MELT メルト

大人たちは13歳の少女のレイプ被害事件をリベンジスリラーともてはやす…

映画紹介を読んでいましたらリベンジスリラーの言葉が飛び込んできましたのでスルーしそうになったのですが、続けて「オーバー・ザ・ブルースカイ」が目に入り、これは見なくっちゃとなった映画です。

MELT メルト / 監督:フィーラ・バーテンス

13歳のレイプ被害シーンは必要なのか…

その「オーバー・ザ・ブルースカイ」は無茶苦茶いい映画だったんですが、監督が同じというわけではなく、主演でエリーゼを演じていたフィーラ・バーテンス(Veerle Baetens)さんがこの「MELT メルト」の監督ということです。その映画ではベルル・バーテンスの表記になっています。外国語のカタカナ表記が変わるのは検索に引っかからなくなりますので困りますね。

で、この「MELT メルト」は2023年1月開催のサンダンス映画祭で World Cinema Dramatic Competition にノミネートされ、13歳のエヴァを演じたローザ・マーチャント(Rosa Marchant)さんが World Cinema Dramatic Special Jury Award Best Performance を受賞しています。最優秀演技賞です。

ただですね、この映画の基本プロットは30歳前後の女性エヴァが13歳のときのレイプ被害を自身の自殺によって加害者に復讐するというもので、そのレイプシーンも描かれているんです。その13歳のエヴァを演じているのが当時16歳のローザ・マーチャントさんなんです。日本で言えば高校1年生です。

もちろん本人の顔のアップ映像ですので本人だけで撮っているんですが、体を前後に動かし、涙を流させ、苦痛の表情を浮かべさせる演出がされているんです。

それを大人たちは、リベンジスリラーの傑作だ! なんてもてはやしています。

これでいいんですかね。私はダメだと思います。映画なんですからいくらでも他に方法はあります。

あの氷は重すぎて運べません…

エヴァ(シャーロット・デ・ブリュイヌ エヴァ/シャルロット・デ・ブライネ)の強い決意を示すアップ映像から始まります。机の上の包みをわざと落とします。ガラスの割れる音がします。バケツに水を2度、3度と汲み大きな箱に入れています。

映画のあらすじで「謎めいた大きな氷の塊」を読んでいれば察しはつきますし、前半に同じシーンが繰り返されますので、エヴァが何をしようとしているのかは、誰をということを除けばわかるようになっています。

わからないのは、つまり映画が何で見るものの意識を引っ張ろうとしているかということになりますが、それは過去に何があったかです。それを見せるだけの映画です。

ブリュッセルで暮らすエヴァ30歳前後の今と田舎の村で育った13歳の過去を交互に織り交ぜながら進みます。

今のエヴァはカメラマン助手をしており、飲みに誘われてもそっけなく断ったり、誘いを受けたときにはいきなり相手に「◯◯して欲しい?」とぶつけたりと、なにか性的な心の傷を抱えていることを示しています。

家族関係では、妹とは食事をしたり、その際には泊まっていったりと良好な関係を築いていますが、両親とは絶縁状態です。

ある日、子どもの頃に事故で亡くなったヤンの追悼イベントへのお誘いメッセージが来ます。Facebook だったでしょうか、村のコミュニティかと思うような友達リストです。

妹が引っ越しをするということでプレゼントを用意して向かいますと両親が来ており、エヴァは顔を見ることもなく怒って帰ってしまいます。

そしてその夜、エヴァは復讐の決心をします。妹へのプレゼントを床に落として壊し、業務用の製氷機(そんなもの持ってるの…)に水を入れて巨大な氷(持てないでしょう…)を作り、そして追悼イベントに出席の返事を返します。

こうやって流れを整理しますとこれらのシーンすべて説明シーンですね。今の仕事自体にはなんの意味もなく、ただ男に誘われていきなり性的な言葉を投げつけるシーンのためだけですし、妹を登場させているのも妹や両親との今の関係を描きたいのではなく、復讐を決心させるためのきっかけだけです。

それに仮にきっかけのためだとしても、なぜこれをきっかけにして自殺まで決断できるのかと不思議でなりません。Facebook にしても、そもそもこれから明らかになる過去のことを考えれば、なぜ思い出したくもない過去の人たちとつながっているんでしょう。

結局、描こうとしていることは基本プロットの筋だけで、それを説明するためにこれらのシーンを考えたシナリオだということです。

後味の悪さだけでは何も生み出さない…

13歳のエヴァは男友達のティム、ラウレンス(ローレンス?)といつも一緒です。映画の中でふたりの年齢が語られていたかどうか記憶はありませんが少し上だと思います。遊びの内容からしますとせいぜい15歳くらいじゃないかと思います。

