テルアビブ・オン・ファイア

痛々しい。サラームがパレスチナの今だとしたら…

パレスチナが舞台の映画は、製作国や監督など、その映画がどのような背景のもとで作られたかをみないと、映画のもつ意味を理解するのは難しいです。

この「テルアビブ・オン・ファイア」のサメフ・ゾアビ監督は、(多分)イスラエル国籍のパレスチナ人で、テルアビブで生まれ育っていますがテルアビブ大学卒業後はアメリカに移りコロンビア大学で映画を学び、現在はアメリカ在住です。

テルアビブ・オン・ファイア

テルアビブ・オン・ファイア / 監督:サメフ・ゾアビ

という経歴からだと思いますが、映画がユダヤとアラブに関わる内容であるにもかかわらずかなり第三者的な立ち位置の映画になっています。

時代は現代、イスラエルのテレビ局が制作している「テルアビブ・オン・ファイア」という連続ドラマをめぐる物語です。

テレビドラマの内容は、舞台が1967年の第三次中東戦争前夜に設定されていますので、ひょっとしてきな臭い話? と思わせますが、まったくそんなことはなく、アラブ側がイスラエル軍の司令官から情報を得るために女性スパイを送り込むという話で、その女性と司令官の恋愛もの(になるかならないか)という、いわゆるソープ・オペラです。

現代のイスラエルとパレスチナの関係と半世紀前にもなるドラマ内のイスラエルとパレスチナと関係が二重構造として描かれているということになります。

現代の層では、パレスチナ系のテレビ局で働くサラームとエルサレムの検問所のイスラエル軍司令官アッシの関係として、そしてテレビドラマ内の層では、アラブ側のスパイ、ラヘルとイスラエル軍司令官イェフダの関係が対立と和解の象徴と描かれていきます。

ただ、というほど突っ込んだ描写がされているわけではなく、あくまでも象徴としてであって、基本、映画はシチュエーションドラマ(的)であり、笑えるという意味ではありませんがコメディではあります。

テレビ局で働くサラームは東エルサレム(ヨルダン川西岸?)からイスラエルに通勤しており毎日検問所を通ります。ある日、サラームは検問所の司令官アッシに問いただされ、成りゆきで人気ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の脚本家ということになってしまいます。アッシは、妻や家族がそのドラマを楽しみにしていることもあり、これ幸いとドラマのストーリーにちょっかいを出し始めます。

実のところ、サラームは脚本家ではなくヘブライ語の指南役なんですが、アッシから得たストーリーを提案し、それが採用されることで最後は本物の脚本家になっていきます。

ただ、サラーム自身は脚本家を目指しているわけではなく、何となくそうなってしまうという感じで、いざ周りが期待し始めるとまったくアイデアも浮かばず、アッシに頼ったりし、しかし、ある段階からは才能が開花したのか、一端の脚本家然となっていきます。

一方のアッシは、妻や家族に自分の考えたストーリーがドラマになることを自慢できますし、サラームが頼ってくることもあり、いい気になっていくのですが、ある段階からサラームが自分の思うように動かなくなり、サラームの身分証を没収し、自分のストーリーを使うことを強要します。

この身分証というのは、検問所を通る際に必要で、身分証がないとサラームは家に帰れないということになります。サラームはテレビ局に寝泊まりしていましたし、帰ろうにも帰れない状態を分離壁を仰ぎ見て落ち込む姿で描いていました。

この分離壁、この映画ではこのシーンだけでしたが、2016年のハニ・アブ・アサド監督の「オマールの壁」ではもっと明確に「分断」というものが描かれていました。

で、サラームとアッシが争っている(ということでもないが…)テレビドラマのストーリーが何かと言いますと、ラヘルはスパイとして司令官イェフダに近づいたもののイェフダに恋をするかどうか、そしてふたりは結婚するかどうかということで、そのこと自体はしょうもないことなんですが、ラヘルにはパレスチナ人(かな?)の恋人がいるという設定ですので、パレスチナを取るかイスラエルを取るかという単純な対立が反映されているということです。

ただ、サラーム本人はそのことにほとんど自分の意志を示しておらず、テレビ局のパレスチナ人スタッフの意思とアッシの板挟みになっているという描き方になっていました。

サラームは主体性のある人物に描かれてはいません。サラームにとっての最重要事項は元カノとのよりを戻すことであり、その元カノからも、あなたは5分として机に向かっていられないと集中力のなさを指摘されていました。

サラームを演じているのは「パラダイス・ナウ」のカイス・ナシェフさん、飄々とした感じがピッタリはまっていました。

で、映画、そしてテレビドラマの結末ですが、かなりの荒業を使っていました(笑)。

ラヘルとイェフダの結婚式です。ラヘルはブーケに仕込まれた爆弾のスイッチを押すよう指示されており苦悩の表情です。そこにラビが登場します。何が起きるかと思いましたら、ラビが帽子を脱ぎ、ひげをむしり取ります。ラビはイェフダが変装していたのです。

意味がわかりませんよね(笑)。

イェフダは検問所の仕事に嫌気が差しており、また妻や家族に人気のテレビドラマに出演できるということで大満足、片やサラームやテレビ局も結末先延ばしでシーズン2を製作できることになり万々歳ということです。

イスラエルでも上映されているようですので、どういう反応であったかは興味のあるところです。

それにおそらくパレスチナ自治区では見られないんじゃないかと思います。ガザ出身のタルザン&アラブ・ナサール監督「ガザの美容室」という映画がありましたが、これもパレスチナで上映されたわけではないようです。

果たしてパレスチナに映画館はあるのでしょうか。こんな記事がありました。

オマールの壁

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ガザの美容室(字幕版)

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