ストックホルム・ケース

アメリカン・ニューシネマの幻を見ているようだ

映画としては意外にも面白かったです。

意外にもというのは、「ストックホルム・シンドローム」についての映画なんだろうと見に行ったのに、(まったく)そうではなく単に犯罪ものの娯楽映画だったので、なーんだあと思ったのに、割と見られたというややこしい意味です(笑)。

この映画は、ストックホルム・シンドロームとは何かと考える上で必要な犯罪被害者の心理状態にまったく切り込んでおらず、単に警察よりも強盗のほうがいい奴だったというだけの話です。

この映画を見て「ストックホルム・シンドローム」について語ってはいけません。 

ストックホルム・ケース

ストックホルム・ケース / 監督:ロバート・バドロー

アメリカン・ニューシネマへの郷愁

ストックホルム・シンドロームについて詳しく語れるほどの知識はありませんが、少なくともこの映画のように、監禁された人質の女性が機関銃で武装した犯人に自ら(濃厚な)キスを求めにいくことではないでしょう。

そうしたことがあり得るとしたら、それはビアンカ(ノオミ・ラパス)の意識が「俺たちに明日はない」のボニーと同じところにあるということだと思います。

つまるところ、この映画はアメリカン・ニューシネマのノスタルジック・パロディだということです。

ラース(イーサン・ホーク)が銀行に押し入る出で立ちは完全に「イージー・ライダー」のピーター・フォンダですし、口ひげはデニス・ホッパーで、さらに登場シーンにはボブ・ディランの「New Morning 新しい夜明け」が流れるわけですからそれ以外には考えられません。

アウトローなのに(だからかも)女が惚れちゃうようないい奴、戦う相手は善の仮面を被った悪(とまでは言わないにしても)、そして映画全体にどことなく漂う長閑な雰囲気(コメディっぽい)、みなあの時代のものだと思います。

ただ、アメリカン・ニューシネマというのは基本若者の映画なのに、このふたり、ラースとグンナー(マーク・ストロング)はおっちゃんなんです(笑)。

監督のロバート・バドローさんは現在46歳、イーサン・ホークは50歳、ともにその時代を知っているわけではありませんので、アメリカン・ニューシネマへの郷愁というよりもあの時代の悲劇的なヒーローへの憧れがあるのかも知れません。

ネタバレあらすじ 

ラース(イーサン・ホーク)は革ジャンに革パンツ、長髪のかつらにカウボーイハットをかぶり、バッグには機関銃とトランジスタラジオを隠しストックホルムの銀行にやってきます。

1973年のことです。ラースは落ち着き払ってバッグからラジオを取り出しカウンターに置き音楽を流し、そして天井に向かって機関銃をぶっ放します。

ラースは客たちには出て行けと指示し、銀行員のビアンカ(ノオミ・ラパス)とクララ(ビー・サントス)を人質にとって立てこもります。

ただし、今どきの映画のような緊迫感を思い浮かべてはいけません。映画全体がゆるーい感じですので、人質が恐怖感を感じているような画もありません。即座に銀行の二階に警察の対策本部が設置され、そのことにも、は?という感じがする上に、陣頭指揮にあたる警察署長が一階のラースのもとに階段で下りてきて、まるで商談でもするかのような近さで交渉したりします。

ラースの要求は刑務所に入っている友人のグンナー(マーク・ストロング)の釈放と逃走用の100万ドルの現金とブルーのマスタングを用意することです。

あっさりグンナーが釈放されてきます。これは警察署長の策略で、刑を軽減する代わりにラースを説得させる取り引きです。ただ、これもグンナーが説得するような、あるいは裏切るようなシーンもありませんので物語的には大した意味はありません。

人質になったビアンカの夫が所長に連れられ二階から下りてきます。心配する夫にビアンカは今すぐ家に帰って子どもたちにご飯を食べさせてとそのレシピ(サーモンのバターソテーだったかな)まで丁寧に伝えます。その展開に映画の中の誰も違和感を抱かないという映画です。

ビアンカがラースにあなたのような銀行強盗を新聞で読んだことがあると言います。その銀行強盗はその最中に客のひとりが倒れたため救急車を呼んで助けた(みたいな話だった)と言った話で、ビアンカはかなり早い段階からラースに親近感を抱く演出になっています。

逃走用の車の手配は首相により拒否され長期戦になります。銀行のまわりには報道陣や野次馬が集まっています。警察署長はラースたちがいかに悪党であるか、人質はレイプされているとデマリークします。ラースやビアンカたちはその報道をラジオで聞いています。

ラースたちは金庫室に移動します。経緯は省略しますがもうひとり男性の銀行員の人質が増えて5人になっています。クララが生理になります。ラースがタンポンを持ってくるように要求し受け入れられます。

そりゃそうだよね、というより、こういう映画なんです。

こんなこともありました。ビアンカが子どもたちに電話をしたいと願い許されて電話をします。夫が出ます。レシピ通りご飯作れたと聞きますと、冷凍のミートローフ(だったかな)にしたと答えます。

というギャグかと言いたくなるような不思議な物語展開が続きますが、本筋の交渉は進展せず、いくら人質を殺すぞと脅しても逃走用の車の要求は受け入れられません。甘く見られていると考えたラースは、すでに自分に対する好意的な感情を持ち始めていると感じるビアンカを説得し、防弾チョッキを着させて撃たれる役をやらせます。ビアンカは撃たれることに怖さはあるにしても協力することに抵抗は感じていません。

