の方へ、流れる

唐田えりかの映画的存在感の凄さとシナリオのうまさ

6年ほど前に「蜃気楼の舟」を見ている竹馬靖具監督の最新作、「蜃気楼の船」ではあまりいいことを書いていませんが、この「の方へ、流れる」はとてもいいです。

の方へ、流れる / 監督:竹馬靖具

唐田えりかという俳優

この映画のよさは唐田えりかさんによるところが大きいです。

唐田さんは「寝ても覚めても」で初めて知ったんですが、今読み返してみましたら「ラスト、この映画は、唐田えりかさんの映画だったのだと気づかされます」と書いています。俳優としての力ははっきりしないままに、いうなれば何も演技しない(演技臭い演技をしない…)よさといった意味だったようです。

しかし、この映画は違います。その何も演技しないよさのままに俳優として格段の力がついています。何もしなくてもただ相手を見つめるだけでそこにひとりの人物が立ち昇ってきます。

遠藤雄弥さんはその圧力にやや圧倒されています。この映画には会話における主導権争いのようなところがありますが、遠藤さんが反撃しなくっちゃいけない部分でも自分のリズムに持っていけせん。遠藤さんは「ONODA 一万夜を越えて」で小野田寛郎の若い時代を演じていた俳優さんです。

で、唐田さんですが、経歴も知りませんでしたのでウィキペディアを見てみましたらそれなりに出演作もありますし、公開を控えている映画も2本あるようです。見てみようと思わせる俳優さんです。

唐田えりかという俳優にこだわって何作か撮り続ける監督がいてもいいと思うんですけどね。

シナリオのうまさ

全編、里美(唐田えりか)と智徳(遠藤雄弥)の会話と相手の本心を探るような間合いで構成された映画です。竹馬靖具監督のシナリオもうまいです。

こういう男女の会話劇、それもただただ歩きながら話をする映画を見ますと、必ずリチャード・リンクレイター監督の「ビフォア・サンライズ 恋人までの距離」を思い出します。男女をイーサン・ホークとジュリー・デルピーが演じ、その9年後と、そのまた9年後の18年後に同じ俳優で続編と続々編が撮られた映画です。映画スタイルとしてかなりインパクトのある映画でした。

手法としてはそれに近いものがありますが、会話劇という意味ではこの「の方へ、流れる」の方がおもしろいです。シナリオがよくできています。

姉から雑貨店の店番を頼まれた里美は、その朝のバスの中で本を読む男性に出会い、その本が自分のよく知っているプルースト『失われた時を求めて』であることから本を覗き込み、男性がページを繰るのに合わせて文字を追います。

男は到着したバス停で慌てて下りていきます。その際、男は栞を落とし、気づいた里美が拾います。

雑貨屋の店番をする里美、ほとんど客は来ません。ぼんやり向かいの公園を見ていますと、栞の男がやってきてベンチに座り誰かを待っているようです。

男が店にやってきて落とした栞と同じものを手に取り値段を聞き、また、トイレを貸してほしいと言います。里美は、トイレはここから350m行って右に曲がったところに公衆トイレがありますとそっけなく答えます。

こういう言葉のやり取りが続く映画です。これが現実なら、男はムッとして、というよりもそもそもこうした店でトイレを貸してほしいとは言いませんが、いずれにしてもそれで終わってしまいます。でも映画は、こういうほとんど現実にはありえないだろうことを、いやあるかも知れないと思わせてくれるわけですし、それによって現実では顕在化しない人間の心の内を見せてくれるということです。

結局、里美は暇を持て余して(かどうかはわからないが…)男をからかっている(ちょっと違うけど…)わけで、いくつかやり取りがあった後トイレを貸すことになります。

こういう映画は俳優によってまったく違う映画になります。唐田さんと遠藤さんだからこそすーと見るものを惹きつける間合いが生まれるんだろうと思います。

このシーンの前だったと思いますが、里美が店の前に座ってタバコを吸いながら公園の男を見ているシーンで店の Closed の看板を Open に裏返すところがあります。いやー、うまいですね。唐田さんもそうですが、竹馬靖具監督がです。

倍速視聴はダメよ(笑)

という感じで最後まで二人の会話が続きます。物語にはさほど意味はありません。いや人によっては意味があるかも知れませんが、そもそもそれを見せる映画ではないでしょう。倍速視聴したらしょうもない話になってしまいます(笑)。

ただオチ的なものはあります。智徳は付き合っていた女性と何ヶ月か前(だったと思う)に別れていますが、公園で会う約束をして来るか来ないかわからない相手を待っています。里美は暇にまかせてちょっかいを出し、妄想恋愛みたいと言います。智徳が里美のことを聞きますと、里美は大学で仏文を学んでいたことやバスの中での本のことを話します。さらに何人かの男と付き合っているとそれぞれの人物像を話したりします。

といった話が清澄白河の隅田川沿いを歩きながら交わされます。もちろん単純な会話ではありません。話していることが本当のことなのか、相手をおちょくっているのか、あるいは相手の気持ちに探りを入れているのか、とにかく判然としない会話が続きます。特に里美が何を考えているのかまったくわかりません。それが唐田さんの凄さです。

そして川沿いで向かうあうふたり、キスをしようとする智徳、すっと顔をそらす里美。一度店に戻りたいという里美。店に戻った里美は智徳が落とした栞をゴミ箱に捨てます。最初の方で明らかになっていますが、その栞は智徳の元恋人が里美が店番をしているその店で買ったものです。

里美は店の前の公園で待つ智徳のもとに行きすっとキスをします。里美は一旦店に入り(なぜだったか思い出せない…)外を見ますと智徳の姿が見えません。公園に出てあたりを見回してもその姿はありません。

店を締め家に帰るのでしょう、川沿いを歩く里美。向かいから智徳が女性と手を組みながら歩いてきます。すれ違った里美に智徳が駆け寄り連絡先を聞きますが、里美は答えません(何と言ったか記憶にない…)。駅前、待っている男に駆け寄る里美、肩を寄せ合いながら歩いていきます。

オチはなくてもよかったんですけどね(笑)。