未来は裏切りの彼方に

原題は「Little Kingdom(小さな王国)」、邦題に惑わされず見れば寓話的か、コメディか…

えらく情緒的なタイトルである上にメインビジュアルが男女の濃厚なキスシーンという映画がひっそりと公開されていました。2019年のスロバキア映画です。

未来は裏切りの彼方に / 監督:ペテル・マガート

邦題に惑わされないように…

原題は「Little Kingdom」「小さな王国」です。

なかなかポイントをつかみにくい映画で、確かに人が保身に走ったり、人を出し抜こうとしたり、他人に傲慢になったり、権力を振りかざしたりするという、つまりは人間のエゴが描かれているわけで、確かに「裏切り」のような行為にも見えますが、ただ、時代設定が第二次世界大戦の戦時下ということを差し引いて言えば、わりと日常的にありそうなことが描かれている映画かと思います。

時代設定は1944年から45年にかけてです。当時のスロバキアはナチスドイツの影響下にあり、ソ連軍と戦っていたわけで、映画の後半になり、パルチザンの蜂起であるとかソ連軍の侵攻という状況変化が起きてきます。

という時代背景ではありますが、映画の舞台は兵器工場のある小さな村の人間模様であり、ナチスもソ連兵も出てきません。

スロバキア兵数人が行軍の途中、娼館(表現が正しいかどうかは不明…)で戯れています。兵士のひとりジャックはある娼婦に誘われますが、常々考えていたんでしょう、そんなことにはかまうことなく脱走します。

そしてジャックは妻エヴァのもとに戻ります。濃厚なキスシーンはこの時のものです。エヴァは、ジャックが出征したときには妊娠していたのですが流産で子を亡くしています。今はバールという男が経営する兵器工場で働いています。

エヴァはもともと暮らしていたところからは移動しているようであったり、流産をぬいぐるみのワンカットで示したりと、かなり適当な展開ですので、決して邦題が似合うようなシリアスものではありません。かと言って、こうした映画に多い寓話ものでもありませんし、やっていることはコメディっぽいのですがそうとはならないという、とにかくはっきりしない映画です。

小さな王国の王国とは?

ジャックは負傷で除隊したと嘘を言い、エヴァと同じ兵器工場で働くことになります。工場の経営者はバールというワンマンオーナーです。バールは戦争が終わりそうだというニュースを聞き、仕事がなくなるかも知れないと政府の役人に泣きつきます。役人は自分の愛人でもあるキャットと結婚することを条件に出します。キャットが工場にやってきます。ジャックはキャットを見て驚きます。キャットは娼館にいた娼婦だったのです。

この調子で物語を書いていきますと長くなりそうですので簡潔にいきます(笑)。

まずジャックとキャットですが、この設定から予想しますと二人の駆け引きで映画が進みそうですがそういうわけでもありません。とにかくいろんなことがはっきりしないまま進みます。

ジャックが脱走した後に娼館で銃撃音がしているのですが、キャットはパルチザン側のスパイとしてスロバキア兵の居場所を教えたということのようです。政府の役人の愛人となっているのも情報を得るためということになりますが、特にそうしたシーンはありません。

ジャックとエヴァですが、バールからどちらかひとりしか雇えないと迫られています。エヴァは自分が得た仕事だと主張しますが、結局、ジャックが子どもを作ろう、自分が養うと言い、その言葉にほだされて(かどうかはわからない…)折れます。そして、後日妊娠します。

エヴァの同僚にジュリアがいます。ジュリアの夫が戦死します。たしか早い段階で妊娠している女性がいたと思いますが、あれがジュリアだったかも知れません。子どもはどうなったんでしたっけ(笑)、記憶がありません。とにかく、そんなこんなで、幸せそうなエヴァへのやっかみでしょうか、ジャックにエヴァはバールと寝ていたと噂話のたぐいを吹き込みます。

その話の真実味を匂わせるためなのか、バールの悪質さを見せるためなのか、仕事を求めてきた女性にバールが性的な強要をし、それをジャックが見るシーンがあります。

疑心暗鬼に陥ったジャックはキャットと関係をもちます。これも映画的に大した意味はないのですが、二人の関係をバールの秘書の女性が見るカットが入っています。実はこの秘書、ラストでわりと重要な人物になるのですが、登場シーンが多い割には映画的な役割がはっきりしておらず、またラストシーンが映画の軸に見えるつくりがされておらず、えー、そういう映画だったの? とやや驚きます。

もう結末にいきます(笑)。ジャックは脱走兵であることがバレて捕らえられ殺されます。秘密警察のような2、3人が映画途中からちょろちょろと登場していました。そうしたことを契機にして暴動になります。バールはキャットを連れて逃げようとしますが捕らえられます。キャットはその隙きに秘書の女性を連れて二人で逃げます。

一方、エヴァも暴動の混乱の中、ジャックの死を悲しむ間もなくジュリアとともに逃げ出します。そして途中産気づき、子どもを出産します。

唐突な結末ですが、ということは「小さな王国」の「王国」とは一義的にはバールの支配する工場ということになるのでしょうが、広い意味では、バールも支配構造の中のひとつのコマでしかありませんので、結局のところ、男たちの独りよがりの権力構造ということなのでしょうか。愚かなジャックも含めてですね。

だとしても、もう少しうまく描かないとうまく伝わってきません。

デブリス・カンパニー「EPIC」

監督はペテル・マガートさん、1980年生まれの現在43歳くらいの方です。

この映画はスロバキアの舞台芸術集団デブリス・カンパニーの1912年の作品「EPIC」をベースにしているそうです。オフィシャルサイトがありました。

コンテンポラリーダンス、パフォーマンス、インスタレーションといったパフォーミングアーツを基本としたオリジナルな作品をつくっている集団のようです。

「EPIC」のフルバージョンの動画がありました。

※スマートフォンの場合は2度押しが必要です

詳細はわかりませんが、4人のパフォーマーで演じられており、おそらく労働者夫婦と資本家夫婦(夫婦かどうかはわからないが…)だと思います。パントマイム的な動きとコンテンポラリーダンスと演劇的なもの、そしてオペラ的なものが渾然一体となっています。「EPIC」の公式サイトにはブレヒトの新しい解釈ということのようなことが書かれています。

このパフォーマンスをベースにしているとしますと、エヴァとジャックの労働者夫婦とバールとキャットの資本家夫婦に引用されていることになります。ただ、それ以外はあまり関係なさそうです。