悪なき殺人

閉じた円環、つくりもの過ぎて多くは伝わってこない

2019年の東京国際映画祭で最優秀女優賞と観客賞を受賞しています。

最優秀女優賞って誰が? と思いましたら、マリオン役のナディア・テレスキウィッツさんでした。主だった女性の俳優は3人ですが、特別目立っていたわけではありませんのでいろいろなにかあるのでしょう。

サスペンスのジャンルかと思いますが、英題の「Only The Animals(原題:Seules les betes)」が「悪なき殺人」の邦題になってしまうところがこの映画のもっているとらえどころのなさを示しているように思えます。

悪なき殺人

悪なき殺人 / 監督:ドミニク・モル

サスペンス度は低い

サスペンスのジャンルと書きましたが、よくよく考えてみればドキドキ感という意味で言えばサスペンス度は低いです。むしろミステリーの言葉のほうがぴったりきます。

映画のつくりは謎(でもなく描かれている)がいくつか提示され、それが順番にわかっていくつくりです。関係する人物は8人ですべてです。それら人物の行動が順番に描かれ、それぞれの行動に次の人物が関わっており、そして最後にその円環が閉じてすべてがわかります。

ですので、ドキドキはまったくしません。

それに提示される謎といっても、その謎を煽るような描き方はされていませんので、どういうことだろうね? と思う程度で、当然映画ですから、きっとなぜかは次に教えてくれるだろうという安心感(?)があります。

その意味では良心的と言いますか、ドラマとしては物足りない印象です。人物の行動を順番にせず、もう少しシャッフルすれば混乱させることも出来て違う映画になったように思います。

ネタバレあらすじ

南フランスの山岳地方 Causse Méjan(コーズ・メジャン)です。

La ferme caussenarde - Hyelzas --photo aspheries-00342
HPB48150, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

こんな感じのところですので、おそらく主要産業は酪農ということでしょう。映画でも登場人物は酪農を営んでいたり、また別の人物は別荘(のような建物)で悠々自適の生活といった感じです。そうした人間たちの行動が順番に描かれていきます。

アリス(ロール・カラミー)

アリスとミシェル夫婦は酪農を営んでいます。夫婦仲は冷え込んでおり、アリスが食事だよと言っても、ミシェルはまだ会計処理があると言って仕事場(酪農棟の事務所といった感じ)のパソコンの前から離れません。食事もアリスが仕事場に運んでいます。

アリスは仕事でソーシャルワーカーのようなことをやっており、同じく酪農を営むジョゼフと親しくなり性的関係を持っています。ジョゼフを愛していると言っています。

雪の日、いつものようにジョゼフの家に行きセックスをしますが、ジョゼフがなぜか上の空です。もともとジョゼフが神経症的であることから訪ねたことがきっかけですので、そのせいだろうと帰るその帰り道、雪をかぶって乗り捨てられた車を見ます。

後日、警察が訪ねてきます。エヴリーヌが行方不明だと告げます。あの車です。

後日、ジョゼフを訪ねますがどこにもいません。納屋を探していますと、飼い犬が死んでいます。突然ジョゼフがあらわれ、犬は誰かに撃たれたと言い、帰れ!と怒鳴ります。

後日、夜中にミシェルが顔面から血を流して帰ってきます。アリスは、ジョゼフに殴られたのね、あなたが犬を撃ち殺したのねと言います。ミシェルはなにも言いません。

後日、早朝、ミシェルがいなくなります。

ここまでがアリスの行動で、この後も登場はしますが、他の人物からの見た目です。

アリスをやっているロール・カラミーさん、ギヨーム・ブラック監督の「女っ気なし」の母親役の俳優さんでした。

ジョゼフ(ダミアン・ボナール)

ジョゼフはひとり住まいです。ある雪の朝、雪をかぶった干し草の山の陰で死体を発見します。その時、アリスがやってきます。ジョゼフは、あら、大変(そんな感じ)と死体を隠します。アリスとのセックスも死体が気になって気もそぞろです。

