昭和のドラマ、平成の価値観、令和の女性観
ボクシング映画というよりもボクシングジム映画というべき、リング上の格闘よりもそこにいたるまでの(やや年齢のいった)若者たちの「心の格闘」を描いた映画でした。
俳優によってドラマが生まれるいい映画です。
俳優がドラマをつくる
松山ケンイチさん、いいですね。
かなり古くなりますが「ウルトラミラクルラブストーリー」で強い印象を受けた松山さん、まあ、あれは映画自体がすごかったこともあるんですが、最近はあまり見ていないなあと思い、出演リストを見てみましら「宮本から君へ」とあります。出ていましたっけ? とリンク先の記事を読んでみましたら、その出演シーンそのものにいらないんじゃない?なんて書いています(ペコリ)。「聖の青春」は見ていませんので、思い出せるのはさらに遡って「怒り」ですが、これは2年前にDVDで見たものでした。
やはり主役向きの俳優さんですね。
この映画では肉体も含めかなりストイックな役作りをしたんだと思います。
人間いろいろな人がいますし、それぞれに魅力があると言いながらも、やはり強い人、目立つ人、積極的な人に目がいってしまいます。また逆にアウトロー的な人、さらに言えば徹底的に悲劇的な人もまた魅力に感じるものです。
でも、この瓜田信人(松山ケンイチ)のように取り立てて何もない人(こんな表現でゴメン)がこんなに魅力的に感じることはそうはないでしょう。
映画としては、瓜田の苦悩のシーンを2、3シーン入れてはいますが、この松山さんの瓜田なら、そんなシーンなどなくても、あの日常的な何気ない表情や何気ない言葉の裏にどれだけの悲しみがあるか伝わってきます。
引退後のシーンにしても、出来ることならば小川や楢崎の試合を見ているシーンなど入れずにごくシンプルに市場で働く姿を重ねてほしかったと思います。
東出昌大さんもよかったです。
「寝ても覚めても」を見て俳優としてもその力を認識した東出さんですが、この映画では成功する側の人間の無神経さや頑なさや、それゆえに甘えられない弱さみたいなものがよく出ていました。
このふたりを軸に、木村文乃さん、柄本時生さんを加えたやや年齢のいった青春群像劇という映画でした。
昭和のドラマのベタさを排して…
基本的なドラマはほぼ昭和、男たちの物語です。敗者の悲哀と勝者の苦悩、そしてその間には女性が絡みます。
ただちょっと違うのは、この映画からは昭和的ベタさが排除されています。それを時代で表現すれば、昭和のドラマに、平成の価値観、そしてちょっとだけ令和の女性観みたいな映画になっています。
瓜田信人(松山ケンイチ)、小川一樹(東出昌大)ともに裏表がない(見せない)人物として描かれます。早い話、二人ともカッコウをつけません。昭和のドラマの男たちはカッコウはつけているけれども時として弱さをみせる人物です。
二人ともに甘えません。瓜田はボクシングは弱いけれども徹底的にいい人です。小川は徹底的に勝者、ある意味悪役であり続けます。小川が勝者の座を降りるのは対人関係からではなくボクシングによる脳機能障害からです。
クールこそが美しい平成の価値観でしょう。
とは言ってもこの映画にベタさがないわけではなく、うまい具合に楢崎剛(柄本時生)ひとりに担わせています。瓜田にも小川にもあるはずのベタさが二人からは取り去られ、そのすべてを楢崎が引き受けています。女性に認められたいがためにボクシングを始めることも、その女性から認められないことも、負けることの悔しさも、勝とうとするエネルギーも、怒りも屈辱もあきらめも、そうした瓜田と小川のベタな面はすべて楢崎が受け持っています。3人のうち一番強そうな名前にしているのも適当につけられたものではないように思います。
楢崎は瓜田と小川という観念的な人物二人を現実的にしたような人物です。
天野千佳(木村文乃)という人物もすごいです。瓜田の気持ちはわかっているだろうに絶対にわかった素振りを見せないように造型されています。昭和のドラマならこの女性は二人の間で悶え苦しむ人物にさせられています。
天野は二人のどちらにも尽くしません。完全に自立しています。基本のドラマが昭和なゆえに物語としては従属的な立ち位置にはなっていますが、対等な関係以上に立ち入りません。それは小川と結婚しても変わりません。
