ロザリー

偏見差別よりもラブストーリー、エンディングはちょっと…

「ヒゲを生やした女性」と表現されていますが要は多毛症の女性ということで、クレマンティーヌ・デレさんというフランスに実在した方をモデルとした映画です。

そのクレマンティーヌ・デレさんのウィキペディアをみますと写真なども残っていますし、ヒゲに誇りを持っていたという記述もあり、かなり力強く生きた方のようです。

この映画の主人公「ロザリー」はどうなんでしょう?

ロザリー / 監督:ステファニー・ディ・ジュースト

ロザリーとアベルのラブストーリー…

見た目が他の人と違うということは偏見をうみ差別につながることが多く、この「ロザリー」もそれが主題の映画だろうと予想していたんですが、むしろロザリー(ナディア・テレスキウィッツ)と夫アベル(ブノワ・マジメル)のラブストーリーと言ったほうがよく、力強く生きるロザリーと内なる偏見とたたかうアベルを描いている映画でした。

とは言っても世間からの偏見は全編通してあるものとして描かれていますし、後半になりますとそれが差別として顕在化します。

1870年代、フランス ブルターニュ地方の山間の村の設定です。

かなり早い段階でロザリーはヒゲを生やした状態で村人たちの前に登場します。村人たちは物珍しさでロザリーのもとに集まってきます。夫婦はカフェをやっていますので大繁盛です。ロザリーも自信をもって生き生きとし始め、その存在を聞きつけた町の記者(ブロマイド屋?…)もやってきて新聞記事になりブロマイドも大売れです。

まあ人気者になったという状態なんですが、これもある種偏見にもとづいているわけで、それが一夜にして差別に変わります。

ある日火事が起き、その原因はロザリーにあるとの噂からバッシングが始まります。そうなりますともう一気に好奇心も偏見となりロザリーは差別されることになります。村人たち全員が離れていき、カフェに来るものもなく、道を歩いていても白い目で見られます。

で、ステファニー・ディ・ジュースト監督(脚本も…)はこの状態からどうしたかと言いますと、悲劇にしちゃったんですね。

ロザリーは橋の上から川に飛び込み、後を追って飛び込んだアベルとふたり抱き合って沈んでいきました。映画中程にアベルは泳げないと前振りしてあります。

せっかく力強く生きようとしていたロザリーなのに悲劇はまずいですね。創作なんですから、21世紀の今、ハッピーエンドにならなくても差別をはね返す姿で終えなくっちゃダメだと思います。

ロザリーの内面が見えない流れ…

ディ・ジュースト監督のインタビュー記事を読みますと、やはりこの映画で描こうとしたのはラブストーリーだと語っています。

what mattered most for me was to make a film about her feelings, and about a love story, an unconditional love story that she really longed for. That was my perspective of the film.
私にとって最も重要だったのは、ロザリーの感情であり、ラブストーリーであり、彼女が真に望んだ無条件の愛の物語を描くことだったのです。それがこの映画に対する考え方でした。
https://www.heyuguys.com/rosalie-interview/

であればなおさら悲劇はまずいでしょう。アベルも自らの偏見を乗り越えようと努力し、そして愛し合うこともできるようになり、なぜ自殺させるのでしょう。

映画がその理由としているのは子どもを持てないことがはっきりしたことくらいしかないんですが、前半の村人たちの好奇の目をはねのけて生き生きと輝いていたロザリーですからとても違和感が残ります。

結婚する際にロザリーがアベルに絶対に子どもがほしいと言っていたのも前振りだとは思いますが、後半ふたりが愛し合うようになり、医師に診てもらったところ多毛症はホルモン異常であり、病名(病じゃないね…)は忘れましたが子どもを持てないと言われます。

落胆するロザリーですが、今度はアベルが頑張ります。教会で養子縁組をすることになります。ところが町の有力者が横槍を入れて妨害します。ロザリーが下着姿で写真を撮ったことがあることからこれで母親になれるかと言い、教会も養子縁組を認めることができなくなります。

