あのこは貴族

女性たちは軽やかに階層社会を超える

「あのこは貴族」とのタイトルから漫画原作のラブコメだろうとスルーしていたのですが、ちらちらと目にする細切れ情報からどうも違うようだと思い直し見てみましたら、ふたりの俳優に現代的な存在感のあるいい映画でした。

あのこは貴族

あのこは貴族 / 監督:岨手由貴子

女性たちは軽やかに階層社会を超える

タイトルからすれば、あの娘は生まれが違うわよねと、それが憧れとなるかやっかみとなるかはわかりませんが、どちらにしても主人公があの娘との間にある一線を強く意識する物語だろうと想像してしまいます。

でも、この映画、まったく違っていました。

そもそも、この映画の主人公のふたりの女性、華子と美紀がストーリーの中で絡むシーンは2シーンしかありません。その出会いにしてもある男の妻となろうとしている華子とその男の浮気の相手という、一般的にはかなり下世話な関係として対面するわけです。

しかし、そのシーンが意外な展開をみせて、え、そういう映画なの?!と驚かされます。それまでの退屈なながーいプロローグ(ペコリ)から一気に本題に入るような感覚です。そこまで映画の半分くらいあったのではないかと思いますが、華子がアッパーミドルクラスに属する女性であり、美紀はその下(単に年収比較として)のクラスに属していることが示されます。また、もう一段上のアッパークラスの幸一郎という男性が登場します。

華子には階層意識はないようにみえますが、自分に見合った男性(以上)との結婚を目的としている点ではその価値観の中で生きているわけですし、一方の美紀にしても自分の属する階層から抜け出すための進学でしょうから無意識的にも受容しているということになります。

そのふたりの出会いが意外な展開になるといっても、ふたりにとって決定的なものになるわけではありません。これがこの映画のよさでもありますが、ゆるやかに変わる契機という感じです。

その後、華子は幸一郎との結婚、離婚を経て、制度としての結婚という呪縛から解き放たれ必然的に階層から自由になります。美紀は行動的なタイプではありませんが現代女性らしい強靭な精神力を持っています。いわゆるタフです。それが華子に刺激を与え、また、親友からは起業を持ちかけられることになります。

そしてラストは象徴的です。ふたりはまったく別の場所でそれぞれ女性の友とともに今その時代を生きていくわけです。

もちろんその後は誰にもわかりません。

想像力を刺激する

エピソードで物語を語らない映画は想像力を刺激します。

この映画で言えば、前半は結構あぶない感じですが(笑)、門脇麦さんが救っています。お嬢さまを演じようとしたのかもしれませんが、感情を相当抑えた演技をしています。その分かなり心情が読みにくいです。顔立ちが大人ですので余計に何を考えているのか難しく感じられます。

物語を説明する台詞がないのもとてもいいです。物語を説明的に語るというのはある種の言い訳です。言い訳のない映画は気持ちがいいです。この映画は言い訳をせず俳優を信頼して物語を生み出そうとしています。

結果として、おそらく多くの同年代女性が自分を重ね合わせやすい映画になっていると思われます。

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

華子はどんな人?

章立てのタイトルが入っていましたがはっきり記憶していません。

榛原華子(門脇麦)27歳、東京で開業医を営む家の三女、結婚することが女性の幸せと育てられ、本人もそれに疑いを持っていません。

と、公式サイトの「東京に生まれ、箱入り娘として何不自由なく成長し、「結婚=幸せ」と信じて疑わない華子」にあわせて書きましたが、実はあまりそのようにはみえません。むしろ華子は常に迷いのある女性にみえます。

最初のシーンが家族の食事会で、そこに華子は婚約者同伴で出席予定であったのが婚約を解消されひとりでやってくるというシーンです。華子は一貫して沈みがちですが、振られたことを思い悩んでいるというよりも、もっと深い、結婚そのものに迷いを持っているようにみえます。

でもそれでいいのです。後に青木幸一郎(高良健吾)と結婚、そして離婚する一連の流れにはその方が自然です。

ですので逆に言えば、最初の食事会の会話が華子の結婚に関連する話ばかりであることやそのシーンに続く見合いやら紹介やらで3人の男性と会うシーンは過剰な感じがします。なにせその3人の男というのが、年収はあってもダサい男、付き合い慣れしたマンスプ系の男、そしてまったく価値観の違う鬱陶しい男というのは、それこそラブコメの導入みたいなものです。ここをもう少しシンプルにまとめれば華子のシーンがもっと締まったのではないかと思います。

実際、この映画がよくなるのは後半です。

華子が同級生たち数人とお茶しています。話題は結婚話です。ヴァイオリニストの逸子(石橋静河)は結婚するつもりはないと言っています。

華子は誰か(忘れた)の紹介で幸一郎と会います。幸一郎は慶応出の弁護士で、いわゆる家柄もよく親族(叔父だったかな?)には政治家もいます。華子はひと目で気に入ったようです。帰り際、華子の方からまた会えますかと尋ねます。

