奇妙なしょうもない大人たちとそれに惑わされることなく生きる子どもたちのとぼけた系ファンタジー…
横浜聡子監督の前作「いとみち」は完璧な青春映画でしたが、この「海辺へ行く道」は14歳の中学生を主人公にした物語、さてどうでしょうか。

ジェネレーション Kplus 部門特別表彰とは…
この映画は今年2月のベルリン国際映画祭ジェネレーション Kplus 部門に出品され、国際審査員の特別表彰(Generation Kplus – International Jury, Special Mention)を受けています。
ベルリンのジェネレーション部門には Generation 14plus という14歳以上を対象とした部門もあり、どちらも審査員は同年代の子どもたちだったと思います。
2時間20分という子ども向けとしてはちょっと長いんじゃないのと思う映画ですが、そもそもジェネレーション部門の位置づけは子ども向けの映画ということではなく、子どもたちの日常や世界を描いた映画を対象としているようです。
With a comprehensive programme of contemporary films exploring the lives and worlds of children and teenagers,Berlinale Generation enjoys a unique position as the instigator of a convention-breaking young people’s cinema.
(Generation)ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門は、子どもや青少年の生活や世界を探求する映画を対象とした部門であり、従来の慣習を打ち破る若者向け映画の先駆者としてユニークな地位を築いています。
この「海辺へ行く道」が受賞した特別表彰というのは、子ども審査員が選ぶコンペティションのクリスタルベアの賞ではなく、「The International Jury comprises three experts from the international film industry.(国際審査員は国際的映画産業に所属する3人のエキスパートで構成されている)」という、いわゆる映画業界人が選んでいるものです。この審査員が選ぶ最優秀賞というものもあり、その特別賞ということだと思います。
コメディへの愛が哲学だと語っている…
この映画は三好銀さんという方の漫画『海辺へ行く道』が原作とのことです。ただ、その名前も作品もまったく知りませんでした。
連作集といいますかシリーズ物なんですね。
- 海辺へ行く道 夏(2010年)
- 海辺へ行く道 冬(2011年)
- 海辺へ行く道 そしてまた、夏(2012年)
漫画はまったく読みませんので月刊誌にどう発表されたのかはわかりませんが、3冊(でいいのかな…)になっているものを1本の映画にまとめたようです。
横浜聡子監督とプロデューサーの和田大輔さんがベルリンでのインタビューに答えたものを読みますと、横浜聡子監督がこの漫画の発表当時から映画化したいと思っていたところ、和田大輔プロデューサーから話があったと語っており、それに続いて和田プロデューサーが
Daisuke Wada: “Seaside Serendipity” is rather loosely “inspired by” the manga rather than a strict adaptation. This manga has a unique style, as it’s composed of unrelated scenes from the lives of different people rather than a tightly connected narrative. Translating its deeply sentimental tone into a film was especially challenging, but I knew Satoko was the right person for the job.
「海へ行く道」は、原作を厳密に映画化したというよりもその作品からインスパイアされた映画と言えます。原作はとてもユニークですし、ひとつの連続した物語ではなく一見無関係に見える様々に異なった人々の人生が関連して構成されています。その深い感傷的なところを映画に落とし込むことはとても困難でしたが、横浜監督ならそれをやり遂げてくれるものと確信していました。
と語っていることからしますと、この映画は和田大輔さんの思いのほうが強い映画かもしれません(想像です…)。
ところでこのインタビューの冒頭で、創作活動へのアプローチやスタイルについて聞かれた際に、横浜聡子監督が「The basis of my philosophy is the love for comedy. 私の哲学の根底にあるのはコメディへの愛です」と答えていることにちょっと驚きました。
そんなに明確にコメディ意識があるんですね。