この映画は本来「若者たち」的熱量の物語なのに、とても静かに、そしてクールに描かれている映画です。
ネタバレあらすじとちょいツッコミ
瓜田信人(松山ケンイチ)は勝てないボクサーです。悔しそうな素振りをみせるシーンもありません。20代後半(と言っていたと思う)、ボクサーとして目が出ることはなさそうです。
瓜田のボクシングシーンから始まります。無様な(に見える)KO負けを喫します。このシーンは瓜田が引退することになる後半の重要なシーンがフラッシュされているのですが、瓜田が負け続きということもありあまり効果的ではありません。あるいは私が見間違えているかも知れません。
瓜田が準備をしている横を小川一樹(東出昌大)が通り掛かりがんばれよと声を掛けています。小川はジムのオーナーにお前も早く着替えろと言われています。これもここではわかりませんが、このとき小川は日本タイトルマッチをひかえているのです。
腫れた顔で客席に座る瓜田、隣には幼馴染(ここではわからない)の天野千佳(木村文乃)が座っており、カッコウよかったよという天野に、瓜田はあんな無様な負けっぷり始めて見たでしょといった感じであっけらかんと話しています。
楢崎剛(柄本時生)のエピソード。ゲームセンターで働く楢崎は同僚の女性に気に入られたいがために、またイケメンの同僚への対抗心から、喫煙する未成年を注意して逆に殴られ、その言い訳に自分がボクサーであるかのように振る舞ってしまいます。
瓜田の通うボクシングジムに楢崎がやってきます。楢崎はただボクサーらしく見せたいだけと公言しています。それでも瓜田は丁寧に応対し指導します。ジムには何人か練習生がいますが、その中に楢崎をバカにしたり、勝てない瓜田を見下したりする赤髪に染めたの若者がいます。
小川と天野は一緒に暮らしています。天野は小川の変調を心配しています。物忘れをすることが多くなっているのです。天野は瓜田に相談します。瓜田は大丈夫じゃないと軽く返し、目の前に日本チャンピオンがぶら下がっているんだよ、すべてを犠牲にしたってそっちを選ぶよ、俺なんてひっくり返ってもそこに立てないんだよ(台詞は適当)と答えます。
このとき瓜田は本当のところ何を考えていたんでしょうね。それに、それに対して天野は表情ひとつ変えていません。この人間関係のままラスト近くのワンシーンまで突っ走ります。こういうところがこの映画の肝でしょう。
小川はMRI検査を受け、脳に通常よりも白いところが多く問題がある、この状態でボクシングを続けることは良くないと通告されます。しかし、小川がボクシングを止める気配はありませんし、それに対して天野の対応が変化することもありません。そうしたシーンがありません。
瓜田、小川、天野の人間関係は変化なく進みます。ドラマを進めていくのは楢崎です。
楢崎は、瓜田の指導がいいのか、トレーニングは続いており、プロテストを受けることになります。赤髪の男も一緒です。結果は楢崎は合格、赤髪は落ちてしまいます。ふてくされて気の収まらない赤髪ですが、オーナーにはプロテストは基本ができているかを見るためのもので勝ち負けだけじゃないと叱責されています。
ある時、赤髪が強ければ基本なんてどうでもいいとうそぶき、負け続きの瓜田を侮辱したことから、楢崎とスパーリングすることになります。最初は優勢だった赤髪も基本がなっておらずガードががら空きであることから楢崎に打ち込まれそのままダウン、意識が戻らなくなってしまいます。緊急入院となった楢崎はなんとか意識は取り戻すもののボクシングはやめざるを得なくなります。
この楢崎絡みのドラマをあまり丁寧に描くこともできないからでしょう、かなり適当に進んでいます。このスパーリングのシーンの前には、プロボクサーの会員証(かな?)を同僚の女性の前にわざと落とすシーンを入れたり、またその後、同僚の女性とイケメン男性が控室で濃厚なキスをしている場に遭遇するシーンを入れたりしています。この赤髪とも後に和解し、楢崎の試合にはがんばれよと声を掛けさせたりしています。
これが瓜田や小川絡みのドラマであればちょっと見ていられないところですが、あまり気にならずに見ていられます。ただ、あらためてこうして振り返ってみますともう少し何とかならなかったのかなあとも思えてきます。
