無名

基本スタンスは中国共産党のプロパガンダだが、日本軍の描き方の変化に驚く…

トニー・レオンさん、えらく久しぶりに見ました。「ラスト、コーション」まで遡りますので、17年ぶりです。あ、いや「グランド・マスター」を見ていました。映画がひどかったのですっかり忘れていました(ゴメン…)。

無名 / 監督:チェン・アル

中国共産党のプロパガンダだと思うけど…

映画が下手くそなので(ゴメン…)しばらくは何をやろうとしているのよく分かりませんでしたが、中盤以降になりますと全体像が見えてきて、意外にもおもしろ(いところもありという程度におもしろ…)かったです。

一番へぇーと思ったのは、今の中国映画は日中戦争時代の日本軍を残虐な単純悪とは描かないんだということです。一定程度は人間として描かれていました。特に若い兵士たちの会話などをみますと随分変わってきているんだなあと思います。ただ、やはり映画の基本スタンスは中国共産党のプロパガンダ的なものだと思います。

それは特別なことではありません。日本映画が日本的価値観のプロパガンダということと同じです。

基本はスパイものであり、主要人物はすべて中国共産党のスパイです。そのスパイが汪兆銘政権の諜報部に入り込んでいるという話です。でも、考えてみれば、彼ら何もスパイ活動していないですね(笑)。

中国共産党の視点で言えば汪兆銘政権は日本の傀儡ですから、その中に潜入しているということは日本軍の情報を得て抗日戦争を有利に進めようということだと思いますが、映画の中では日本軍の諜報担当者と結構仲良くやっていました。まったく背景となる蒋介石のことや抗日戦争のことが具体的に描かれずに130分間何を見ていたんだろうという映画です。

とにかく、ある程度時代背景を知っていないと何をやっているのかさっぱりわからないと思います。せめて重慶と聞いてそれが蒋介石の政権を指していることくらいはわからないと南京やら上海やらの都市名程度にしか耳に入ってこない映画です。

現中国の誕生には無名の戦士が…

主要な登場人物は汪兆銘政権の諜報部員フー(トニー・レオン)、その部下のイエ(ワン・イーボー)、フーの実は妻チェン(ジョウ・シュン)、このジョウ・シュンさんは岩井俊二監督の「チィファの手紙」のチィファの俳優さんでした。そしてイエの婚約者ファン(チャン・ジンイー)、日本軍の諜報員渡部(森博之)、こんなところでしょうか。

で、上の渡部をのぞいた全員が共産党の諜報員ということです。他にも諜報部の部長やその部下でイエの同僚や汪兆銘政権に寝返ってきた(とみせかけてきた逆スパイ、かどうかもはっきりしない人物の…)共産党員ジャン(ホアン・レイ)、この人はよくわからないけれどもフーの実は妻のチェンと数年夫婦を演じていたらしいという、さらに混乱要素となる人物が登場します。

という人物配置があり、しかし、映画の物語はまったく分かりません。フーもイエも共産党員だと思われますが、お互いにそれを知っているのか知らないのかもわからず、また問題にもされず、二人のながーい、ながーい格闘シーンがあり、死んだかと思った(いや、思いませんが…)フーとイエが最後に再会するシーンもあります。

ああ、イエが主人公の話かもしれません。ラストシーンは中華人民共和国成立後の香港のイエで終わっています。イエには妙に郷愁を感じさせるようなつくりになっていました。

現在の中華人民共和国がこうしたイエやフー、そしてチェンやファンといった無名の隠し刀(Hidden Blade)によって築かれてきたということなのかもしれません。

映画としては見るべきところはありませんが、少なくともこうした映画の背景には当時の日本が大きく関わっているわけで、それをあらためて理解し直すためには悪くない映画かと思います。