おーい、大森さーん、いったいどうしたんだ?…
大森立嗣監督の「おーい、応為」です。なんと自分でもびっくり、大森立嗣監督の映画は長編デビュー作の「ゲルマニウムの夜」からすべて見ています。でも、いい映画だと思った作品は多くないんですよね。新しいところで言えば「星の子」「日日是好日」くらいです。この「おーい、応為」はその系統っぽく、期待です。

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ネタバレあらすじ
んーーー、唸るしかありません(涙)。何をやろうとしたんでしょうね。
後の応為ことお栄(長澤まさみ)が夫で絵師の南沢等明に逆三行半を叩きつけて父北斎(永瀬正敏)のもとに戻り、その後は、二人でああだこうだ言いながら、それでも親子の縁は切れないのか、北斎はただただ絵を描きつづけ、お栄はといえば再び絵心に火がついたのか筆を持ち始め、それを見た北斎は「おーい」をもじった葛飾応為の画号を与え、二人で、絵を描き、引っ越しをし、絵を描き、引っ越しをし、絵を描き、そして北斎が90歳で亡くなり、ひとり応為は残されました。
という映画で、ほとんどが衣服や絵の道具で足の踏み場もない長屋のシーンで撮られており、物語だけではなく映像としても変化もなく、さすがにこれでは無理だと思います。
原作となっている本があります。
こちらは漫画ですか。『百日紅』の上巻から『木瓜』、
下巻からは『野分』となっています。
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感想、評価:ああ、無常…
映画の軸も見当たりませんが、あえて言えば「無常」でしょうか。
お栄(長澤まさみ)が300年生きられる長寿の薬を買ってきて、マズっ!とか言いながら二人で飲んでいます。これに特別焦点を当てているわけではありませんが、北斎のウィキペディアを読んでいましたら、北斎が75歳のときに上梓した『富嶽百景』の跋文にこんなことを書き残しているらしいです。要約とのことです。
6歳の頃から絵を描き、50歳の頃から様々な作品を発表したが、70歳より前に描いた絵は取るに足らないものだった。73歳になって鳥や獣、虫や魚などの骨格や草木の生え方がわかってきた。80歳になればそうした摂理がもっとわかるようになり、90歳になってその奥義を見極めることができるようになるだろう。100歳になればそれを超越した世界を知ることができ、110歳では1点1画がまるで生きているように描くことができるだろう。長寿の神様、自分の言葉が嘘でないことを見ていて欲しい
(葛飾北斎 -Wikipedia)
すごい探究心ですね。
残念ながら自然の摂理(のようなもの…)の奥義は見極めたもののそれを超越するまでには至らなかったということになります。
そうした北斎を最も近くで見つめてきた応為を描きたかったのかもしれません。ラストシーンの応為(長澤まさみ)の表情はそういうことだと思います。
北斎最後の作品とされる『富士越龍図』には応為の手が入っているという説もあるそうです。
葛飾北斎, Public domain, via Wikimedia Commons
北斎が巨星であるがゆえに応為について大胆な解釈もできなかったという結果でしょう。