一年ほど前に「麻希のいる世界」という同じく塩田明彦監督の映画を見てその手法に興味がわき、正月休みに旧作の「害虫」を見てみました。宮崎あおいさんと蒼井優さんの映画です。二人は同い年なんですね。20年前の映画ですので若い! 撮影当時は15、6歳ということだと思います。
画が説明的
「麻希のいる世界」の何に興味を持ったかと言いますと、一言で言いますと説明的なものを極端に切り捨てる手法といいますか、そのレビューでは「不必要だと思う説明はすっ飛ばし、こうなるだろうと予想される展開は意識的に外し、え?どういうこと?という疑問と、えっ、そうなのという驚きの微妙なバランスで作られた映画」と書いています。
で、この「害虫」はどうだったかと言いますと、たしかに同じように説明的なものは切り捨てられているようにはみえますが、ただそれも台詞での説明がされないということであり、画はかなり説明的に作られています。
ですので、しばらくはどういうことかわからなくとも次第にああそういうことねと自然にわかるように作られています。ただ、ところどころに入る無声映画の字幕のような黒味に文字のカットが何なのかがわかるのはかなり進んでからですので、今回のようにDVDであれば戻して確認できますが、劇場ですとそういうわけにはいきませんので効果がうまく発揮できるかは疑問です。
宮﨑あおいを撮りたかったんでしょう
まずどういう物語かですが、過去のことは、あるワンシーンと伝聞情報として話される短い台詞からしかわかりませんのでそれが事実かどうか、つまり、脚本にクレジットされている清野弥生さんや塩田監督がそれを事実として見せたいと考えているかどうかはわかりませんのであくまでも想像です。
中学一年生(と思われる…)のさち子(宮崎あおい)は不登校になっています。さち子は小学校6年生のときに担任(おそらく…)の男性教師と個人的な関係があり、それが原因でその教師は退職し、現在は秋田の原子力発電所で作業員として働いています。個人的関係に性的なものが含まれるかどうかはわかりません。どう見せたいのかもわかりません。唐突に教師の家の二人のワンシーンが入っているだけです。さち子の長い髪を教師がバスタオルで拭いているシーンです。その後、教師はココア(?)を入れて持ってきます。さち子はランドセルが置かれたベッドに横たわります。教師はバスタオルを持って隣の部屋へいきます。台詞はありません。櫛引彩香さんの「帰り道」がレコードで流れています。そのシーンはさち子が足の指でレコードプレーヤーのアームをレコード盤に下ろすシーンから始まります。
こういう設定じゃないかと思います。さち子の両親は離婚しており、その不安感から教師を頼るようになり、ある雨の日にずぶ濡れになり教師宅を訪ねたのじゃないでしょうか。それが噂話として広がり、教師は自ら職を辞したのでしょう。
そして、中学一年生となったさち子を追うように映画は進みます。さち子はほとんど学校へ行かなく町をぶらついて時間を過ごしています。男たちの性的視線にさらされる日々が描かれます。ある日、そうした危険な状況に遭遇した時ひとりの少年タカオと出会います。タカオはストリートチルドレン(的)な存在でそのバックボーンは何もわかりません。また、さち子はタカオの知り合いのキョウゾウとも知り合います。キョウゾウは知的障害があるようです。
さち子はタカオやキョウゾウに親近感を持ち、そこに居場所を見つけます。しかし、タカオは、クスリの密売か何かにからんで殺されます。
一方、学校では、理由ははっきりしませんが、同級生の夏子(蒼井優)がさち子を学校へ行かせようと一生懸命に(執拗に)関わってきます。その甲斐あってさち子が学校へ行き始めます。多分、夏子と親しい男子生徒をさち子があたかも誘惑するかのようなシーンを入れるためじゃないかと思います。また、さち子が母親の付き合い始めた男にレイプされそうになるシーンがあり、そこでも夏子が駆けつけて助けるという流れになっています。
ちょっと唐突ではありますが、さち子とキョウゾウは火炎瓶を作ります。遊び半分ではありますが、火炎瓶を夏子の家に投げ込みます。夏子の家が燃え上がります。そのまま逃げ出したさち子はヒッチハイクをして秋田に向かいます。そして、小学校時代の教師に電話を入れ、指定された喫茶店で待ち合わせをします。しかし、教師は喫茶店に向かう途中車のトラブルで遅れてしまいます。喫茶店でひとり待つさち子に男が「金稼げる仕事あるよ」と話しかけてきます。さち子はその男の車に乗ります。その時、教師が遅れて駆けつけてきます。さち子は車の中から教師を見ます。しかし、どうしたの?と話しかける男に、何でもないと言い、そのまま車に乗っていきます。
という、少女が男たちの性的視線にさらされ続けるという映画です。
内容はともかく、おそらく塩田明彦監督は宮﨑あおいさんが撮りたかったんでしょう。前年に青山真治監督の「EUREKA」が公開されています。
害虫って?
ウィキペディアを読んでいましたら、
タイトルの意味は監督自身が「サチ子こそが害虫であり、ゴジラである」とコメントしているように、図らずも周囲の人々を破滅させていくサチ子の比喩表現である。
(ウィキペディア 害虫)
というくだりがありました。
これが実際の監督のコメントであるとするならば、それは違うでしょう。思春期の少年少女が大人たちや世の中の未知のことに興味を示すのは当たり前であり、その示し方は人それぞれです。その少年少女、特に少女を性的視線で見るのは大人の男たちです。
この映画が示しているのは、良くも悪くも(良くないんだけど映画なので…)塩田明彦監督はじめ制作側の男たちが少女たちを性的視線で見ているということだと思います。