ザ・ルーム・ネクスト・ドア

生者と死者の上にピンクの雪が舞い積もる…

昨年2024年のヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞受賞作です。新作を発表すればなにがしか賞をとっている印象の強いアルモドバル監督ですが、三大映画祭と言われるカンヌ、ベルリン、ヴェネツィアで初の最高賞受賞です。

ザ・ルーム・ネクスト・ドア / 監督:ペドロ・アルモドバル

アルモドバル監督らしくない映画…

んー、えらく真面目と言いますか、遊びのない映画ですね。第一印象は、映像としてはアルモドバル監督らしいところもあるのですが、映画のつくりとしてはらしくない感じがします。英語作品ということが影響しているのかもしれません。アルモドバル監督はあまり英語で話すことを得意としていなかったと思います。

これまで短編を除いて英語作品を撮ってこなかったのに今なぜこの映画を撮ることになったのか興味が湧きます。原作に惹かれたんですかね。原作はシーグリッド・ヌーネス著『ザ・ルーム・ネクスト・ドア(What Are You Going Through)』です。友人の尊厳死に立ち会うことになった作家の話です。

そういえば、企画段階で降板してしまいましたが、ケイト・ブランシェット主演で映画化予定だった「掃除婦のための手引き書(A Manual for Cleaning Women)」も、その原作には「毎日バスに揺られて他人の家に通いながら、ひたすら死ぬことを思う掃除婦(講談社BOOK倶楽部)」という解説文がついている話です。

アルモドバル監督、現在75歳、「死」を意識する年齢になったということなんでしょうか。

生者と死者の上にピンクの雪が舞い積もる…

癌を患い余命宣告された友人から自ら命を断つことにしたのでその時そばにいてほしいと頼まれる話です。

すごい設定ですね。安楽死、あるいは尊厳死を描いた映画は何本か見ていますが、そのどれもがその選択の是非がテーマであり、その選択によって妻や夫や家族などまわりに波風が立つ様子を描くものが多いです。

この映画は違います。そもそもそばにいてほしいと頼まれるのは友人、それも若い頃は親しくしていたにしてもしばらくぶりに会う友人です。それにこの映画、その選択をした人物の迷いも描いていませんし、頼まれた友人も止めようとするわけでもなく、ごく自然にそうあるものとして受け入れていきます。

じゃあ、この映画は何を描こうとしているんでしょう。

んー、わかんないですけど、印象に残るのはアルモドバル監督らしい演出のラストシーン、季節外れのピンクの雪でしょうか。そして頻繁に引用されるジェイムズ・ジョイス『死者たち』からの引用、

His soul swooned slowly as he heard the snow falling faintly through the universe and faintly falling, like the descent of their last end, upon all the living and the dead.
彼の魂は、全宇宙に幽かに降り続く、そして来たるべき最期が降りくるのに似て、すべての生者と死者の上に幽かに降り続く雪を聞きながら、ゆっくり意識を失っていった。(訳はOpen Shelf

の一文です。

まさしくラストシーンはティルダ・スウィントンに二役を演じさせることによってこの一文を映像化しています。生者と死者の境界を曖昧にし、やがて誰にでも来るであろう死というものを恐れることはないと言っているかのようです。

そしてまた、イングリッドとってはマーサが語って逝ったその過去によってマーサ自身がそこに存在しているかのように感じること、死者は生者の記憶の中で生きているということじゃないかと思います。

ちなみに、アルモドバル監督自身がどう考えているかはわかりませんがスペインでは尊厳死は合法です。

死者は生者の記憶に生きる…

作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)が新刊本『On Sudden Deaths』のサイン会をしています。ファンの一人から死について尋ねられ、生きているものが死ななくてはいけないのはとても不自然なことだと答えます。

というプロローグを経て、イングリッドはそのとても不自然な死に突然立ち会わされることになります。

古い友人マーサ(ティルダ・スウィントン)が癌で入院していることを知り病院を訪ねます。旧友を温める二人、そしてマーサは自分の過去を雄弁に語り始めます。

マーサは10代の頃、フレッドと出会い恋をし妊娠します。フレッドはベトナム戦争に出征し、そしてPTSDを患い帰還します。その後、フレッドは自らの罪悪感を払拭しよう(多分…)とメキシコだったか中南米の国(だったと思う…)の看護師か介護士となって去っていきます。マーサは一人で娘のミシェルを出産し育てます。

成長したミシェルはマーサに父親のことを問いただしたと言います。マーサはフレッドが結婚したことを知りその妻に連絡を取ります。その妻はフレッドがあるとき荒野の一軒家の火事に遭遇し、そこには誰もいないにもかかわらず助けを呼ぶ声が聞こえるといって燃える家の中に入っていき亡くなったと言います。そうしたこともあり(よくわからないけど…)ミシェルはマーサを恨み、それ以来疎遠になっていると語ります。

また、マーサは従軍記者であり、イラク戦争での経験も語ります。

そしてある日、マーサはイングリッドに治療をあきらめて自ら命を断つことにしたと告げ、そのときを一人で迎えるのは耐えられない、隣りにいてほしいと言います。イングリッドは引き受けることにし、二人は人里離れた家を借ります。マーサは自分の部屋のドアが閉まっていたときがその時だと告げます。

イングリッドが外出先から戻りますと、部屋のドアが閉まっています。静かに入った部屋にマーサの姿はなく、しかし、屋外に出たマーサはそこでラウンジャー(デッキチェア)に静かに横たわるマーサの姿を見つけるのです。

後日、イングリッドはミシェルにマーサの死を伝えます。訪ねてきたミシェル(ティルダ・スウィントンの二役)はマーサそっくりです。ミシェルはマーサの最期の姿と同じようにラウンジャーに横たわります。イングリッドもまたマーサとそうしたように隣のラウンジャーに横たわります。

ピンクの雪がふわふわと舞っています。