何がいいのかはっきりしない、では、感想にもならないのですが、それでもやっぱり何とはなしにいいんですよね、この「谷中暮色」。
しばらく東京で暮らしていたこともあるのですが、正反対の世田谷のはずれに住んでいたこともあり、谷中という地域を知りませんでした。今思えば、谷中でなくとも、下町を生活領域にしていればよかったと思います。年齢のせいでしょうか…?
映画は、3つの話を軸に進んでいきます。
かおりは、古いホームビデオの保存修復を手がけるNPOで活動しています。その過程で、昔谷中に五重塔があり、その後消失したのですが、それを記録した8ミリフィルムがあるらしいことを知ります。幻の映像を探すため、町の人々、お寺の住職やお墓を守っているおばあさんたちから五重塔にまつわる様々な話を取材していきます。
取材される人たちが実にいいんです! 味があるというか、特に、公式サイトの「Deep in the Valley 谷中暮色 – CAST」に紹介がある、郷土史家の加藤勝丕さんと墓守の小川三代子さんは、たびたび登場し、この映画のベースとなるトーンを生み出しているような気がします。
2つめは、町に久喜というチンピラ(だと思う)がおり、どんな出会い方をしたのか、記憶が定かではありませんが、かおるに惹かれたらしく、フィルム探しについて行ったり、上映会に顔を出したり、次第に二人の間に何かが生まれていきます。
この二人もいいです!プロの俳優なのかよく分かりませんが、素人臭さがとてもよく、それを演じているのなら、余計にすばらしいです。二人の恋愛感情的なものは、ほとんど映像には出てこないのですが、その雰囲気というか、空気感というか、谷中の雰囲気に溶け込んで、実にしっくりきています。
3つめは、幸田露伴の「五重塔」を下敷きにした江戸時代の話が、かおりと久喜と同じ俳優で、字幕付無声映画風に挿入されていきます。大工十兵衛が親方の反対を押し切り、独力で五重塔を建てる話を、多分意図的だと思いますが、相当チープな創り方でやっています。妻役のかおりなど、全く板についていません。でも、このパートがあることによって、不思議なバランスが生まれているように感じます。もしこの時代劇風がないとしたら、かなり、一本調子の単調なものになっていたような気がします。
これら3つのパートのバランスがとてもよく、下手なドキュメンタリーよりもドキュメンタリーらしいというか、谷中の人々の生活感や五重塔への思いがよく伝わってきます。
そして、ラスト、燃え上がる五重塔を映した8ミリが見つかり上映されます。結構感動しました!
久喜は、上映に立ち会うとかおりに伝えるのですが、なぜか行かずに(というか、特別意味もなく、後で行くということかも知れないが)、フィルムを持っていた加藤勝丕さんと五重塔跡地で会うというラストシーンもなかなか良かったです。
というわけで、べた褒めのようですが、実は気になることがあるのです。
この映画が、映画・演劇専門学校ENBUゼミナールの俳優コースの卒業制作としてスタートしたとあることです。詳細が分からないのですが、この映画は卒業制作物なんですかね? あるいは、どこかで方向転換して、船橋監督の作品として、制作したんですかね?そのあたりがよく分かりませんが、もし卒業制作なら、舩橋淳監督の力やセンスが表に出すぎています。
最近は、プロの手を借りた学生の卒業制作物が劇場公開されるというケースも多くなり、本当にいいことなのかと気になるところです。