そんなには褒めないよ。映画評

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きみの鳥はうたえる

(ネタバレ)映画としてはまとまっているが、佐藤泰志っぽさが消えてしまった

2018/10/01

え? こんなラストだった? と、原作を読み直してみましたら、やっぱり全く違っていました。

佐藤泰志さんの『きみの鳥はうたえる』の映画化です。「海炭市叙景」「そこのみにて光り輝く」「オーバー・フェンス」に続いて4本目ですが、佐藤泰志さんの小説は、映画向きの話にみえて、なかなか難しそうですね。

公式サイト / 監督:三宅唱

この映画、函館のミニシアター「シネマアイリス」の製作ということで、前三作も函館の市民団体どうこうという話を目にしたことがありますので、おそらくその繋がりなんだと思います。

この秋、公開!函館でなければ撮れなかった青春映画『きみの鳥はうたえる』 | 北海道Likers

そこらあたり、この記事で少しわかりました。

監督の三宅唱さんの映画は、「Playback」を見ていますが、読み返してみますと、あまりいいことは書いていません。

で、映画ですが、衒いなく作られており、画にこだわりも感じられ、シンプルにまとまっていていい感じだと思います(えらそうでペコリ)。

でも、佐藤泰志さんの匂いはしません。

(映画の)物語はシンプルです。

でも、深読みすれば深いです(笑)。「僕」(柄本佑)と静雄(染谷将太)は、冷凍倉庫で働いていた時に知り合い、特に何というわけでもなく、今はアパートの一室に二段ベッドをおいて共同生活しています。

これ、今どきのシェアとは全く違う関係です。

どういうことかと言いますと、この二人、無茶苦茶濃密な関係なんですが、その濃密さを、お互いにも、そして他人にも見せない関係ということです。

今どきのシェアは、全くの想像ですが、濃密な関係が欲しいのに、壊れるのが怖くて、そこそこの関係にとどめている関係ではないかと思います。

で、その二人の間に、佐知子(石橋静河)が加わります。

この三人のひと夏の出来事です。

「僕」と佐知子は同じ本屋さんで働いています。「僕」が無断欠勤した夜、佐知子と本屋の店長が連れ立って歩いているところに出くわします。二人はつきあって(もう少し下世話な感じのニュアンス)いますし、「僕」もそのことは知っているのでしょう。でも、「僕」はそんなことなど気にもかけて(いないと自分に思い込ませているのだけどそんなことなどおくびにも出して)いません。

すれ違いざま、佐知子が「僕」の腕にそっと触れていきます。「僕」は佐知子が戻ってくるのだろうと120だけ数えて待つことにします。

このシーンは良かったです。こういうカッコつけのシーンを嫌味なく描けているのは佐藤泰志っぽいと思います。

で、佐知子は戻ってきます。飲みに行く約束をします。でも、「僕」はすっぽかします。眠ってしまったからです。「僕」は後悔もしませんし、後に佐知子にも寝てしまったからとさらりと言ってのけます。佐知子もさほど気にしている様子はみせません。

佐藤泰志さんの小説はこういうかっこつけの話なんです。その点では、この映画はとてもうまく出来ていると思います。

佐知子との約束をすっぽかしたその夜、「僕」は静雄とオールナイトの映画を見に行きます。確か、静雄は兄にお金を借りに行って戻ってきたんだったと思いますし、そもそも静雄は働いていません。

何考えてるの、こいつら、みたいな感じでしょうが、こういうのって、多くの人の憧れですよね(笑)。今の世の中、ちょっとばかりきつすぎます。

で、後日、「僕」と佐知子がアパートの二段ベッドでセックスしていますと、静雄が帰ってきます。ドアを開け、気配に気づき、そのままドアを閉めて出ていってしまいます。ことが終わったころ、静雄が戻ってきて三人で飲みます。皆わかっているのですが、そんなことが何という感じで、以前からの知り合いであるかのように自然に互いを茶化したりして楽しく過ごします。ただ、静雄は悪酔いします。

こういう三人の関係が続きます。無茶苦茶楽しい日々だと思いますよ(笑)。

夏の終わり、常連となっている店の恒例なんだと思いますが海水浴のイベントがあります。静雄と佐知子は行きますが、「僕」は行きません。行かないことに理由はありません(と、「僕」は考えています)。

二人が海水浴から帰ってきます。佐知子が話があると言い、「これから静雄と一緒にやっていく」と言います。「僕」は、「佐知子と静雄が出会えて本当に良かった」と言います。

静雄(ちょっと遠出しています)が帰ってきたら三人で飲みに行こう、と終わるのが佐藤泰志ですが、映画はそうはなりません。「僕」は、佐知子と別れた後、ふと立ち止まり、佐知子を追いかけます。

「僕」はなんて言いましたっけ? 「好きだ」とでも言いましたっけ? 何も言いませんでしたっけ?

あのラスト、佐知子の微妙な表情が救いですが、最後までカッコつけなきゃ、佐藤泰志じゃないですね。

おそらくこの映画を見られた方は原作を読まれていると思いますが、映画では、原作の重要な部分を落としてしまっています。

原作では、「僕」と佐知子は極めて自由な存在なんですが、静雄だけは家族関係を引きずっています。母親が心の病で入院し、その見舞いに行った静雄は母親を殺し、警察に追われることになります。佐知子は静雄を探しに行くといい静雄を追います。「僕」は、それもいいだろうといった感じで佐知子を見送ります。静雄から電話が入ります。「とことん逃げまくれ」と言います。でも、佐知子がそっちへ向かったとは言いません。そして、翌日、あっけなく静雄が捕まったことを知るのです。

今どき、こういうハードボイルドさは受けないということなのか、あるいは理解できないということなのか、この映画もまたかなり甘めの恋愛ものとして終えています。

たしかにそのほうが今どきの感じはするかもしれません。でも、この映画を本当に佐藤泰志らしく描こうとするなら、「僕」は、「ハンフリー・ボガート」を気取っていると考えるべきでしょう。

さらに言えば、佐藤泰志の苦悩は、本音をさらけ出せない人間の苦悩ではないかと、私は思います。

きみの鳥はうたえる (河出文庫)

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