ふたりはデートを重ね、ある日、幸一郎は別荘(だったかな?)に華子を誘い、これは我が家に代々受け継がれてきた指輪だ(みたいな感じ)と言いプロポーズします。華子は受けます。

その夜、ふと目覚めた華子は幸一郎のスマートフォンの着信を目にします。そこには時岡美紀の名前で「わたしの充電器持っていってない?」と表示されています。

このシーン、華子は着信音で目覚めたわけではなく先に目覚めています。横には幸一郎が眠っています。スマートフォンの位置やら着信の内容などのわざとらしさは置いておくとして、ふと目覚めたことからすれば、やはりここでも華子は常に迷いを持っている女性にみえます。

この華子の人物像は原作のものなのか、演出による演技なのか、門脇さんの持っている人格的なものなのか気になります。どうしても「「結婚=幸せ」と信じて疑わない華子」には見えないんです。

とにかく、ここまでが華子の章です。この映画、第何章、何々と章立てのタイトルが入ります。全部で5章くらいあったと思います。タイトルそのものは記憶していませんし、必要であったとも思えません。

美紀はどんな人?

時岡美紀(水原希子)32歳、東京から富山に帰省します。正月でしたので華子の食事会と同じ年ということでしょう。美紀にはどことなく気だるさが漂っています。実家には両親と弟がいます。いわゆる地方都市の平均的な家族のようです。

水原希子さん、私には「ノルウェイの森」以来なんですが、この美紀役、むちゃくちゃいいですね。

美紀の過去がフラッシュバックで入ります。

美紀は富山の高校を卒業後、親友(と思う)の里英(山下リオ)とともに慶応に入学します。慶応には内部生、外部生のカーストがあり、幼稚舎から上がってきた人たちが云々(よく知らない)と語られます。美紀の目線でその内部生たちが団らんしているシーンがあり、そこに幸一郎がいます。また、美紀と里英が内部生のふたりの女性とお茶をし、値段をみれば4,200円というシーンが挿入されています。

ある日、美紀は幸一郎に講義のノートを貸してほしい、コピーを取って返すからと話しかけられます。

美紀の父親が職を失います。美紀は大学をやめてほしいと言われますが、自分でなんとかすると言いキャバクラでバイトを始めます。しかし、無理だったようで中退します。その後もキャバクラのバイトは続け、そこで幸一郎と再会します。

その後、紹介で(幸一郎のかな?)会社勤めとなりバイトはやめています。

この一連のフラッシュバック、見ているときはあまり気になりませんでしたが、こうやって書いてみますとかなり段取りですね(笑)。これも水原希子さんが救っているということでしょう。

現在に戻ります。地元で同窓会に出た美紀は里英と再会します。里英は地元の企業で働いており、その経験を生かして東京での起業を考えていると言います。

ここでやっと重要な登場人物4人がそろいました。華子と逸子、そして美紀と里英です。

華子、青木家を訪れる

華子が青木家に挨拶に訪れます。幸一郎の祖父を真ん中にし、両親と叔父夫婦(だと思う)が居並ぶ中に華子が入ってきます。

このシーンでは華子の動作に和の作法を見せていました。どこかの台詞でもあったと思いますが、華子の家がアッパーミドルクラスとすれば、幸一郎の家はアッパークラス、支配者層ということを見せているんでしょう。また、絵面としても典型的な家父長制の一族を見せています。祖父は華子に調べさせてもらった、結婚を許すと言います。

華子と美紀、互いを知る

あるパーティーで、逸子がヴァイオリンを演奏しています。幸一郎がいます。美紀もいます。美紀は逸子に自分はパーティー企画の仕事をしていると自己紹介をして話しかけ、名刺を渡そうとしますがあいにく切らしており、通りがかった幸一郎を呼び止め名刺を借りてその裏に自分の連絡先を書いて渡します。

記憶違いかもしれませんが、美紀は逸子の名刺をもらっていましたっけ? もらわなきゃ仕事を依頼できないじゃないですか(笑)。記憶違いじゃなきゃ段取りシーンということでしょう。

青木幸一郎の名刺の裏に時岡美紀の名前と連絡先です。逸子は華子の婚約者の名前を知っています。この前後どこかに美紀と幸一郎がベッドにいるシーンが入っています。

そしてふたりの出会いシーンです。ホテルのラウンジ、美紀と逸子が向かい合っています。逸子から呼び出したようです。逸子が幸一郎には婚約者がいることを知っているかと尋ねますと美紀は知らないと答えます。もうすぐその婚約者が来るがあなたを問い詰めようということではないと言います。華子がやってきます。

