マリッジ・ストーリー

結婚、そして離婚、でも生きている Being Alive

Netflix 製作、配信は12月6日からですが、11月29日から先行劇場公開されています。

「イカとクジラ」「フランシス・ハ」「ヤング・アダルト・ニューヨーク」のノア・バームバック監督、主演は下の画像のようにスカーレット・ヨハンソンさんとアダム・ドライバーさんです。

タイトルは「結婚物語」となっていますが、描かれるのは「離婚物語」です。

マリッジ・ストーリー

マリッジ・ストーリー / 監督:ノア・バームバック

2005年の「イカとクジラ」は、実際に監督の両親が離婚しているなど自伝的映画と言われていましたが、この「マリッジ・ストーリー」も、あるいは自分自身の離婚体験が発想の原点になっているのかも知れません。

バームバック監督は、「2005年に女優のジェニファー・ジェイソン・リーと結婚し、長男をもうけているが、2013年に離婚(ウィキペディア)」しています。

離婚する夫婦の関係って、きっとこんな感じで進むんだろうなあと妙に納得できてしまう映画です。時に笑えもするコメディタッチのところもありますが、内容はかなりシリアスです。それに構成や台詞に一度見ただけでは読み取れないものが散りばめられているような気がします。Netflix か…。

ニコール(スカーレット・ヨハンソン)とチャーリー(アダム・ドライバー)夫婦がうまくいかなくなり、ニコールが離婚を考え始めるあたりから始まります。

というニコールでさえ、離婚を決断しているわけではなく、チャーリーにいたっては離婚など考えてもいないようです。お互い、修復できるかもしれないと思っていても一度坂を転がり始めたものは止めようがないというお話です。

チャーリーはニューヨークで活動する劇団の主宰者であり、脚本家であり、演出家です。評価されてブロードウェイに進出するようなことが語られていましたので主にオフ・ブロードウェイでの活動が主ということでしょう。

ニコールはその劇団の看板俳優ですが、チャーリーと知り合う前は映画俳優としてそこそこ売れていたらしく、劇団の舞台に出たこと(だったと思う)からチャーリーと恋に落ち結婚、その後は映画からは遠ざかっているようです。

舞台であれ映画であれ、演出あるいは監督という立場と俳優というのはある種主従関係(的)なところがあり、そのパブリックな関係と夫婦としてのプライベートな関係のバランスというのはかなり難しいのではないかと思います。ましてや演出あるいは監督のほうが男であれば、さらに刷り込まれたジェンダー観からくるマンスプレイニング的な言動がプライベートな関係にまで侵食し始め、ますます傷口は深くなっていくことがあるやも知れません(かな?)。

さすがに今はないとは思いますが、演出家が灰皿を投げたということが演出家のいい意味での特異性として語られたりする世界です。

この映画では、離婚の原因が何かは二次的なことなんですが、ふたりの言い争いの中から見えてくる離婚の根本的な原因はこういうことなんだろうと思います。バームバック監督にその意識があったかどうかははっきりしませんが、チャーリーに自己批判的に反映されているようにもみえます。

やや映画から話がそれました(笑)。

映画の冒頭は、ふたりが互いに相手のいいところ、相手の好きなところを文章にした、その文面が映像として描かれます。それを見る限り(いいところなので当然ですが)理想的な人間(夫婦)関係にみえます。 

でも、実際には、今のふたりは離婚の危機に直面しています。調停員(のような人)からその文章をお互いに読み合うように促されますがニコールが拒否します。その予定で書いたのに拒否した理由はよくわかりませんが、この映画全体がチャーリー目線の映画ですのでチャーリーの自己正当化のシーンかも知れません。このシーンだけではなく、チャーリーは話し合えばうまくいくはずといった不思議な自信を持っているようです。

もちろんニコールにも迷いはあります。チャーリーへの愛が消えてしまったわけではありません。息子ヘンリーのこともあります。自分の将来のこともあるでしょう。

多くの場合、人の行動のきっかけは外からやってきます。ニコールは、ロサンゼルスでの仕事を機にヘンリーとともにロサンゼルスに移ります。ニコールはもともとロサンゼルスの出身で母親や姉も暮らしています。

チャーリーには劇団もありニューヨークを離れられません。トラブルにはちょっと時間を置くことが解決の秘訣ということもあるのでしょうが、この映画ではそうはなりません。

弁護士の登場です。

多分とてもアメリカらしいことなんだと思いますが、ニコールが依頼する弁護士ノラ(ローラ・ダーン)がすごいキャラクターなんです。ニコールが相談に行く最初の登場シーンでは映画の方向性がまったくわからなくなるような強烈な個性を放ちます。

