スクロール

ネタバレレビュー・あらすじ・感想・評価

出演が北村匠海、中川大志、松岡茉優、古川琴音とくれば、やはり見てみようと食指が動きます。監督は清水康彦さん、ウィキペディアのプロフィールには「映像ディレクター。映像監督。映像作家」と並んでいます。でも全部おんなじじゃないですかね(笑)。

スクロール / 監督:清水康彦

目立つ清水康彦監督の器用さ

橋爪駿輝さんの『スクロール』が原作とのことで、どんな内容なのかとググってみましたら、え? ぜんぜん違うじゃん?! と、びっくり。これじゃ清水康彦監督のオリジナルじゃないですかね。

映画がうまくまとまって出来上がっていましたので原作を読んでみてもいいかなと思いましたが、紹介されているあらすじを読んだ限りではちょっと原作を読もうという気にはならないですね(ペコリ)。

映画の出来はさすが映像ディレクターだと思います。うまいです。器用さを感じます。監督・脚本・編集:清水康彦となっていますので清水監督が自分の思うように作った映画ということだと思います。集中して見るというほどではありませんが見ていて飽きません。見終えてどういう映画だったんだろうと考えますと、率直なところそれぞれ個別の問題はかなり浅くつっこみが足りないのですが、なぜか見ているときにはとてもうまく出来ているなあと感じます。それが、清水康彦監督の器用さを感じるという意味です。

画質へのこだわりも強く感じます。撮影監督として川上智之さんという方がクレジットされていますが、清水監督も映像作家を名乗っているわけですから、緊密なコミュニケーションの上の映像処理でしょう。

絶望のモボ=〈僕〉の物語

4人の俳優も皆うまいです。映画の中に4人がうまく収まっています。俳優たちと監督の意図がうまくあっているということでしょう。

一見、4人の青春群像劇にもみえますが、実質は〈僕〉(北村匠海)とユースケ(中川大志)のそれぞれの物語に〈私〉(古川琴音)と菜穂(松岡茉優)が絡んでくるつくりになっています。それに〈僕〉とユースケにも直接的なからみはほとんどなく、大学時代の友人(と言えるほどでもない…)森の死が二人に影響を与えて二人が変わっていくというのが基本的な軸になった映画です。さらに言えば、ユースケの物語は中途半端で終わっていますので、この映画は〈僕〉が「死」の誘惑から逃れるという物語です。

冒頭、かなり長いワンカットシーンがあります。映画の最後に〈僕〉が書くことになる小説「絶望のモボ」を〈僕〉が〈僕〉の語りで演じるシーンです。映像的には若干見せるところもありますが、内容的には、死の誘惑に囚われたモボが、ハルという自殺した地下アイドルがサーブするレストランで最後の晩餐(的)にカップ焼きそばを食べたり、母親からの手紙を燃やしたりするという、これが冒頭シーンでなければちょっと引いていただろうというものです。

その後は、〈僕〉、ユースケ、菜穂、〈私〉というパートにくくられてそれぞれの人物像が描かれ、最後に〈僕〉が「絶望のモボ」を書くことにいたるということで終わる映画です。ひとつの時間軸で描かれているわけではなく、4人それぞれのパートが最後にひとつに収斂していくような(あくまでもような…)つくりになっていますので、描かれ方はすべて断片的です。

「絶望のモボ」の物語、つまりは〈僕〉の物語です。

〈僕〉は職場で上司コダマからのパワハラにあっています。それが直接の原因かどうかははっきりしませんが死にたいと思っています。その気持ちを毎日短文ブログにあげています。「コダマ、マジ死んでほしい」とも書いています。

ある日、〈僕〉が出社しますと社内が異様な緊張感に包まれています。同僚の〈私〉がコダマに「コダマ、マジ死んで欲しい」と言ったのです。〈私〉は会社をやめていきます。後日、偶然〈僕〉と〈私〉はバーで出会い、その後、〈私〉が〈僕〉に強い親近感を持っていくことになります。

その頃、〈僕〉の死への誘惑が飽和点に達します。職場の屋上から飛び降りる妄想にとらわれています。その時電話がなります。大学の同級生ユースケからです。

ユースケの罪悪感の物語

ユースケはテレビ局の制作部署で働いています。チャラ男です。上司からは、お前、要領よく仕事はこなしているが自分のやりたいことはあるのかなんて言われています。付き合っている女性からは、私たち恋人同士だよねと言われても、いや、付き合っていないよ、家族だよ(よくわかんないけど…)などと平気で言っています。

ある時、スマホの着信に「森」と表示されます。森? 誰だ? と切ってしまいます。後日、友人から電話があり、大学の同級生から「森」が自殺したと知らされます。職場でのパワハラが原因のようです。ユースケは仕事として取材することになり、自分はメディアの立場で葬儀場に入れないため、中の様子を盗撮してもらおうと〈僕〉に電話をします。その時〈僕〉は飛び降りる妄想にとらわれていたということです。ユースケからの電話で妄想から解き放されたということになります。

