独裁者たちのとき

ソクーロフのおとぎ話。さまようヒトラー、スターリン、ムソリーニ、チャーチル…

私には2005年の「太陽」以来のアレクサンドル・ソクーロフ監督です。2011年の「ファウスト」がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しているのですが、なぜか見ていません。どうしたんでしょう?

独裁者たちのとき / 監督:アレクサンドル・ソクーロフ

実験的な映像作品

これは映画というよりも実験的な映像作品です。約1時間20分ありますが、ワンテーマで延々それが繰り返されますのでとてもつらいです。率直に言ってもつのは30分まででしょう。

ヒトラー、スターリン、チャーチル、ムッソリーニの4人のアーカイヴ映像から人物だけを取り出して、あたかも4人が同じ場所で会話しているかのように構成した映像作品です。

IMDb

声は実際の発言や手記から構成されたスクリプトを俳優がそれらしく読んでいます。

特徴的な人物はすぐに誰かわかりますが、しばらくはあれは誰だっけ? となる人物もいます。どういうことかといいますと、違う映像から取られた同じ人物が同時に登場する場面が結構ありますし、その顔立ちや服装が違うために違う人物に見えたりもします。ヒトラーやスターリンは比較的わかりやすいのですが、チャーチルやムッソリーニはわかりにくいです。それにもうひとりの自分に兄弟と呼びかけたりします。

台詞(というようなものではない…)も実際の発言や手記にこだわっているようで会話文ではありませんので会話になるわけもなく、それこそワンテーマで同じことが繰り返されます。

おとぎ話

人物の背景は、壮大な石の建造物のようなイラストか、実写の映像処理か、そんな感じで、時々群衆の映像を歪ませてうねりのようにしたものが使われます。

4人の動きも映像処理ですのでとても鈍く、映画のリズムに変化はありません。それが4人を亡霊のように見せる効果になってはいますが、さすがにそれが延々続くのでは睡魔に勝ちようがありません。2度ほど音楽でびっくりさせていました(笑)。

4人以外にも登場する人物がいます。イエスとナポレオンです。

冒頭は、棺の中のスターリンが目覚め、隣に横たわるイエスに話しかけるところから始まります。スターリンが、早く起きてお父さんのところへ行けよ、って言っていたと思います。それに対してイエスは、いや、みんなといっしょに並びますって答えていました(笑)。

ナポレオンの方は影が薄かったです。時々背景にふわーと浮かんでくるだけだったと思います。ロシア征服に失敗したナポレオンの、それこそ亡霊ということかも知れません。

印象としてスターリンとヒトラーの出番が多いように感じます。ソクーロフ監督がロシア人であり、独ソ戦へのロシア価値観が染み付いているのでしょう。

原題は「Fairytale」、「おとぎ話」という意味ですが、我々がおとぎ話という言葉から受ける印象とは違う意味合いのようにも思います。それに邦題の「独裁者たちのとき」って、もちろん4人が独裁者と言っているわけではありませんが、印象としてチャーチルまでひとくくりになりますのでどうなんでしょう、一応イギリスは民主主義国家ですから…。

ああ、チャーチルが女王陛下に電話をして喜んでいるのは面白かったです。

で、内容は…

特にないと思います(ペコリ)。

すでに戦後78年ですからね、こんな映画でヒトラーやスターリンをよみがえらせても意味はないです。ソクーロフ監督は映像処理や引用の台詞の組み合わせが楽しかったんだと思います。

製作年とロシアのウクライナ侵略との時期的タイミングがわかりませんが、少なくともロシアにとっては、ウクライナ戦争の始まりは2022年ではなく2014年ですから、プーチンという独裁者を前にしてこんなのんきな映画を撮っているときではないでしょう。というよりも、この映画がソクーロフ監督の立ち位置をよく示しているということなのかも知れません。