フェミニズム、PTSD、そしてヒッチコック
すごいですね、この映画、まったく先が読めません。
で、終わってみれば、主人公ハンター(画像の女性)が「家」や「家族」という個人を抑圧する環境から自己を開放する物語でした。
タイトルの Swallow はこの映画ではツバメではありません。「飲み込む」「侮辱などに耐える」「受け入れる」などの意味です。スラングでも使われているようで、おそらくそれも考えた上でのシーンもあります。
異食症
この映画の主人公ハンター(ヘイリー・ベネット)は異食症です。
とにかくいろんな物を飲み込みます。映像としてあるのはガラス玉、画びょう、ドライバー(だと思う)ですが、手術で取り出されたものは、
こんな感じです。安全ピン、水道の蛇口でしょうか。後半には土を食べるシーンもあります。
カーロ・ミラベラ=デイヴィス監督のインタビューによれば、この映画は監督の祖母エディス・ミラベルさんの実体験にインスパイアされているそうです。
Interview: Director Carlo Mirabella-Davis Talks ‘Swallow’
1950年代に主婦だったエディスさんは不幸な結婚のせいで手洗いの強迫性障害を患い、1日に4個の石鹸と1週間に12本の消毒用アルコールを使っていたそうです。夫である祖父が医師の勧めで施設に入れ、電気ショックやインシュリンショック療法、そして前頭葉白質切截術(ロボトミー)を受けさせたとのことです。
手洗いはあまり映画的ではないということで異食症にしたのだそうです。
また、この祖母の過去は祖母が妻として母としてどうあるべきかの社会の期待(society’s expectations of what they felt a wife and a mother should be)に応えられなかったために罰せられたのだとも語っています。
ジェンダーとフェミニズム
この「社会が求める妻の姿、母の姿」が女性を抑圧しているという考え方はこの映画のテーマになっています。
映画は、かなり早い段階からハンターが今の生活に居心地の悪さを感じていることを示しています。
ハンターは会社を経営する裕福な一家の息子リッチーと結婚したばかりのようで一見幸せそうです。住まいは郊外の自然豊かな立地のモダンハウスです。夫リッチーはマンハッタンへ車で通勤する設定のようです。
美しい風景です。ロケ地はニューヨーク州アルスター郡のハドソン川沿いとのことです。
ハンターは口では幸せと言っていますが、ここに幽閉されているようなものです。リッチーに幸せかい? と聞かれれば笑顔で幸せよと答えますが、目は泳いでいます。
リッチーの父親は典型的な父権主義であらゆることを自分が決めると介入してきます。母親はアメリカ的良妻賢母を自認しています。リッチーは父親の跡継ぎで住まいも父親が買ってくれたと言っています。
前半はそうした環境がハンターの異食症の原因と思わせながら進みます。
金銭的には何不自由ない生活、夫は妻に好きなようにしていいと言いながらそれはせいぜいが部屋の模様替え程度でしかなく、仮にこの色はどう?と尋ねてもスマートフォンに入るメールの返信で気もそぞろ、ハンターはいわゆる籠の鳥という状態です。
そうした生き方を望む人がいるいないという議論はナンセンスです。問題は父権主義的、家父長制的社会通念が存在しているということです。それがジェンダーを規定していることが問題なのです。
監督自身が「スワローはフェミニスト映画だ(We very much consider Swallow to be a feminist film.)」と語っています。
なお、監督は20代の頃に自分は女性であると自認し、4年間ほど女性の名前を持ち女性として生活していたことがあるとも語っています。
連鎖するPTSD
映画が中頃に入りますと思わぬ展開になります。異食症は夫や両親にも知られ、ハンターは精神科医(心理療法士かも?だが、以下精神科医)の診療を受けることになります。もちろんこれもリッチーの父親の決定によっています。