物語の背景としては、まずかなり田舎の村であること、ティムの兄ヤンが事故死していること、エヴァの両親の夫婦仲が悪いことがあります。ただ、これらもすでに書いたことと同じで基本プロットにどう影響しているかという点ではほとんど重要ではありません。

両親の不仲にいたってはそれなりに描かれている割にはエヴァへの影響が見えてきません。母親がアルコール依存症ぎみで育児放棄という描写はあるのですが、だからといってそれがエヴァの行動に影響しているようには見えません。

という、あってもなくてもいい背景の中で事件は起きます。

ティムとラウレンスは性的好奇心の旺盛な年齢という設定です。エヴァはティムが好きで自分に振り向いて欲しいと思っています。しかし、エヴァの容姿はまだまだ子どもっぽく、ティムが好奇心を持つような存在ではありません。

ティムとラウレンスは性的好奇心を満足させるために女の子を呼び出し、クイズに正解すればお金をあげるが不正解なら着ているものを脱ぐという遊びを考え、女の子を安心させるためにエヴァを利用しています。エヴァはティムに嫌われたくないがために仲間に加わっています。

その遊びのシーンが3シーンあります。クイズはいつも同じで、男の人が首をつって死んでいるが床に水たまりがあるだけでまわりにはないもない、どうやったのかというものです。

3回目のシーンで事件は起きます。その時の相手の女の子はかなり大人びた子で、親の離婚で大好きな馬とともに叔母のところへやってきています。エヴァは仲良くなりたいと自ら話しかけ、馬に近くに生えていた草を与えたりしています。その馬が死にます。エヴァが与えた草が原因です。どういう経緯だったか、そのことをティムに話しています。

エヴァはティムの気を引きたいがためにその子を例の遊びに誘います。エヴァが事前に教えておいたのかもしれませんがその子が正解します。ティムが教えただろうと怒り出し、馬の死はエヴァのせいだとばらします。その女の子が怒り、ラウレンスにエヴァとヤッたら、ティムにヤラせてあげると言いティムを煽ります。

すでに書いたようにラウレンスがエヴァをレイプします。エヴァは落ちていた棒でラウレンスを殴りつけます。ラウレンスの家は肉屋でその奥の部屋でのことです。エヴァが血を流して店に出てきます。続いてラウレンスがエヴァに殴られたと出てきます。ラウレンスの母親はすぐに起きたことを理解します。そしてエヴァに生理が始まったのねと言い含めようとし、早く家に帰りなさいと店から追い出します。

そして今のエヴァです。肉屋の前で待ち受け、ラウレンス母子が出ていったすきに店に入り、氷とロープと暖房機を用意し、イベントに向かいます。そしてマイクの前に立ち、話し始めます。ティムとラウレンスが慌て始めます。

その告白がかなり長く、どうするんだろうと思っているうちに終わっていましたのでどこまで話したのかははっきりは記憶していませんが、肝心なことまでは語っていなかったと思います。

そしてエヴァは肉屋に戻り、暖房機に電源を入れ、氷の上に立ちロープを首に掛けます。宙に浮いたエヴァの足元には水たまりが出来ています。

原作はもっと深いようだ…

本当に少年少女という年齢の性的な危うさに危機感をもって描こうとしているのなら、むしろ男の子たちの環境を描かなくてはダメですし、この映画で言えば、その時エヴァの両親はどうしたのかとか、仮に当事者たちが隠し通したということであればそれがなぜか、たとえば田舎の閉鎖性であるとか、描くべきことはいっぱいあります。

エンタメ狙いで、一体何があったのかだけで物語をつくるからこういう映画になるのです。

ところでこの映画には原作があるようです。

これは英語版ですが、作者の Lize Spit さんはベルギーのオランダ語圏出身の方で原書はオランダ語だと思います。この『Het smelt』がデビュー作で2016年出版です。

ネット検索でわかる範囲の話ですが、原作はもっと深いですね。

まず、3つの時代が交錯する構成になっており、エヴァの幼少期に家庭環境の問題が書かれているようです。氷の話は父親の自殺願望として語られているようですし、それがための母親のアルコール依存かもしれません。また、兄がいて兄弟姉妹3人それぞれがかなり不安定な精神状態にあったということのようです。

こうした幼少期の問題がかなり重要な要素として描かれているんじゃないかと思います。それにやはり閉鎖的な村というものも重要な要素のようです。ヤンの死亡もいじめによる自殺みたいです。え? エヴァはヤンに恋心を抱いていた? との記述もあります。

また、今のエヴァの具体的な性的な描写もあるようです。過去のレイプ被害から歪んだセクシュアリティを持っているということなんでしょうか。氷はその男に作らせて車まで運ばせたようです。

そうした多くの伏線が散りばめられていると書いている書評もあります。なるほど、映画では伏線となるべきものが伏線になり得なかったということですね。

とにかく、この映画をリベンジスリラーともてはやす、そのことに疑問を感じます。