「ジャーマン+雨」「ウルトラミラクルラブストーリー」「おばあちゃん女の子、真夜中からとびうつれ」「俳優 亀岡拓次」「いとみち」と見てきていますが、コメディと感じたことはないですね。ユニークであることは間違いないんですが。
奇妙でいい加減でしょうもない大人たち…
横浜聡子監督は俳優を活かすのがうまいです。映画の基本だとは思いますが、どの映画も俳優が立っています。野嵜好美さん、松山ケンイチさん、駒井蓮さん、みな印象深く、それによって映画自体が記憶に残ります。
この映画でも主人公の奏介を演じている原田琥之佑さん、自然体でとても良かったです。
ただ、映画自体が奏介の映画としてつくられておらず、奇妙でいい加減な大人たちのアンチテーゼのような位置づけに置かれていますのでちょっと残念ですね。
海辺の町の話です。その町ではアーティストの移住を積極的に受け入れているようです。現実的な話ではなくファンタジーですので町おこしであるとか、アートの町にしようとか、そうしたことが描かれるわけではなく、ちょっと変わった大人たちが町にやってきては身勝手なことをして去っていきます。
それによってなにか町に波風が立つわけでもなく、その町の中学2年生のアーティスト奏介(原田琥之佑)はそんな大人たちに惑わされることなく自分の時間を大切に生きていくという話です。
まずは奇妙でいい加減な大人の一組目は包丁売りの香具師(高良健吾)とその恋人(唐田えりか)、すぐに切れなくなる包丁を売りつけて逃げていきました。2,000円の包丁を何本も買ったという町の女性たちを登場させていました。
ただこのパートが描こうとしているのは香具師の方ではなく、その恋人の女性に奏介の後輩良一(中須翔真)が初恋のような思いを抱いて後を追っ掛けたり、隠れて写真を撮ったりするところにあるんだろうとは思います。
それで何を見せようとしたのかはわかりません(笑)。
次に美術商の男(諏訪敦彦)、どういう設定だったか(美術部のだったか…)作品展があり、そこに出品された奏介のオブジェを見て、君は昨年はなになにを作っていたねと親しく話しかけ、人魚のオブジェを作ってくれないかと頼んできます。
後日、奏介が作って渡したオブジェがいくらで取引されたというニュースが流れます。それだけです。奏介はまったく気にもかけません。奏介は制作費として5万円もらっていましたが、このお金もラスト近くでお金にはまったく興味がないというように絵の具(だったか?…)などと一緒に紙幣をくちゃくちゃにしたカットが挿入されていました。
そして三組目の話は移住希望のアーティストに物件を紹介する不動産屋の女(剛力彩芽)とその町出身の貸金会社の女(菅原小春)と自称アーティストの男(村上淳)の話で、不動産屋とアーティストは付き合うようになり、そこに貸金会社が自称アーティストは作品も作らず逃げていると探しに現れて…ということでしたが、その後はどういう展開でしたっけ(笑)。
ラスト近くで300万円だったか返済されたと言っていましたけど、どうやって返したんですかね。ああ、女が貸したんですね。返ってこないとは思います。
とぼけた系ファンタジーは誰のもの?…
というしょうもない大人たちの話が目立ちはしますが、それらをひとつひとつしっかり語ろうとしているわけではなく、まあこういう大人もいるでしょうくらいの描き方であり、映画全体のトーンはとぼけた系ファンタジーです。
他にもたくさんエピソードが散りばめられています。
特にエピソードということはありませんが、奏介は母親との二人暮らしと思って見ていましたら、実はそうではなく親戚の女(麻生久美子)らしいという、これもどういう理由だか語られるわけではありません。
奏介の後輩の良一の家では、祖父がしきりに良一の母に性的接触を図ろうとしていました。セクハラという言葉では表現できないいやーな感じがしますがどういう意図なんでしょうね。
突堤でパラソルを開いて弁当を売る女(坂井真紀)と毎日海から現れて弁当を買っていく男(宮藤官九郎)、この女は夏の終りとともに消えていきます。いつもレイモンド・カーヴァーを読んでいました。
読んだことはありませんが村上春樹さん経由で名前だけは知っています。この弁当を売る女性やレイモンド・カーヴァーは原作のものなんでしょうか、どうなんでしょう。
人物ではありませんが、「静か踊り」という音や声を出したり歯を見せたら負けという盆踊りを町中でやっていました。シュールですね。
こういうシュールとはちょっと違いますが、初期の「ジャーマン+雨」や「ウルトラミラクルラブストーリー」はシュールでした。
こうしたとぼけた大人たちと違って子どもたちは現実的です。いや、一概にそうとも言えませんが別の世界に生きているという描き方はされています。
夏休み、奏介はすでに書きました人魚のオブジェを作ったり、演劇部から頼まれた背景画を描いたり、知らぬ間に入部させられている新聞部の取材に付き合ったり、先輩の高校生(蒼井旬)のアトリエで手伝いをしたりと忙しく今を生きているということです。
あれこれたくさんあって書き忘れていることもありそうですが、これといった軸のない2時間20分の映画でした。
奏介と高校生で作ったマスクでおばあちゃんを亡くした夫婦をやり込める話や介護職員の話やその動画を教師がネットに晒したりする話はあざとすぎますので省略です。
横浜聡子監督らしさも感じますが、さすがに映画としては散漫です。