ハンターはその医師に自分の出生について、自分は母親がレイプされて生まれた子どもだと話します。母親は中絶を考えなかったのかとの質問に、母親はキリスト教右派だからと答えます。そしてそのレイプ犯であり父親である男の写真(新聞の切り抜き)を見せます。父親は逮捕され服役したということです。
ハンターは自分自身に何ら責任も過失もないことで苦しみ続けているわけです。
映画自体はハンターの異食症の原因を抑圧的な父権主義とも自分の出生のトラウマとも語っているわけではありませんが、映画後半にいたれば、ハンターはリッチー家族のもとを去り、自らの出生のトラウマに正面から相対し、つまりレイプ犯であり父親である男に真正面から相対し、そのPTSDを自ら克服します。
とにかくハンターの周りの人物は碌でもない奴らばかりです。夫もその両親も、そして実の母親もそうですが、この医師はハンターの告白を夫であるリッチーに喋っています。これが現実なら犯罪行為です。人はお金で動くということでしょうか(涙)。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
コンラッド一家と会社の重役たち(多分)の食事会です。オーナーである父親が息子リッチーは重役になったとスピーチしています。リッチーは美しい妻のおかげだとハンターに型通りの感謝を述べ、また父親が新居を買ってくれたとスピーチします。
郊外のモダンハウス、ハンターは物憂げに時を過ごしています。ツムツム系のスマホゲームで時間を潰しています。夜、ディナーでリッチーに話しかけるハンターですが、リッチーはメールの返信に気を取られ会話もおざなりです。
ハドソン川沿いのガラス張りの豪邸ですので、これが現実なら当然家事使用人をおくところですが、映画はわざわざハンターひとりにしています。建物のガラス張りのモダンさやバックの風景も相まってハンターの孤独と物憂げさが際立ちます。
ハンターが妊娠します。リッチーは大喜びで両親に知らせます。父親は、でかした! 未来のCEOだ! と言っています。
両親とのディナー、両親とリッチーの会話にハンターの入る空きはありません。リッチーがハンターに話を振りますが父親は無視します。ハンターは目の前のロックアイスを注視し、噛み砕きながら飲み込み始めます。その音に会話も止まりハンターに視線が集まります。
ハンターは住まいのインテリアを考えたりして過ごしていますが、ある時、ガラス玉を手に取り、しばらくじっと見つめ、そして飲み込みます。
後日、ハンターはトイレで便の中からガラス玉を取り出し洗って装飾品のように並べます。また後日、掃除中に画びょうを見つけ、いったん口に入れたものの舌を刺して血を流し、しばらく迷いはしますが思い切って飲み込みます。
といった感じで、いろんな物を飲み込んでいきます。あんな危険なものを飲み込むだろうかとは思いますが、監督はインタビューで、異食症の専門家にコンサルを受けていることと、そうした意見もあるだろうが、ハンターの感情やそうした行動を起こしてしまう抑圧的環境にいることを感じてほしいと語っています。
妊娠のエコー検査で異常が発見されます。ハンターはなんともないと拒否しますが手術が行われ飲み込んだ異物が取り出されます(上の画像のもの)。
リッチーは(父親の命令で)ハンターを精神科医のもとに通わせ、義母は鉄分が足りないからだと野菜ジュースを作りに来ます。さらにリッチーは家事使用人を監視役としておくことにします。
この家事使用人ですが、この人です。
見た目で判断する私が悪いのかとも思いますが、かなり意表をついています。映画的には何かあると思いますよね。確かに何かはあるのですが思ったほどの何かではありませんでした(笑)。それに仕事はきっちりこなし、ハンターにとってもいい人という設定です。シリア人で戦争を逃れてきたと言っていました。後にハンターとの会話で、戦場では弾を避けるのに精一杯で(あと忘れました)…といった話をしています。
監視役の眼を逃れてハンターの異食症は続きます。