そして実行されます。ラースは銀行のフロアーで大芝居をうちビアンカを撃ちます。気絶したビアンカを金庫室に担ぎ込みます。この大芝居をグンナーやクララは知らなかったようですがさほど騒ぎにはなっていません。なにかカットされているか、こういう映画なのかよくわかりませんが、とにかくビアンカは床に放って置かれていました(笑)。

後に意識が戻り、傷が痛い、氷と鎮痛剤がほしいと言いますので、ラースがクララの生理痛のためとの理由で警察にそのまま要求していました。こうしたどちらかと言いますとギャグ的なプロットで物語が組まれている映画です。氷は後に金庫が閉じられ兵糧攻めのような状態になった時に解けた水を飲むといった使い方がされています。

夜でしょう、金庫室ではみな横になって眠っています。撃たれた痕が痛いのかビアンカが起き上がります。気配を感じたラースがそばに寄ります。見つめ合って一言二言ありラースがキスをします。しばらく間があって再びキスをします。ビアンカが熱くキスを返します。ふたりは濃厚に抱擁し合います。

大芝居の効果があってか警察署長が車の鍵を持って金庫にやってきます。鍵を放り投げられ、それを拾うすきに金庫が閉じられてしまいます。

警察は階上から金庫室に穴を開け催涙ガスを流し込む作戦です。また、室温を下げたり上げたりして参らせようとします。ここで氷の水が使われています。

金庫室に穴が貫通します。怒ったラースが穴から階上に向け機関銃を乱射します。刑事の一人が負傷します。逃走用の車が用意されます。上階からカメラが下ろされていますのでビアンカは動けません。ビアンカを残し2人の人質(ここで2人必要だからあまり意味のない男の人質を増やしたのかも)に銃を突きつけ車に乗り込みます。発進しようとしたその時銃声がしタイヤが撃ち抜かれます。ラースたちはパニックに陥り、先導していた刑事はこれは間違いだ!誰が撃った?!と叫んでいます。(これが計略かどうかはわからない)ラースたちは金庫室に戻る選択をします。

その間に、カメラで金庫室を見ていた所長がビアンカの様子を不審に思い催涙ガスの投入を命じ、ビアンカが咳き込み生きていることに気づきます。ラースたちが戻ってきます。ビアンカがバレている!と叫びます。

なぜ警察署長はラースたちが車で逃走しようとする銀行前の広場に行かず対策本部で金庫室のカメラ映像を見ていたのかという突っ込みはなしにしても、なぜビアンカはバレているとわかったのでしょう(笑)。

再び全員が金庫室に閉じ込められます。催涙ガスが投入されます。ラースたちは投降します。

後日、海辺、夫と子どもたちが波に戯れる姿を見つめるビアンカ、「あの瞬間が忘れられない(みたいな感じ)」のモノローグが入って終わります。

どう考えてもストックホルム・シンドロームではない

繰り返しになりますが、これはどう考えてもストックホルム・シンドロームではなく、アウトローだがいい男に惚れてしまった女の話です。

さらに言えば、すでに時代は、その「俺たちに明日はない」的価値観をマジで描くことに抵抗を感じられるようになっており、コメディ要素を入れて第三者的立ち位置を装うしかなくなっているのだろうと思います。

ビアンカはあのノオミ・ラパスだった

ビアンカを演じていたのは、「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女(2010)」のノオミ・ラパスさんでした。役のリスベットはヴィジュアルとしてもかなり記憶に残っています。その後は「パッション/ブライアン・デ・パルマ監督(2013)」を見たくらいで久しぶりです。「ミレニアム」は10年前の映画ですので当時30歳、ずいぶん成熟した俳優さんになっています。

このビアンカも淡々と演じてよかったです。

イーサン・ホークさんと監督のロバート・バドローさんはチェット・ベイカーの晩年を描いた「ブルーに生まれついて」の組み合わせですので、その映画で意気投合したんでしょうか。

馬鹿げているけれども真実か?

映画は「Based on an absurd but true story」とのスーパーで始まります。

馬鹿げているけれども真実にもとづいているということで、「ストックホルム・シンドローム」の語源となった事件、1973年8月23日にストックホルムで起きた6日間に渡る人質事件「ノルマルム広場強盗事件」をベースにした映画ではあります。

映画はほとんど作り話なんでしょうが、実際には何が起きていたんでしょう。興味ありますね。

ウィキペディアにはラース(オルソン)のその後について、

オルソンは1980年に出所し、自動車販売の仕事に就いて社会復帰した。その後オルソンは、ある経済犯罪の疑いでスウェーデン当局から追われ、10年にわたる逃亡生活を続けた後、2006年に自ら出頭したが、その時点で嫌疑は既に晴れていた。その間、オルソンは、タイに15年間居住し、タイ人女性と結婚している。2009年には、オルソンの自伝『Stockholms-syndromet』(『ストックホルム・シンドローム』) がスウェーデンで出版された。 

とあります。

結局のところ、確かにこのオルソンの人生は馬鹿げているけれども真実であるにしても、映画が語っているのは「ストックホルム・シンドローム」などという、たとえば拉致され監禁された少女が犯罪者に好意を寄せるなどということはありえないということでしょう。

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