エッフェル塔~創造者の愛~

史実のつまみ食いとベタなラブストーリー

エッフェル塔が人の名前からとられたもの程度のことは知っていましたが、こんな悲しいラブストーリーがあったなんて…って、作り話に決まってますやん(笑)。

まあ「ニューヨークの巴里夫」以来のロマン・デュリスを見に行ったと思えばいいでしょう。と思いましたら「彼は秘密の女ともだち」も「パパは奮闘中!」も見ていました。

エッフェル塔~創造者の愛~ / 監督:マルタン・ブルブロン

史実のつまみ食い

エッフェル塔建設にまつわるギュスターヴ・エッフェル(ロマン・デュリス)の苦難の道に、過去の悲恋物語を突っ込み、結果として映画として凡庸、物語として散漫、史実のつまみ食いになってしまった映画です。

映画ではエッフェルがひとりで奔走して塔が出来上がったように描いていますが、ウィキペディアによりますと、「建設会社エッフェル社の技師であるモーリス・ケクランとエミール・ヌーギエが案を立て、同じく社員であるステファン・ソーヴェストルが修正を加え、社長であるギュスターヴ・エッフェルの賛同と強力な支援を受けた」ということのようです。

映画ですからある程度の脚色はいいにしても、もう少し史実を大切にして重厚な歴史ドラマ的に描くべき題材だと思います。設計段階のシーンにしてもエッフェルがデザイン画を書いているかのように塔の輪郭をなぞるだけで、その同じようなシーンが何度も出てきます。そんなんで塔は建たないでしょ、なんてツッコミも虚しくなります。

エッフェル塔の命名は、ギュスターヴ・エッフェル個人名というよりもエッフェル社が建てたということからの命名かもしれませんね(想像です)。

建設段階のシーンも展望台までで終わっており、その上はどうやったんだろうという疑問にも答えてくれません。それに、建設途中で資金難に陥り、銀行団との交渉で融資を拒否され、すべての口座を解約するとか啖呵を切っており、どうなるんだろう?と見ていましたら、何のことはない、何ごともなく建設が続くシーンになっていました。

給料が支払われない!と怒る労働者相手に展望台が完成したら給料を2倍にしてやる!と大風呂敷を広げてしましたが、大丈夫? の心配をよそに(笑)、労働者たちも大喜びで歓声を上げていました。

ただ実際にも、これもウィキペディアからですが、建設予算650万フランのうち政府からの補助金は150万フランだけで、残りはエッフェル社、あるいはエッフェル個人の資金調達で賄ったようです。そのため、完成の1989年から1909年までの20年間の入場料収入はエッフェル社に入る契約になっており、それを返済に当てたようです。

エッフェル塔をめぐる論争

映画の中でもちらっと出てきましたが、当時はエッフェル塔建設に批判があったようで、そのうちの芸術家対技術者といった論争のさわりがウィキペディアにあります。おもしろいです。

画家や作曲家のグノー、建築家のガルニエ、作家のモーパッサンらが連名で抗議声明を出しており、そのなかで「無用にして醜悪なるエッフェル塔」とか「黒く巨大な工場の煙突のごとく、目が眩むような馬鹿げた塔」なんて言葉を使って非難しています。

それに対してエッフェルは「塔というものに独特の美がある。われわれ技師が、建築物の耐久性のみを考え、優美なものを作ろうとしていないと考えるのは誤りである」と反論しています。

映画の中ではエッフェルが、芸術家だけが美の創造者だというのは間違っている、技術者にも美しいものは作れる(という意味の台詞…)と言っていました。ウィキペディアの反論の続きには「巨大な基礎部分から発している塔の四つの稜曲線は、塔の頂点にいくに従って細くなっているが、そこには力強い美しさが感じられると思う」とあります。

ベタなラブストーリー

という、記録も多く残されているであろう史実をつまみ食いしつつ、さらにとんでもなくベタなラブストーリーを突っ込んでいます。

エッフェルがまだ若き頃、どこかの橋(史実にもあると思うが、橋の名前は記憶していない…)の建設時にその地域の有力者の娘アドリエンヌ(エマ・マッキー)と出会い、恋に落ちます。ふたりは愛し合い、結婚の約束も交わしますが、両親の反対にあい、願いは叶わずに悲恋となります。

そして、エッフェル塔建設時にふたりは再会します。その時、アドリアンヌはエッフェルの友人の妻となっています。再びふたりは求め合いますが、その友人は新聞記者であり、世論を誘導するほどの力がありますので、アドリアンヌにエッフェルの夢を潰してもいいのかと脅し、それをアドリアンヌが受け入れて再び悲恋となります。さらに、過去の引き裂かれた悲恋の裏には、その時アドリアンヌはエッフェルの子どもを宿しており、親の反対を押し切ってエッフェルの後を追おうとして駆け出し、柵から落下して流産をしていたということが明らかにされます。

あまりにもベタな悲恋物語を突っ込んだものです。

Adrienne の A はエッフェル塔?

そして、ラストシーンでは、再びエッフェル塔のデザイン画をなぞるエッフェルがあり、そのエッフェル塔の「A」が Adrienne の「A」に重ね合わされて終わります。

思うことは、配給会社はなぜこの映画を買い付けてきたんだろうとの疑問です。

ロマン・デュリスなのか、「おフランス」なのか、観客をなめているか、しか考えられません。