リッチーのバースデーパーティーです。ハンターはホスト役として明るく振る舞っています。会社の女性社員(だと思う)がハンターの異食症を知っているようなことを言います。ハンターはリッチーに怒ります。
精神科医の診療(診療は3シーン目くらい)、ハンターが自分の出生について話し始めます。自分は母親がレイプされ生まれた子どもだと言い、新聞記事のレイプ犯の写真を見せます。
家です。リッチーが電話をしています。ハンターが聞き耳を立てますと相手は精神科医でハンターの出生の秘密を話しているようです。ハンターはドライバー(細めの精密ドライバーだと思う)を飲み込みます。
ハンターが倒れ、手術で飲み込んだドライバーが取り出されます。
リッチーは父親の命令でハンターを精神科病院(だと思う)に入院させることにします。入院の日、ハンターは逃げ出します。その手伝いをするのがシリア人の家事使用人です。
さすがにここは映画的にはつくりがゆるすぎます。リッチーと両親と一緒に玄関先まで出たハンターがスマートフォンの充電器を忘れたと家の中に戻り、遅いので様子を見に行った家事使用人が逃げる手助けをするというのはひねりが足らなさすぎる上に手助けが唐突すぎます。
この映画、全体としてかなりミニマルに作られていますのでさほど違和感があるわけではありませんが、さらにこの後、ハンターはヒッチハイクをしてドライブインに逃げるわけで、ん? お金やカードを持っていないんじゃない? なんて思ってしまいます。
とにかく、ハンターはリーチーに電話をします。リッチーは自分の子どもだから戻るように懇願しますがハンターは突き放します。リッチーは侮辱の言葉を投げつけます。ハンターは電話を切り、スマートフォンを破壊します。
ハンターは母親に甘えるように電話をします。母親は優しそうには応えますが、しばらく泊まっていいかと尋ねますと妹が子どもを連れてきているので部屋がないと言います。ハンターはガチャンと切ります。
父親でありレイプ犯である男を訪ねます。たまたま娘のバースデーパーティーのようで客も多くその中に紛れ込みます。男に相対します。どこで会ったかと尋ねる男に母親の名前を言います。真顔に戻った男は俺の生活をぶち壊すのかと言います。ハンターは、怒りを抑えつつ、なぜレイプしたと迫り、さらに涙を流しながら私を恥じているか、私はあなたと同じかと迫ります。男はすまないと謝りながら、お前は何も悪いことはしていないと言います。
ハンターは堕胎薬を処方してもらい堕胎します。
という映画で、おそらく意図的に感情的な描写を排除していると思われますので見やすくはなっていますが、かなり壮絶な物語ではあります。
ヘイリー・ベネット
ヘイリー・ベネットさん、初めて見る俳優さんですがよかったです。それにエグゼクティブ・プロデューサーにもクレジットされています。
これまで出演の映画とは随分キャラクターが違うんでしょうか、監督がそんなことを言っています。監督自ら手紙を書いてオファーしたようです。エグゼクティブ・プロデューサーになっているということは完全に企画に乗ったということでしょう。
映画の内容はかなりエモーショナルなものですので、そのままやればホラーやサスペンスぽさが強調されるところを抑えた演技で嫌味なく伝わってくるものがあります。
監督の意識と俳優が一致したということでしょう。
ヒッチコックが意識されている?
見ながらどことなくヒッチコックぽさを感じていたんですが、やはりそうした批評が見られます。
ハンターのブロンドのかつらなんてそのものですし、衣装もそれっぽいですね。モダンハウスにもそうした印象があります。
ああ、監督がインタビューでそう言っていますね。
ロケ地を探していてこの家を見つけた時には「これはヒッチコックの映画だ。”北北西に進路を取れ”だ」と思ったと語っています。
カーロ・ミラベラ=デイヴィス監督はこの映画が初の長編のようです。年齢はよくわかりませんが動画を見ますと30代なかばくらいに見えます。
[Interview] Carlo Mirabella Davis, director of Swallow
ということで、次回作も見てみたい監督です。