(DVD)香取慎吾と脚本加藤正人と白石和彌監督がぴったりあった映画
これは劇場で見るべきでした。
映画自体がよくできているということもありますが、全体的に画が暗いので家のモニターでは伝わってくるものが半減します。それに、香取慎吾さん、いいですね。映画では始めて見ました。
ギャンブル依存症の男が立ち直るまで、まあそう単純でもないんですが、ぐうたら男の木野本郁男(香取慎吾)が最後にはなんとかまっとうに生きていけそうなまでを描いています。おそらく漁師の道を歩んでいくのでしょう。嵐の海が穏やかな凪にということです。
本当に嵐の海のごとくいろいろなことが起きるのですが、そのドラマチックさをかなり押さえて描いていることが、香取慎吾さんの淡々とした演技と相まって、かえってリアリティーを生み出し、結果として物語が生きたものになっています。
いろいろ起きることの最たるものが殺人なんですが、映画は、犯人が誰であるかということにも一切深入ろうとはしていません。
なのに映画の宣伝コピーが「誰が殺したのか?」「なぜ殺したのか?」となっているのは、サスペンスものとして売ろうとしたんですかね。ちょっと理解できませんし、宣伝担当者は観客をなめていますね(笑)。
それに誰が犯人かは、キャスティングからしても小野寺(リリー・フランキー)しかいませんし、映画を見慣れていれば、葬式の次のシーンでああこの人だなと想像はつきます。
川崎で暮らしていた郁男(香取慎吾)と真弓(西田尚美)は真弓のふるさと石巻へ引っ越します。真弓には高校生の美波(恒松祐里)がいます。
物語の背景はこういうことのようです。
震災後、多分夫のDVもあり、真弓は美波をつれて川崎に引っ越し、郁男と知り合って一緒に暮らし始めたんだろうと思います。郁男は印刷工場で働いていましたが、ギャンブル(競輪)依存で真弓のお金を盗んだりするぐうたら男です。ただ美波には好かれています。美波はいじめにあい不登校になったようです。
というようなことがあり、真弓の父親が癌だとわかり石巻に戻ることにしたのでしょう。父親は漁師です。石巻には、真弓家族の親しい人物として小野寺(リリー・フランキー)がいます。小野寺は郁男の就職先を紹介したり面倒見がいい男です。
ということが映画の中ほどまで語られます。中盤まではなかなか映画の方向性が見えないのですが、不思議と見られます。もちろん映画の作りもあるのですが、やはり香取慎吾さんと西田尚美さんですね。ふたりのバランスがとても良く、極めて日常的なシーンの連続なんですが散漫にならずに映画としてもっています。
そして、真弓と美波のちょっとした言い争いをきっかけに郁男と真弓の口論に発展し真弓が殺されます。
で、葬式があり、郁男や美波に気を使う小野寺がいます。小野寺は美波に郁男とは一緒には暮らせない、実の父親のもとへ行くべきだと諭します。
やっとここで映画の方向性が見えてきます。もし犯人探しが映画の主題であれば、一度は郁男が疑われるものの真犯人は小野寺ということになるのでしょうし、そうであるかどうかはわからないにしても、映画の結末は「凪」、嵐がおさまった後の穏やかな海、つまり郁男に穏やかな心根が戻り美波を娘として一緒に暮らすことになるのだろうと予想させます。
で、実際そのように映画は進みます。別に予想があたったことを自慢しているわけではありません。それでもなおこの映画は集中してみられる出来だということです。
もちろんそう簡単に「凪」にはなりません。郁男はとことん堕ちていきます。ギャンブルに逃避し、会社では同僚が盗んだ金の濡れ衣を着せられ暴れてクビになり、さらにノミ屋に借金をしてどうしようもなくなり、真弓の父親が身辺をキレイにしろと船を手放してつくった300万さえもギャンブルにつぎ込み、ノミ屋のヤクザとトラブルになり拉致されます。
わずか数行で書きましたが、この映画、このあたりもよくできています。郁男は、自分はどうしようもない馬鹿だ、屑だと言いながらどんどん堕ちていきます。
ひょっとしてこの映画、最後まで郁男を堕とし切るのかと思ったくらいです。
日本映画でこれができたのなら満点の映画なんですが、なかなかそうはいかないようです。救いの神がいました。真弓の父親勝美(吉澤健)です。勝美は妻を津波で亡くしたことが心の傷となっており、癌とわかっても治療などする気もなく、(おそらく)真弓と美波の幸せを願っているだけなのでしょう。真弓が愛した男であり美波が慕う郁男に美波をあずけて死にたいと願っています。
勝美は若い頃かなりやんちゃだったらしく、その関係からなのか、ノミ屋のヤクザの親分(麿赤兒)は勝美に恩義を感じており、郁男をヤクザから救い出します。その時、勝美は郁男のことをこいつは俺の息子だと言います。
郁男は(いろいろあって)勝美が売った船を買い戻します。郁男、美波、勝美三人は穏やかな海に船を出します。
勝美が郁男に船の操舵を代わってくれと言い、郁男が舵をにぎって映画は終わります。
ひねくれ者の私としては(笑)、最後まで堕とし切って欲しかったんですが残念でした。
いいシナリオでした。伏線の貼り方もうまいですし、ところどころ遊びも入れていますし、過剰にならないようにうまく抑えた台詞になっています。
もちろんそれを映像化した白石和彌監督の力もあるとは思いますが、なぜか過去の作品はどれも(私には)全然ダメで、デビュー作の「ロストパラダイス・イン・トーキョー」はあまりはっきり記憶していないにしても、「凶悪」も「麻雀放浪記2020」も全然ダメで、「ひとよ」も俳優で持っている映画としか思えないというかなり厳しい評価の監督です。
でもこんな映画が撮れるのなら他にいい映画がありそうということで「孤狼の血」でも見てみようと思います。