突然、ニコールが座るソファーの隣に膝を曲げて横向きに座り、なぜか上着を脱ぎ、まるで相手に迫るかのように話すんです。

このノラ弁護士、後の裁判所のシーンでも、同じように突然上着を脱いてキャミソールのドレスのようなインナーになっていましたが、あれはどういう演出意図なんでしょう。興奮するとという意味なのか、勝負に出る時ということなのか、んー、一番あり得るのはバームバック監督の体験から来たものかも知れません。

最初は弁護士をはさむことを嫌がっていた、つまりこの段階にいたっても、チャーリーは当人同士が話し合えばわかりあえると思っていたということなんですが、ニコールに拒絶されればどうしようもなく、弁護士をたてることになります。

こちらの弁護士もすごいキャラクターです。

ジェイ(レイ・リオッタ)弁護士は、とにかく男性性が無茶苦茶強調された人物なんです。話し口調や態度の横柄さ、他人を常に下に見ているような態度、一言でいえば嫌な奴です。

ノラとジェイはセットということですね。ノラのあの行動は女性性の強調であり、ノラ、ジェイ合わせて弁護士という存在の風刺的演出、それも極端にジェンダーを誇張した演出なんだと思います。

弁護士が入ればもう当人同士の問題ではなくなります。争いは親権と財産分与、弁護士は有利な条件を導き出すために相手の良くないところをあげつらいます。飲酒癖、不倫、過去の言った言わぬ、当人たちにしてみれば他愛のないことだったものも争いの場に持ち出されれば大事になります。

映画の冒頭のシーンのようにお互いに相手のいいところ、好きなところは言葉にできますが、相手のよくないところ、嫌いなところは心の奥底に抑え込んでおり、自ら口には出せません。弁護士によって、互いの内面があぶり出されるということです。

ふたりは精神的に消耗します。

本当はこのあたりの二人の心情をもっと描くべきだったと思いますが、ワンシーンしかなかったです。映画としても、弁護士ふたりに食われてしまい、肝心の(かどうかは本当のところわからない)ニコールとチャーリーの迷いや苦しみのようなものはあまり浮かび上がってきません。逆説的に言えば、だからこそ「離婚物語」ということも言えます。

ふたりはともに話し合うべきだと思っています。ニコールがチャーリーのアパートメントを訪ねます。

しかし、いざ話し合おうとするとどちらも言葉がありません。言い争いになるこの直前のシーンはいいシーンです。ダメになった人間関係はこんなもので、プラス思考の話はできませんが、互いの欠点や不平不満を言い始めるともう抑えきれません。行くところまで行ってしまいます。

罵り合いは頂点に達し、抑えきれなくなったチャーリーは壁に向かて拳をぶつけてしまいます。壁に穴があきます。そして、ニコールに決定的なことを言います。ヘンリーさえ残れば君がいなくなればいい、死ねばいいというようなことだったように記憶しています。さすがにチャーリーは泣き崩れていました。消えてなくなりたい気持ちでしょう。

一年後です。なんだかとても感傷的なシーンで終えていました。

裁判はほぼ五分五分で決着していたと思います。チャーリーがニコールのもとにヘンリーを迎えに来ます。前後は忘れましたが、ヘンリーがニコールの書いたチャーリーのいいところリストを読んでいます。ヘンリーはチャーリーに声を出して読んでと言います。チャーリーは読みます。奥にはそのふたりを見つめるニコールがいます。

あの最初の調停の場、ニコールが読んでいたら状況は変わっていた? いやいやそれはないでしょう。

そしてもうワンシーン、これも前後忘れましたが、チャーリーがヘンリーをニコールに戻すシーン、ヘンリーが眠ってしまっています。ニコールはチャーリーにそのまま連れていっていいよと言います。ヘンリーを抱いて車に向かうチャーリー、ニコールが待ってと声を掛けチャーリーに近づきます。ニコールは足元にかがみチャーリーの緩んだ靴紐をしっかりと結び直します。

むちゃくちゃ感傷的ですね。

「イカとクジラ」のウォルト、あるいはフランクなのか、両親の離婚を体験した子ども、言うなればバームバック監督が見ていたその風景を、まさに自分が体験してしまったという映画なのかも知れません。

ラスト近くでチャーリーが劇団員たちとバーで飲んでいる時に歌う「being alive」、「カンパニー」というミュージカルからの曲のようです。


Raul Esparza – Being Alive

チャーリーの劇団が演じていたギリシャ悲劇「エレクトラ」のモダンバージョンも興味あるところです。

やっぱり、Netflix 申し込んでみるか…。

イカとクジラ (字幕版)

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  • 発売日: 2013/11/26
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フランシス・ハ

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