このシーンがこの映画の肝でしょう。

この時、美紀は動揺した様子を見せることなくわずかに緊張感を漂わせるだけです。美紀にとっては知らなかったことを知った驚き程度にみえます。美紀が幸一郎に依存した存在ではないということの現れです。すでにこの時点で幸一郎という男の存在はかなり後景に押しやられています。

やってきた華子がいきなり母親から持っていきなさいといわれたと言い、これをどうぞとひな祭り展のチケットを渡します。美紀はこういう展覧会に母親と一緒に出かけるのかと驚きます。さらに家では姉妹の数だけ雛人形を飾ると聞いてさらに驚きます。

このときの華子の心情はわかりにくいのですが表面通りにとれば、美紀に嫉妬を感じていないわけですから夫となる幸一郎に対する思いもそれと同程度だということになります。さらに突っ込んで考えれば、そもそも夫に自分以外の女性がいること自体に疑問を持たない価値観の世界に生きているということも言えます。

男にまったく依存していない美紀と男に一対一の関係を求めない華子ということでしょう。

美紀は華子に、もう幸一郎と会うことはないと言います。

華子、結婚する

華子と幸一郎は結婚します。

その後ふたりのシーンがいくつかありますが、幸一郎が華子の方を向いていると感じられるシーンはありません。華子も相変わらず迷いのある女のままです(多分)。青木家の跡継ぎの誕生が待たれているという話も出たりしていますが華子が焦ったりする様子はありません。

幸一郎の祖父が亡くなります。幸一郎が政治家の叔父(だったかな?)の秘書になります。華子は驚きますが、やはり幸一郎は華子の方を向いていません。ただ、幸一郎はいつも疲れた様子です。さほど強調されているわけではありませんが、幸一郎自身も自分の人生を重荷に感じているようには描かれています。

華子は働くことを考え始め、義兄(書いていませんがいます)に相談します。義兄は幸一郎はいずれ政治家になるんだからまず相談したほうがいいと諭します。

ある日、華子はいつも疲れた様子の幸一郎に私にできることがあったら言ってほしいと訴えます。しかし、幸一郎は結婚してくれただけで十分だ、華子だって一緒だろと言い背を向けてしまいます。

つまり、幸一郎は、自分は代々続く青木家の一コマでしかないと自覚しているということであり、そこから抜け出す気力もないということで、まったくもって男社会には未来がないことが示されているとしか思えません(笑)。

華子、美紀と再会する

華子はタクシーの中から自転車で走る美紀を見かけ声を掛けます。美紀は華子を自分の部屋に誘います。

書いていませんが、美紀は里英から一緒に起業しないかと誘われ、そう言ってくれるのを待っていたと答えるシーンがあります。パーティー企画の事業でおそらくそうした準備の時期なんだろうと思います。美紀には若干そうした充実したところが感じられます。

ふたりはベランダに出て外の景色を眺めています。華子は東京のこういう風景を初めて見たと言います。

どういう意味かよくわかりませんでしたが、東京タワーが民家やマンションの間から半分くらい見えていましたので住む場所が違う、つまり階層が違うということを(映画が)言っているのだと思います。

一貫して華子は無神経なんですが、門脇さんの演技しない演技がそれを嫌味に見せていません。おそらく演出でもあり、それに応えての演技だと思います。結果としてその空気が映画のトーンをつくり良い方向にいっているのだと思います。

華子が変わっていくひとつの現れでもあります。

美紀はその後里英と起業したようです。

華子、離婚する

いきなり華子が幸一郎の母親に頬を叩かれ、華子と両親が幸一郎と両親の前で額を畳につけるようにしてわびています。

一年後の華子

公共施設のオープンスペース(のようなところ)でミニコンサートが開かれようとしています。外の広場では華子と逸子が子どもたちと戯れたり乗り物を借りて楽しそうに遊んでいます。

幸一郎が数人の男たちとともに施設に向かって歩いていきます。華子が呼び止めます。幸一郎の胸には議員バッジがあり、ここも選挙区だからと言います。華子は逸子のマネージャーをやっていると言います。

やがて逸子の演奏が始まります。幸一郎が演奏を聴いています。華子が幸一郎を見つめますと、幸一郎も花子を見つめ返します。

幸一郎は華子が見上げるような位置にいますが、幸一郎は相変わらず疲れた表情をしています。華子の表情には迷いがありません。

で、終わりますが、上の画像のふたりのシーン、その随分前ではありますが美紀と里英が自転車に相乗りするシーンと対になっています。

これがこの映画のテーマでありメッセージということでしょう。

階層社会は男社会の産物

幸一郎の一族は完全なる家父長制ですし、華子の家族にしても父権は強調されていませんが価値観はほぼ同じです。

そうした男社会が階層社会を生み出しているようにも思えます。

そう単純ではないにしても、この硬直化した階層社会を解体できるのはまったく違った価値観でしょうし、それを生み出せるのは女性なのかも知れません。

グッド・ストライプス

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  • 発売日: 2015/12/24
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