その後、ユースケがバーで出会った菜穂と飲んでいる時です。あの「森」からの電話に自分がでていれば自殺しなかったんじゃないかとはっと気づきます。その精神的ショック(?)からか、菜穂に自分が生きる自信を持ったら(みたいな感じだったか…?)結婚しようと口走ってしまいます。菜穂はいいよと答えます。

ユースケと菜穂

菜穂は結婚願望が強い女性です。結婚し、家を買って、子どもを作ってしあわせに暮らすことが夢だと公言してはばかりません。ある時、職場の同僚が結婚することを知り、実は自分もだよと言ってしまいます。その噂は一瞬にして職場中に広まってしまいます。しかし、その時すでに、なのか最初からなのかわかりませんが、いくらユースケにメッセージを送っても返信もなく、電話にも出なくなっています。

このあたり結構適当に描かれているのですが、この菜穂への素っ気なさが「森」の自殺への罪悪感に囚われているせいなのか、もともとのチャラ男的態度なのかははっきりしません。菜穂からの問いかけ(質問は聞き取れなかった…)に、重いからと答えていました。

飽和点に達した菜穂が、死んでやるとメッセージを送ります。「森」への罪悪感にとらわれていたユースケですが、住まいに飛んで帰ります。菜穂が包丁を持って自殺してやると言っています。止めようとしたユースケのお腹に包丁が刺さります。でも、ちょっとした刺し傷で終わります。ここは笑うところかも知れません(笑)。

ユースケの菜穂の物語はこれで終わっていました。

〈僕〉と〈私〉

相変わらず「死」の誘惑に囚われた〈僕〉ですが、ある時、コダマに「コダマ、マジ死んで欲しい」と口走ってしまったようです。

ここだけではなく、〈私〉が同じように「コダマ、マジ死んでほしい」と言ったシーンもそうですが、職場の空気の重さがうまく映像表現されていました。アウトフォーカスとなる背景のエキストラにも結構気が使われていました。そうしたところがさすが映像作家と感じる所以です。

コダマはその時〈僕〉を殴り飛ばしたようです。〈僕〉が床に倒れている2カットくらいで表現していました。コダマはパワハラを理由にして解雇されます。これを機に〈僕〉が少し変わっていきます。〈僕〉は〈私〉に会社をやめようと思うと語ります。

コダマが〈僕〉に復讐を仕掛けてきます。コダマが〈僕〉の住まいの前にいます。〈僕〉は隠れます。コダマが郵便受けに火を放ちます。〈僕〉はコダマを追いかけます。〈私〉も合流します。二人で追いかけますが見失います。どこだったかは忘れましたが、二人が抱きしめあうシーンがあります。

その続きだったか、後日だったかわかりませんが、二人は街なかでコダマがある建物から出てくるところに出くわします。突然その建物が爆発します。後日、コダマが放火容疑で逮捕されたというニュースが流れます。コダマは解雇された腹いせに放火していたということです。

後日、〈僕〉と〈私〉のシーン、〈私〉が原稿のようなものを読んでいます。いいと思うと言い、知り合いの編集者に読んでもらおうかと言います。〈僕〉はうんと答えています。

〈僕〉が「森」と〈僕〉自身のことを書いた『絶望のモボ』の原稿です。

ああ、忘れていました。ラストは〈僕〉が母親に電話をするシーンでした。意を決してというニュアンスでしたし、『絶望のモボ』の中でも母親からの手紙が重要な要素でしたので母親との間になにかあるとの設定なんでしょうが、それ以上何も語っていませんので映画的にはあまり意味のあることではありません。

俳優4人が映画を救う

こうして思い返してみますと、やはり内容はかなり浅いです。でも、映画としては結構見られます。もちろん清水監督のうまさ、器用さはありますが、何と言っても北村匠海、中川大志、松岡茉優、古川琴音の俳優4人のうまさでしょう。

北村匠海さんは、とにかくいるだけで存在感を放つというスター性があります。たくさん見ている割にこれといった映画がなく(わたしには…)、なぜ?と不思議になるほど、逆にその存在感の凄さを感じる俳優さんです。

中川大志さんは、過去の出演映画を見た限りでは始めて見た俳優さんですが、チャラ男にもうまくはまっていましたし、その後の罪悪感の適当さ(笑)もほどほどでよかったです。

松岡茉優さん、この俳優さんは本当にうまいですね。特にこういう男性依存型の役ははまります。「劇場」では「松岡茉優さんがうますぎて共依存恋愛が純愛にみえてしまう」と書いていますし、「ひとよ」では、「実はこの俳優さんがこの映画を作っているのではないかと思えるほどの隠れた存在感を示していました」と書いています。

古川琴音さん、「街の上で」を見て印象に残り、「偶然と想像」でそのうまさを感じ、この映画ではさらに自信をつけた感じが感じられます。

ということで、清水康彦監督の、センスの良さも含めたうまさと4人の俳優のうまさでもっている映画ということでした。