そんなには褒めないよ。映画評

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エンテベ空港の7日間

(ネタバレ)事実よりも人間を、アクションよりもメンタリティーを描く

2019/10/08

1976年に実際に起きたハイジャック事件、そして人質救出作戦「エンテベ空港奇襲作戦」を描いています。 過去に3度映画化されているようですが、すべて直後の1976年(エンテベの勝利、特攻サンダーボルト作戦)と1977年(サンダーボルト救出作戦)です。

エンテベ空港の7日間

エンテベ空港の7日間 / 監督:ジョゼ・パジーリャ

半世紀も前のその事件をなぜ今映画化するのだろうと思いましたが、見て納得です。

アクション映画ではありません。登場人物がそれぞれ信念のもとに行動し、またその信念が現実とぶつかって変質していくさまを描いた映画です。

ハイジャック事件で映画的な見せ場をつくろうとすれば、人質たちの恐怖や救出作戦のスリルやサスペンスというのが常道かと思いますが、ジョゼ・パジーリャ監督にはその気はまったくないようです。

オープニングとクライマックス、そしてエンドロールにコンテンポラリーダンスを持ってきていることが典型的にそれを現しています。そのダンスのコレオグラファーはオハッド・ナハリンさん、日本でも公演しているイスラエルのカンパニー「バットシェパ舞踊団」の芸術監督です。

このダンス「Who knows “One”」が使われていました。


Echad Mi Yodea by Ohad Naharin performed by Batsheva – the Young Ensemble

映画の物語とどういう関係があるかといいますと、救出作戦に赴くイスラエル軍の兵士の恋人がダンサーのひとりで、この動画のスーツを着たまま最後に倒れ込む役をやっていました。

オープニングでこのダンスのリハーサルシーンのさわりを見せ、クライマックスでは救出作戦とダンスの公演シーンをクロスカッティングで見せていました。そして、エンドロールにはこちらのダンス「LAST WORK」の冒頭部分が使われていました。Youtubeに映画そのものの動画がありますが著作権が怪しいですのでこちらを引用しておきます。


バットシェバ舞踊団/オハッド・ナハリン『LAST WORK-ラスト・ワーク』舞台映像

映画です。

ジョゼ・パジーリャ監督はよく知りませんでしたがベルリン映画祭で「エリート・スクワッド」という映画が金熊賞を受賞しているんですね。それになんと日本未公開のようです。「バス174」は見ていませんがDVDを借りようとして見ずに終わっている記憶があります。

映画の基本的なストーリーは、おおよそ明らかになっている史実をもとに描かれているとは思いますが、個々の人物の造形は監督や脚本のグレゴリー・バークさんのものだと思います。

ハイジャック犯のヴィルフリード・ボーゼ(ダニエル・ブリュール)とブリギッテ・クールマン(ロザムンド・パイク)はドイツの「革命細胞」の一員、映画の中でウルリケ・マインホフが獄中で自殺したことがクールマンの口から語られていましたのでドイツ赤軍の一員かと思って見ていましたら違う組織のようです。

ふたりはパレスチナにシンパシーを感じ、PFLPと共闘しています。同時に組織自体が弱体化しており組織のプロパガンダとしてハイジャックの道を選びます。クールマンの恋人(かな?)でもある同志はハイジャックに否定的で参加しません。この迷いが最後までふたりを悩ませます。

そして、この映画のオリジナルだと思いますが、ドイツ人がユダヤ人を人質にし監禁することはナチスを想起させ、ドイツ人の持つ(と想像する)トラウマ、罪悪感がふたりを襲います。

乗客のひとりに、腕に刻印のあるアウシュビッツのサバイバーを登場させています。ただし、そのことをことさらドラマチックに描こうとしているわけではありません。ふたりの、特にボーゼの内面的な葛藤として描かれているだけです。

ハイジャックを成功させウガンダのエンテベ空港に着陸したものの、二人に主導権はありません。イスラエルとの交渉はPFLPとアミン大統領の手にあります。人質の扱いも二人の思うようにいきません。特にボーゼは心優しい(臆病?)人物で、機内で妊婦が流産しそうと言えば開放し、エンテベ空港でもホロコーストのサバイバーへの同情心を捨てきれません。

クールマンの方はやや強硬な人物となっています。というより、むしろそうしなくてはいけないと自らを律している印象の人物です。ラスト近くに、恋人であるハイジャックを拒否した同志に自らの後悔を電話をするシーンがあります。ただ、その電話は故障しています。もちろん本人はわかっています。

全体的に好印象なんですが、このふたりの描写のツッコミがやや足りません。もう少し押し出しを強くしてもよかったのではと思います。

エンテベ空港と並行して描かれるのがイスラエル政府内です。主要人物はラビン首相(リオル・アシュケナージ)とペレス国防相(エディ・マーサン)、これもあまりはっきりしないのですが、どちらかといいますとラビンは穏健派、ペレスは強硬派として描かれています。

実際にはアメリカやソ連とも交渉したり、様々な裏工作をしているのでしょうが、そうしたところは何も描かれていません。やや深みの足りない映画になっているゆえんです。

具体的なことが描かれていませんので印象ですが、ラビン首相は交渉による解決、ということは、PFLPの要求である、イスラエルに拘束されているパレスチナの活動家の釈放にも応じるということになりますが、それをも前提として交渉を考えています。

一方、ペレス国防相は早い段階で秘密裏に救出のための軍事作戦を計画しています。その作戦は、夜間に、アミン大統領が使っている黒のベンツを載せた輸送機でエンテベ空港に着陸し、そのベンツでハイジャック犯やウガンダ軍を急襲し、人質を救出するというものです。

そのイスラエル軍の兵士のひとりが最初に書いたダンサーの恋人です。

アクションものでもサスペンスものでもありませんので救出作戦は特に障害もなく淡々と実行されます。ダンスシーンとのクロスカッティングシーンは、確か、そのシーン全体にダンスの音楽が流れていたと思います。これは結構新鮮でよかったです。

救出作戦は映画的にはあっけなく終わり、ドイツ人のふたりもあっという間に射殺されてしまいます。

ボーゼとクールマンの信念は決して間違っているわけではないでしょう。でもそれが現実とぶつかる時、ハイジャックという犯罪になり、人道的にも人質を苦しめる結果となり、本人たちも死という結果になってしまいます。

ユダヤ人の(歴史的な)苦難の道を考えれば、イスラエル建国の思いを否定することもできませんし、ラビンもペレスもその意味では信念にもとづいて行動しているのでしょう。

また、パレスチナ、あるいはPFLP、そしてイスラエル兵士とダンサーも同様です。皆信念にもとづいて行動しています。

しかし、現実は…という映画です。

ラスト、ラビンが、ペレスの成功だという言葉に続けて言います。

「このまま交渉という手段がとれないのなら戦争は永久に終わらない」(こんな意味)

こうしたアクションものを思わせる題材にしてはとても新鮮な感じのする映画でした。もう少し、人物や人間関係を交錯させて物語に深みを出せばなおよかったと思います。

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