アウシュビッツ裁判につづくフリッツ・バウアーの前日譚
われわれ日本人って「日本の戦争」よりもナチスやヒトラーのことの方をよく知っているのではないかというくらいナチス関連の映画がよく公開されます。
私も結構見ますが、何とも奇妙な状態です。
ヒトラー本人を扱った映画、ホロコーストにかかわる悲劇的な映画などなどいろいろありますが、この映画は、終戦後のドイツでナチス残党を追求するフリッツ・バウアーさんという検事長の話です。
監督:ラース・クラウメ
1950年代後半のドイツ。ナチスの告発に執念を燃やす検事長フリッツ・バウアーのもとに逃亡中のナチス親衛隊中佐アイヒマン潜伏に関する手紙が届く。アイヒマンをドイツの法廷で裁くため、国家反逆罪に問われかねない危険も顧みず、情報をモサド(イスラエル諜報特務庁)に提供する。しかしドイツ国内に巣食うナチス残党による妨害や圧力に孤立無援の苦闘を強いられていく……。(公式サイト)
そのフリッツ・バウアー検事長、この映画では、ブエノスアイレスに潜伏中のアイヒマンを追い詰める過程が描かれていますが、実際のバウアーさんは、そのことよりむしろ、その後のドイツ社会がナチスの幻影を断ち切る契機となった(と思う)「フランクフルト・アウシュビッツ裁判」の検事総長として有名な方です。
最近の映画では、「顔のないヒトラーたち」がそのあたりのことを描いていました。私もこの映画でアウシュビッツ裁判のことを知り、その後興味を持って調べたりしています。ただ、映画は、バウアー検事総長よりも、架空の若い検事を主役に立てた作りになっていました。
で、この「アイヒマンを追え!」の方ですが、基本的なストーリーは史実ですのでネタバレも何もなく、上の引用の続きはこんな感じです。
バウアーは、ナチス残党の妨害にあいながらもブエノスアイレス潜伏中の男がアイヒマンであるとの確証を得て、その情報を元にモサドが身柄を拘束、アイヒマンはイスラエルに連れ去られます。
バウアーは、アイヒマンをドイツで裁くことを願っており、そのためにイスラエルと引き渡しの約束も取り付けていたのですが、ドイツ政府が、(ナチス残党の妨害にあい?)引き渡しを求めなかったために、結局アイヒマンはイスラエルで裁かれることになったということです。
ラストは、バウアーがカメラ目線で(ナチス残党を)絶対に許さない!的な、つまり、その後のアウシュビッツ裁判にかけたメッセージで終わっていました。
映画としてはかなりもたついた感じで、105分とさほど長くないのですが、長く感じます。
多分、物語の核を絞りきれていないからでしょう。
バウアーがモサドに情報提供したことでアイヒマンの身柄が確保されたことは事実のようですが、この映画では、もうひとつ、バウアーの部下にアンガーマンという若い検事を置き、その彼がゲイであることで物語を展開させようとしています。
ドイツでは1994年まで同性愛を禁止する法律が存在したらしいです。ただ、映画の中でもゲイクラブが公然と営業しているシーンもありましたし、こそこそ感もなく賑わっているように描かれていました。
それに、アンガーマンがその法律で起訴された少年の事件を扱うことになり、その件でバウアーに相談したところ、アドバイスされた判例が罰金5(3?)マルクだったという描き方もされていましたので、その法律がどの程度厳密に適用されていたかは微妙なところかもしれません。
で、この映画の何が絞り切れていないかといいますと、アンガーマンは架空の人物なんですが、その人物をゲイであるとし、またバウアー自身もそうであるとの設定として、その二人がそれゆえに心の奥底で理解し合えて信頼関係が生まれているようなつくりにしていることです。
仮にこの映画からアンガーマンの物語を取ってしまうとしますと、正直どうでしょう、あらすじ程度の物語しか残らないのではないでしょうか。政府内に巣食うナチス残党の描き方も薄っぺらいですし、彼らとバウアーの対立も派閥争い程度にしか感じられません。
本来、フリッツ・バウアーを描くのであれば、やはり「フランクフルト・アウシュビッツ裁判」を中心にしないと難しいのではないかということです。
ところで、アンガーマンが担当した同性愛事件の公判で出会うゲイクラブの歌手ヴィクトリア、
この俳優さんですが、女性ですね。
公判の傍聴席で上目遣いにアンガーマンにサインを送っていた登場の仕方がちょっとばかり唐突で意味合いがよく分からなかったのですが、物語の展開としては重要な役割でした。
女性がゲイの男性らしく見せようとの演技に違和感を感じたんでしょうが、そうだと分かってしまえば、クラブで歌うシーン、楽屋でのシーンなど結構良かったです。
で、そのヴィクトリアがどのように絡んでくるかといいますと、同性愛事件の被告がヴィクトリアの恋人であり、禁錮?年(記憶がない)の判決を受けて服役した彼を救うためにアンガーマンと関係を持ち、その写真を恋人釈放の取引材料にするわけです。
その証拠写真をナチス残党の検事たちにつかまれたアンガーマンはどうするか悩みますが、結局自ら出頭する決心をし、その決断を受けて、バウアーがカメラ目線で(ナチス残党を)絶対に許さない!的な、つまり、その後のアウシュビッツ裁判にかけたメッセージで終わるわけです。
あれ? この同性愛事件、本題のアイヒマンにまるで絡んでいないですね。