アリスが帰った後、ジョゼフは死体を納屋の干し草の山の中に隠し、自分と死体だけの空間を作ります。

かなり唐突ですが、ジョゼフはネクロフィリアという設定なんでしょう。

ある日、飼い犬がその死体を引っ張り出してしまいます。あわてたジョゼフは悩んだ末に飼い犬を射殺します。

死体と過ごす毎日なんでしょう。そしてある日、ジョゼフは死体にキスをし、死体が生き返り優しく話しかけてくる幻影を見ます。そして眠ってしまいます。アリスの声で目覚めます。あわてて飛び出します。犬の死体を見つめているアリス、とっさに誰かに撃たれたと言い、帰れ!と怒鳴ります。

ジョゼフは死体を捨てる決心をします。雪の中を死体を担いで陥没穴に向かいます。(トップの画像)そして、死体を穴に落とします。ジョゼフはしばらく佇んだ後、自らも穴に落ちていきます。

ジョゼフをやっているダミアン・ボナールさんは「レ・ミゼラブル」の警官のひとりでした。

エヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)とマリオン(ナディア・テレスキウィッツ)

突如シーンが変わり、街のシーンです。エヴリーヌがひとりで食事をし、マリオンが給仕(女性給仕はギャルソンではなくセルヴァーズと言うらしい)をしています。ふたりが目でなにかを交わし合っています。

エヴリーヌはあの死体です。ただ、それが隠されているわけではありません。

エヴリーヌとマリオンが濃厚なキスをしています。この後のつなぎを忘れましたが、エヴリーヌのホテルでのセックスシーンになります。エヴリーヌは夫がいると話し、一夜の関係で去っていきます。

この街の場所はわかりませんが南仏あたりの街でしょう。エヴリーヌは裕福でふらっと訪ねた程度の描き方です。

マリオンがエヴリーヌの村(アリスたちの村)にやってきます。ヒッチハイクをしようと手をあげています。車がやってきます。停止しようと近くまでやってきます。アリスとミシェルの車です。しかし、止まったその瞬間、なぜか急発進して走り去ってしまいます。

マリオンがエヴリーヌの家を訪ねます。驚くエヴリーヌ、戸惑いながらも家に入れ、関係を持ちます。マリオンはエヴリーヌのことが忘れられなくなっているということです。エヴリーヌは夫がいるので泊められないとホテル代を渡そうとします。マリオンは受け取らず、キャンプ場のトレーラーに泊まります。エヴリーヌがトレーラーにやってきて関係を持つシーンもあったように思います。

ある夜、トレーラーの外に人の気配がします。ああ、このとき、不安でエヴリーヌに電話して、その時エヴリーヌがやってきたのかもしれません。

後日、マリオンがトレーラーに戻りますとドアにお金の入った封筒がはさんであります。

後日、吹雪の夜、エヴリーヌがやってきて、激しい口論になります。もう会えない、会いに来ないで、いえ、愛しているの!みたいなことだった思います。

エブリーヌが車で去っていきます。暗闇で点灯する車、エブリーヌの後を追っていきます。

エヴリーヌをやっているヴァレリア・ブルーニ・テデスキさん、結構見ています。ハイテンションな人物がよくあう俳優さんで、「歓びのトスカーナ」なんて映画もありました。

ミシェル(ドゥニ・メノーシェ)とアルマンとブリジット

突如場所が変わり、西アフリカ、コートジボワールです。

このパートは、公式サイトには紹介されていない黒人の青年男性アルマン(Guy Roger ‘Bibisse’ N’Drin)と女性ブリジット(Marie Victoire Amie)の話です。

簡潔に書きますと、アルマンは、おそらく仕事自体がないのでしょう、フランス人男性相手の、日本でいうロマンス詐欺で稼いでいます。アルマンがその成功を願って魔術師のところへ行くシーンが2シーンありますが、それで何を描こうとしたのかはうまく伝わてきませんでした。

アルマンはチャットでアマンディーヌと名乗りフランス人男性相手に餌をまいています。ミシェルがかかります。ネット上でひろった写真やエロ動画を送り金を引き出します。ミシェルがアリスに仕事があると言って仕事場でパソコンに向かっていたのはこれです。

