サンキュー、チャック

原作通りの逆転三章構成がテーマを曖昧にしていないか、39、チャック…

「39、チャック」この邦題を思いついた配給の担当者のほくそ笑んだ顔が目に浮かびます。かどうかはわかりませんが(笑)、でも、この映画は、見終えた後に「ありがとう」の言葉が出るような映画ではなく、チャックの人生(The Life of Chuck)を知り、人生についてちょっとだけ考えてみようみたいな映画なんですけどね。

サンキュー、チャック / 監督:マイク・フラナガン

ネタバレあらすじ

スティーブン・キングさんの4篇の短編小説集『If It Bleeds』の中の1編『The Life of Chuck』の映画化です。

ウィキペディアのプロットを読みますと映画はほぼ原作通りにつくられているようです。

3章に分かれていることも時系列を逆転させている構成もです。

ただ、時系列は逆転していますが、その構成自体は、発端、展開、解決の三幕構成そのものです。あえて逆転させていることからいえば、最後の解決でああそういうことかと納得させるための仕掛けがあるということですのでネタバレは読まずに見たほうがいいということかと思います。

第三章(発端)ありがとう、チャック

教師のマーティー(キウェテル・イジョフォー)の目線で宇宙の終焉が描かれます。

世界中で自然災害が起き、インターネットが使えなくなり、電話が通じなくなり、最後には星が次々に消えていきます。

その進行に応じて、”Charles Krantz: 39 Great Years! Thanks, Chuck!” という広告が増えていき、最後には街の家々の窓がディスプレイのようにチャックの顔写真とそのコピーを表示し始めます。

このパートで重要なことはマーティーが元妻のフェリシアに宇宙カレンダー(Cosmic Calendar)のことを話すことと、マーティー目線で鍵のかけられたキューポラ(と言うらしい…)のドアが示されることです。

ここではわかりませんが、なぜ第三章がマーティー視点で描かれるかは、マーティーはこの時チャックが幼い頃に暮らしていた家に住んでいることからだと思われます。

宇宙カレンダーは宇宙の誕生から今現在までを1年に換算して視覚化するもので、それによれば、人類が文明といっているものも12月31日の23時59分50秒からの10秒間くらいのものだということです。

チャックが妻と息子に付き添われて息を引き取ります。

第二章(展開)大道芸人、永遠なれ

その9ヶ月前です。ストリートパフォーマーがドラムを叩き始めます。

このパートの前半はナレーションで進められます。パフォーマーがどんな人物であり、今日はノリがよくないなあと感じていることやそこに会計士のチャック(トム・ヒドルストン)がやってくることなどがドラムのリズムを BGM にしてナレーションされます。

パフォーマーの前で立ち止まったチャックは持っていたビジネスバッグを傍らに起き、いきなり踊り始めます。パフォーマーとの呼吸が合い始め、ジャムセッションのようです。観客が集まり始め、その中にいた失恋したばかりの女性ジャニスが体を動かし始めます。それを見たチャックはジャニスをダンスに誘い、そして二人で踊ります。

この時、チャックはダンスの途中で一瞬めまいを感じています。

観客たちの拍手喝采で盛り上がったダンスの後、パフォーマーがチャックになぜ踊り始めたのかと尋ねますと、チャックはしばらく考えた後「わからない」と答えます。

チャックはパフォーマーやジャニスト別れ、夕暮れ時の街に佇み遠い昔のことを思い起こします。

第三章(解決)私はすべてを内包する

チャックの幼少期が3人の子役で描かれます。このパートも結構ナレーション説明が多かったと思います。

チャックは幼い頃に両親を亡くし、父方の祖父アルビー(マーク・ハミル)と祖母サラ(ミア・サラ)と暮らすことになります。祖父母は落ち込み、暗く沈んだ日々が続きます。時が経ち、元気を取り戻したサラはチャックにダンスを教えます。一方、アルビーは悲しみを酒で紛らわすようになっていきます。

祖父母の家には最上階にドーム型のペントハウス(キューポラと言うらしい…)があり、そこはいつも鍵がかかっています。チャックが興味を持ってもアルビーは開けることを拒み、その部屋で誰彼を見たことがあり、その後に亡くなったと話します(ちょっと違っているか、ナレーションだったかも…)。

そして、サラが亡くなります。これもアルビーがその部屋でサラを見たと話すシーンがあったかも、いやナレーションだったかも…。

チャックは成長し、学校ではダンスクラブに入ります。チャックにはサラに教わった基礎ができていますのでクラブの中でも頭角を現します。クラブにはダンスのうまい年上で背の高いキャットがいます。二人はペアを組んで踊ったり、チャックがムーンウォークを教えたりします。

また学校の授業では、ウォルト・ホイットマンの詩集『草の葉(Leaves of Grass)』の中の『我が歌(Song of Myself)』について、チャックが教師にその中の一節『I contain multitudes』の意味を尋ねます。

教師は、あなたが見ているすべて、あなたが知っているすべて、あなたが想像するすべて、あなたの頭の中にはこの世界のすべて、宇宙全体が内包されていると話します。

ダンスパーティーが開かれます。チャックはキャットから踊ろうと誘われますがなぜかためらっています(キャットに気があるからだがちょっと曖昧すぎる…)。しばらくして二人は踊り始め、皆から拍手喝采を浴びています。その中にはマーティーとフェリシア(まだ夫婦ということでしょう…)もいます。マーティーがその学校の教師であることがわかるカットがそれ以前に入っていました。

チャックは熱く火照った体を冷やしたいからと外に出て星空をじっと見つめます。「I contain multitudes」について思い巡らせていたんだと思います。

その後、アルビーが亡くなります。これもアルビー自身がペントハウスで何かを見たシーンが入っていたと思います。これも最後のナレーションだったかも知れません。

母方の祖父母がその家でチャックと同居することになります。大して重要ではないこのことがなぜわざわざ説明されているのかはっきりしませんが、多分、チャックにペントハウスを見させるため、つまり鍵の番人アルビーがいない状態でその家に住まわせることの説明のためだと思います。

ついにその部屋を見る時がやってきました。アルビーの遺品の中にその部屋の鍵が入っていたのです。

鍵を外しドアを開けたチャックは、39歳となった自分がベッドに横たわっている姿を目にします。

葬儀屋がチャックはすべての手配を自分でやっていったと語ります。

感想、考察:人生は有限であっという間だが…

ナレーションでの説明が多い映画ですので物語の流れが前後しているところがあるかも知れませんが、おおよそ以上のような内容でした。

原作の展開を重要視していますので仕方ないことかも知れませんが、作り込みが多くてちょっとばかり面倒くさい映画になっています。

ストレートに、人生は有限であっという間のものだがその瞬間瞬間は無限なのだとやればいいんじゃないかと思います。

具体的なことはわからないにしても、第一章の作り込まれたファンタジーパートでこれは誰かなのか、なにかなのかの死であることはわかります。

ただ、それが第二章のダンスシーンに続くことはまったく予想もつきませんし、正直なところ、チャックが突然踊り始めたときには感動して涙がこぼれました。

それだけの映画です(ゴメン…)。

この原作、翻訳されていないのかと思いましたら2篇だけ翻訳されているようです。