクラブで働いている。彼女はボーイのトミーと暮らしている。クラブ内は恋愛禁止でトミーには女の影が絶えないが、おなかには彼の子供もいる。
マキへ優しい言葉をかけたのは、彼女の妊娠に気づいたミカだった。ミカはマキをいたわり、生まれてくる子供を養子に出すことを提案するが、実はミカにはある思惑があった。
ということですが、そこにはかなり犯罪の匂いがする人身売買(乳児売買)が絡んでいるという話です。
要は、ミカ(原田美枝子)は、ボーイのトミー(ジュリアン)を使って、クラブで働く女性たちのうちの目をつけた子を妊娠させ、パスポートも取り上げ、ほぼ監禁状態で子どもを産ませて、その子どもを売る裏稼業をしているということです。
ただ、この映画はそこに焦点を当てているわけではありません。ミカやトミーの行為が犯罪であるかどうかに全く触れてはいませんし、おそらくその意図もないでしょう。
現実にそうした犯罪行為があるかどうかわかりませんが、もし脚本&監督のナグメ・シルハンさんが取材をしてそうした行為があることがわかってこの映画を作っているとすればあまりにも適当すぎますし、単に映画のために作り出した物語であるとすれば、その掘り下げの浅さが映画に現れているということでしょう。
映画のラストは、マキが子どもを出産し、その子どもが売られる直前に連れ出して逃げ、数年後、公園でマキと子どもが遊ぶシーンで終わっていました。トミーが連れ出したんでしたっけ? すみません、記憶していません。
仮に、マキの愛の物語を描こうとしたのであれば力不足でしょう。
とにかく、そもそものシナリオが練られていませんし、編集もぎこちなく、映画の展開にも流れがありません。
アミール・ナデリ監督に師事したとありますが、具体性がないと単なる宣伝コピーにしか聞こえず、自らの価値を下げることになります。
かなりきつくなりました(ペコリ)。