そんなには褒めないよ。映画評

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ブランカとギター弾き

(ネタバレ)映画はシンプルなのに物語は深い

2017/08/18

こういう映画を撮ることが出来る長谷井宏紀監督ってどんな人? と公式サイトを見てみましたら、

2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。

とあります。 

監督:長谷井宏紀

ヴェネツィア・ビエンナーレ&国際映画祭の全額出資を得た長谷井宏紀監督がマニラを舞台に撮影した。YouTubeで人気を集めていたブランカ役のサイデル・ガブテロは美しい歌声と演技力で観る者を強く惹きつける。盲目のギター弾きはフィリピンの街角音楽家ピーター・ミラリ。母親を買うことを思いついた孤児の少女ブランカと盲目のギター弾きの“幸せを探す旅”。(公式サイト)

なるほどね、という感じがします。

何がかといいますと、映画は全編、フィリピン マニラのスラムを舞台にしているのですが、カメラが外部の眼じゃないんです。

なかなかこういう画は日本の映画では撮れないですよね。カメラの視点もそうですが、映画自体が押し付けがましくなく、それでいてある種の本質を掴んでいる感じがします。

キャスティングが無茶苦茶いいです。

ブランカのサイデル・ガブテロさんとピーターのピーター・ミラリさんはもちろんですが、ストリートチルドレンのセバスチャン、ラウル、それにクラブで下働きとして働いていた人や(多分)トランスジェンダーの人たちも、皆俳優ではないようですがそれぞれが映画を作っている感じがします。

普通(というのも変ですが)に作れば、涙だらだらの感動ものになりそうな物語です。

父を知らず、母は男と何処かへ消えてしまったストリートチルドレンのブランカは、物乞いや泥棒をしてひとりで生きています。ある時、テレビの有名女優を見た男が「金があったらこんな女を買いたいなあ」とつぶやくのを聞き、お金で母親を買うことを思いつきます。

ただ、この映画はそのことから連想される母子ものではありません。これは物語を進めていくためのひとつの要素であって、映画の一番の軸は、盲目の路上ミュージシャン ピーターとの出会いです。物語の要素としては、もうひとつ、同じストリートチルドレンのセバスチャンやラウルとの出会いがあります。

この3つの要素をうまく関連させながら実にうまく物語を組み立てています。とにかくシンプルに作られています。何かを強く主張しようというところもなく、俳優を信じ、カメラ(マン)の撮る画を信じている感じが伝わってきます。

ブランカとピーターの出会いのシーンもうまいですね。最初、ブランカは自分が物乞いして集めたお金を路上で演奏するピーターの前の空き缶に入れるのですが、母親を買おうと思いついた後は、逆にピーターの空き缶のお金を取ろうとします。

その時のピーターの優しい声と台詞がまたいいんです。「この間はくれたのに今日は取っていくのかい?」みたいな台詞だったと思います。内容は普通ですね(笑)。それだけピーターの演技といいますか、キャラクターが良かったということです。

で、ピーターはブランカに歌ってみないか?と誘い、しばらく戸惑っていたブランカが最初はたどたどしく、やがて曲に入り込むように歌い始めます。この歌も素晴らしいですね。

サイデル・ガブテロさん、2004年生まれとなっていますから当時11歳くらいですか。Youtube にオフィシャルチャンネルを持っています。

www.youtube.com

で、二人は、その歌声を聞いたクラブのオーナーにスカウトされ、眠るところと食べるものも手に入れ、ステージの評判も上々、このままうまくいくのかとも予想させます。

ところが、クラブの下働きの男が二人をやっかみ、レジのお金を盗み、ブランカの仕業にして陥れます。この展開もうまいんですよね。

夜中にピーターが水を飲みにホールへ出ていきますと、その男がレジからお金を盗んでいきます。ピーターは「ビアンカか?」と尋ねますが答えはありません。当然、ピーターにはビアンカでないことは分かっていますし、おそらくその男であることも分かっていると思います。それでも、その後、ブランカがオーナーに問い詰められている時も、ピーターは何も言いません。それが不自然と感じられないキャラクターとして、おそらく本人そのものだと思いますが、そうした人物としてピーターは存在しています。

クラブを追い出された二人は、再び安定した食と住を失います。そこにストリートチルドレンのセバスチャンとラウル、そして「母親を買う」という話が関わってきます。

すでに映画のかなり早い段階、ブランカが「母親を買います」という張り紙をする場面でひとりの女性を登場させており、その女性がここで再び登場し、ブランカを最終的には売春を強要されるだろう所に売ろうとします。

兄貴分のラウルはそれを手助けしてお金を得ようとし、使いっ走りのように使われているセバスチャンはブランカを助けようとします。

いろいろあって、ラウルに囚われたブランカが鶏小屋に閉じ込められるのですが、これも象徴的です。前半に、ブランカとピーターが街を移動するために乗せてもらうトラックのシーンで、荷台で風を受けながら大空に飛び立つようなカットがあり、その時(じゃなかったかも?)鶏は飛べるの?といった会話があり、それが伏線となっていることもありますし、閉じ込められているそのものの象徴的な意味合いも伝わってきます。

で、セバスチャンの手助けにより駆けつけたピーターがブランカを助け出し、これを機にブランカは自ら孤児院に入ることを申し出ます。

この孤児院についても、前半でそれとなく触れられており、あざとくならない程度にかなり気を使って組み立てられている印象です。

ラストです。孤児院での生活は特別嫌なことがあるわけでもないのですが、ある時、ブランカはピーターのもとに帰ることを決心し孤児院を抜け出します。このあたりも、たとえば虐められるとか何かの理由を作ることなく、ブランカの心の中の気持ちだけで行動させていることには、とても新鮮で脚本なり監督なりのセンスを感じます。

そして映画は、いつもの広場でギターを弾くピーターと少し離れた所に孤児院から駆けつけたブランカを俯瞰のカットでとらえて終わります。

あるひとつの社会なり生活環境を外からではなくその中の目線で、また同情を誘うようなドラマ作りになりがちなところをこれだけシンプルに、それでいてその社会なり描いている対象の抱える問題点を浮かび上がらせることは、そんなに簡単なことではありません。

この映画は、完璧とは言いませんが、そうした志向を持ち、ある程度それを成し遂げていると思います。

願わくば、シンプルでありながら、力強い何か、たとえばカメラワーク、音楽的なもの(音楽という意味ではない)など、何かもうひとつの力があればという感じはします。

いずれにしても、こうした映画はなかなか日本では撮れないのではと思いますので、長谷井宏紀監督には今後も海外での活動を期待しています。

映画.com に「福永壮志&山本政志&長谷井宏紀、海外で映画製作する醍醐味とは」との記事がありました。

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