小川の脳機能障害は進んでいるようで、トラック運転手の仕事にも支障をきたすシーンであったり、日常生活でも物忘れが激しいシーンが挿入されています。
この小川に対する天野の対応がむちゃくちゃ新鮮です。医師の診断も一緒に聞いており、あの物忘れ状態に立ち会っているにも関わらず、言っても聞かないからと考えているのか強く止めるシーンもなく、なのにそのことに違和感がありません。だからといって軽く扱われているわけではなく美容師としての職場のシーンもわざわざ入れられています。
こんなシーンがあります。経緯は忘れてしまいましたが、小川と天野の住まいに3人でいて、たまたま天野と瓜田の2人になり、天野が瓜田にこれ(バンテージ)ってどうやって巻くの?と尋ね、瓜田が巻いてあげようかと天野の手を取りバンテージを巻いていきます。
トレーラーにもありますが、瓜田の気持ちを考えれば切ないですね。天野は何を考えているんでしょうね(涙)。
ということで、いよいよ小川のタイトルマッチです。前座に瓜田の試合が組まれています。相手は30代でプロテストに合格した新人です。客席で天野と小川が見ています。
この一連の試合、最初に書いたようにこの試合がこの映画のファーストシーンに使われているというのは私の見間違いかも知れません。タイトルマッチを控えてその前の試合を客席で見ることは多分ないでしょう。
とにかく、小川は相手の構えを見て即座にキックボクシング上がりだと見抜き、やばいとつぶやきます。案の定、瓜田はあっけなくKOされます。仮にこれがファーストシーンにつながっているとすれば、この後、最初に書いた瓜田と天野の客席での会話ということになります。
小川の日本タイトルマッチ、小川は勝利をもぎ取ります。勝利インタビュー、小川は勝因を瓜田のアドバイスによるものと語りますが、その小川の呂律が回っていません。インタビュアーの質問にも答えがちぐはぐです。ただ、これに対しても何もドラマ展開はなく流されています。
居酒屋での祝賀会で楢崎が瓜田にいつも負けているあんたにアドバイスされても困るんですけどと突っかかります。天野が楢崎の頬を叩きます。
その帰り道、瓜田が別れ際に小川(と天野)に言います。トレーラーの1分10秒のところです。
「俺さ、今までずっとお前が負けること祈ってたよ」
「大丈夫す、わかってたんで」
瓜田は誰にも告げずに引退し去っていきます。
瓜田が魚市場で働く姿と小川が運送トラックで交通事故を起こしたシーンが挿入されます。
小川の防衛戦と楢崎対瓜田が負けた元キックボクサーの試合が組まれます。瓜田は楢崎に相手ボクサーの分析記録を残しています。
そして試合当日、リングを遠くから眺める瓜田の姿があります。楢崎は善戦しますが、判定で破れます。そして小川もKO(だったと思う)を喰らい破れます。小川も引退します。
後日、朝、天野が起きると小川の姿がありません。小川が走っています。楢崎も走ってきます。二人は笑顔を交わしています。
ボクシングシーンに嘘がない
ボクシングつながりで言えば、「あゝ、荒野」にボクシングシーンがすごい!と書いていますが、あれはかなり編集でつくられたものだと思います。しかしこの映画はそうした映画のテクニックを使わずかなりマジに撮っています。
公式サイトのプロダクションノートに「松山さんはクランクインまでの2年間ジムに通いつめ、東出さんは筋トレによりマッチョな肉体をモノにし」たとあります。二人ともかなり体重を落としてボクサー体型にしています。
ファイティングシーンでも実際にかなり打ち合っているように見えます。
なのに映画的迫力はあまり感じられません。批判じゃありません。おそらくそうしたことにこそ?田恵輔監督のボクシングに対する思いが現れているのでしょう。公式サイトにはこんなコメントが掲載されています。
中学生の頃から現在まで、30年近くボクシングをやっています。何箇所もジムを渡り歩き、沢山のボクサーと出会い、見送っていきました。そんな自分だからこそ描ける、名もなきボクサー達に花束を渡すような作品を作ったつもりです
確かにそれが伝わってくる映画ではありました。