そして自殺となるわけですが、あるいは意図としては精神が衰弱したということかもしれません。と言いますのは、ロザリーはある時期まで頻繁に悪夢を見ていたのですが、髭を伸ばしあるがままの自分で人前に出るようになってからは悪夢を見なくなったと言っており、それが自殺する前には再び悪夢を見て、その後自殺しています。

その悪夢とはロザリーが下着姿でステージで踊っており、そこへ客席から父親が現れてライフル銃でロザリーを撃つという夢です。

違和感という意味では、結婚するまでのやや気弱に感じられるロザリーの印象からしますと、カフェに来た客に本物の髭を見せてあげると言って賭けを持ちかける姿は別人にも見えてしまいます。同じ意味で終盤のロザリーにも違和感を感じるということです。もう少しロザリーの葛藤が描かれていればと思う映画です。

ロザリーが自分自身をどう見ているかが見えないということです。

実在のクレマンティーヌ・デレ…

クレマンティーヌ・デレさんはどう生きた人なんでしょう?

Clémentine Delait 1923c
Scherr, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons

ウィキペディアからその人生を見てみますと、1865年3月5日生まれで1939年4月5日に亡くなっていますので74歳の生涯です。映画にもその経歴がいろいろ使われているようです。

20歳のときに地元のパン屋のポール・ドゥレと結婚してカフェを開いています。映画ではロザリーがカフェに来た村人と髭の賭けをしていましたが、実際は35歳のときにカーニバルに行き、多分見世物としての髭の女性だと思いますが、それを見て自分の髭のほうがもっとすごいと賭けをしたそうです。そしてそれを機にカフェに沢山の人がくるようになったとあります。

写真やポストカードを販売して稼いでいたというのも事実で、多分上の写真もその1枚なんでしょう。このあたりは映画にも使われているエピソードです。

その後は髭を使って興行界へ入ったようです。パリやロンドンへのツアーもしたとあり、61歳のときに夫を失くした後はさらにツアー活動が活発化したとあります。

そう言えば、カフェには村人とは違う身なりの人が何人かいて、アベルが興奮したときにキレてあいつらと一緒に見世物小屋へ行けとひどい言葉を投げつけていました。

という人生を送った方で、いろいろググっていましたら、1969年に生まれ故郷のタオン=レ=ボージュという町でクレマンティーヌ・デレさんの展覧会が開かれたという記事がありました。その時の映像もあります。

ウィキペディアの記述はあたかも本人が望んだ芸能人のような記述ですが、なにせ100年前のフランスの話ですので実際どうであったかはよくわからない話ではあります。

現代的視点で言えば、偏見と差別に苦しんだであろうということになるんだと思います。

最後に監督と俳優…

ステファニー・ディ・ジュースト監督は2017年に「ザ・ダンサー」という映画を見ている監督です。2016年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品された映画です。ギャスパー・ウリエルさんやリリー=ローズ・デップさんが出演していました。リリー=ローズ・デップさんというのはヴァネッサ・パラディさんとジョニー・デップさんの娘です。

ロイ・フラーというダンサーの話で、長いスカートを流れるように揺らして布の美しい流れを見せるサーペンタインダンスを始めた人です。時代がクレマンティーヌ・デレさんとほぼ同じですね。考えてみれば、ロザリーの悪夢として表現されていたラスト近くのダンスも、スカートではありませんが羽根扇を使って割と近い動きのものでした。

ロザリーのナディア・テレスキウィッツさん、何で見た俳優さんか思い出せなかったのですがフランソワ・オゾン監督の「私がやりました」でした。インタビューで髭は1本1本つけたものらしく毎回4時間かかったと語っています。また、鏡を見たときはショックを受けたとも語っています。

アベルのブノワ・マジメルさん、最近では「ポトフ 美食家と料理人」「愛する人に伝える言葉」それに「地下室のヘンな穴」なんていうヘンテコ映画も見ていますが、いい俳優さんです。この「ロザリー」でも存在感ありますね。

「ロザリー」でした。