まずは1,000ユーロ(え?130万円?記憶違いかな?)、アルマンは一気に金持ちになり、服装は派手になり、クラブで大盤振る舞いします。

アルマンはクラブでブリジットに再会します。二人の間には、2、3歳の娘がいます。ブリジットは、今はフランス人の金持ちの世話になっていると言い、その男がこちらに来たときに相手をすればいいと言っています。

後日、アルマンはブリジットに宝石(婚約指輪のつもり?)を渡し、一緒に暮らそうと言います。しかし、散財してしまい懐具合は元の木阿弥です。あるとき、アルマンが道をとぼとぼと歩いていますと、車が止まり、ブリジットが降りてきて、フランスへ行くことになったと言って去っていきます。

ある日、ミシェルからのチャットで、君か! 来たのか?! と入ります。首をひねるアルマン、しかしそのまま話を合わせます。

ここで(ひとつ目の)完全なオチとなります。

エヴリーヌを追ってやってきたマリオンがアルマンの送ったアマンディーヌの写真とそっくりなんです。マリオンがヒッチハイクをしようとしたとき、いったん止まった車が走り去ったのは、ミシェルがアマンディーヌが自分に会いに来たと勘違いしたからです。

その後も、マリオンのトレーラーを覗いたのもミシェルです。そして、トレーラーのドアにお金をはさんでおいたのもミシェルです。ミシェルがチャットでアマンディーヌ(アルマン)にトレーラーに行っていかかと尋ねると、アルマン(アマンディーヌ)は怖い人に追われているから来ちゃダメ!と断ります。

しかし、ある夜、ミシェルはトレーラーを訪ねます。その時、マリオンとエヴリーヌは口論の真っ最中、外でそれを聞いたミシェルは出てきたエヴリーヌの後をつけ、途中で車の前に割り込んで車を止めさせ、エヴリーヌを絞め殺してしまいます。死体は、妻アリスとの関係への仕返しでしょう、ジョゼフの家の前に放置するのです。

後日、ミシェルはアマンディーヌも待っているだろうとトレーラーに行き中に入ります。驚いたマリオンは出ていって!と叫び、ミシェルを蹴飛ばします。その足がミシェルの顔面に的中、ミシェルは血みどろで帰っていきます。アリスがジョゼフと争ったからと勘違いしたあのシーンです。

ミシェルをやっているドゥニ・メノーシェさん、この俳優さんも結構見ています。「ジュリアン」とか「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」とかです。

さらなる、オチ

ミシェルのもとにコートジボワールのサイバー担当刑事から、ロマンス詐欺に引っかかっていないかと問い合わせがあります。ミシェルは否定します。そして、自分はコートジボワールへ向かいます。

アリスのパートの最後、ミシェルがいなくなったのはこれです。

ミシェルはコートジボワールでアルマンを探します。そしてアルマンを見つけ問い詰めますが、逃げられて終わりです。アルマンはその後逮捕されていたと記憶しています。

ミシェルはフランスに戻り、再びチャットでアマンディーヌに呼びかけます。答えが返ってきます。ミシェルに笑顔が戻ります。

そして、エヴリーヌの住まいの全景、車が止まり、子どもを抱いたブリジットが男と一緒に家に入っていきます。

エヴリーヌの夫は、コートジボワールでエヴリーヌの失踪を知ったということでしょう。

作りもの過ぎて面白みがない

という、考えに考え抜かれた映画です。

それだけに逆に面白み、あるいは余韻というべきか、そうしたものがありません。

この映画には原作があります。どれだけ原作を反映させているかはわかりませんが、小説であれば、この映画にはない面白さがあるように思います。画がないぶん想像力がより発揮されるわけですから、次々に出てくる謎に引き込まれて一気に読み進みそうな気がします。

ただ、それを映像にしてしまえば、それにこの映画のようにすべてが円環に閉じられた世界として描いてしまえば余韻もなく、ああ、そうなの、と納得して終わってしまうということになります。