aftersun/アフターサン

下世話な意味ではないファザー・コンプレックスの映画

スコットランドのシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作です。現在35歳、過去に短編3本がクレジットされています。また、この「aftersun」の父親カラム役のポール・メスカルさんが今年2023年のアカデミー賞主演男優賞にノミネートされています。受賞は「ザ・ホエール」のブレンダン・フレイザーさんでした。

aftersun アフターサン / 監督:シャーロット・ウェルズ

自分と同じ年の父に会うことはできない

何も明らかにされない映画というのは結構つらいものがあります。

10歳くらいのソフィ(フランキー・コリー)と30歳くらいの父カラム(ポール・メスカル)がトルコのリゾート地で過ごす数日の話です。常に不穏な空気が流れていますが何も起きません。その後何かが起きたかも知れませんがそれもわかりません。なにも明らかにされていないということです。

ふたりが撮りあうホームビデオの映像はぶれまくりますし、映画の構図もアップや常に核心を撮らないような構図が多いですし、次第にカラムにはなにかがありそうな気配がし始めますし、そしてときどき挿入されるホームビデオの映像を実はソフィーがカラムほどの年齢になって見ているらしいことがわかってくるにいたって、カラムは自殺したのか…と考えてしまう映画です。

結局のところこういうことじゃないかと思います。30歳くらいになったソフィが実際には決して出会うことのできない同じ年の父親に出会う映画、いうなれば下世話な意味合いではないファザー・コンプレックスの映画ということだと思います。

カラムの悩みはなんだろう…

それにしてもこれだけなにも明らかにしない映画というのも珍しいです。

ウィキペディアにこの映画のプロットが書かれています。正式にリリースされたものかどうかはわかりませんが、そうだったんだと気づくことがいくつかあります。

11歳のソフィは母親とともにエジンバラで暮らしており、母親と円満に離婚した父親カラムはロンドンで暮らしています。カラムは仕事や経済面で困難に直面しており、またうつ病に悩み孤独に苛まれていますが、休暇中はそうした自分自身をソフィに見せないよう努力しています。

泊まるホテルもあまりいいところではありません。到着し、レセプションで呼び鈴を鳴らしても誰も出てきませんし、ツインを予約したのにシングルに通され、クレームを入れても結局エキストラベッドを入れるだけというお粗末さです。

ソフィが眠った(起きて見ていたのかも…)後、カラムはバルコニーに出てタバコを吸い、太極拳を始めます。その後も太極拳の教本「Tai Chi」がテレビの横に置かれていたり、ふたりで太極拳をしたりというシーンがあります。おそらくカラムは心を鎮めるために試みていたのでしょう。

ダイビングシーンでダイビングマスクをソフィがなくすシーンがあります。カラムには相当こたえたことであり、ソフィはそれを察知して慰めるシーンだったようです。

気に入ったラグマット(ペルシャ絨毯か…)を購入するかどうかじっと考えるシーンがあります。あれも真剣に手元のお金と相談していたシーンだったようです。結局、その後購入し、そのラグマットは30歳になったソフィの部屋に敷かれていました。

ソフィが一緒に歌おうとカラムが好きな曲をリクエストし、結局カラムは歌わずソフィひとりで歌った曲「Losing My Religion」、R.E.M. の曲で、直訳しますと「宗教心を失う」との意味ですが、詩を書いたマイケル・スタイプは、宗教的な意味ではなく、愛の歌であり、誰かを思う歌であり、報われない愛だと語ったそうです。アメリカ南部では「冷静さを欠く」とか「落ち着きをなくし絶望的になる」といった意味合いで使われるそうです。

そして、そのことからふたりはぎくしゃくし、カラムは町をさまよい、ひとり真夜中の海に入っていきます。普通あのカットは自殺ですね。でも、ソフィが戻るとカラムは素っ裸でソフィのベッドで寝ています。

映画の終わり間際にカラムがベッドに座り慟哭するカットが挿入されていましたが、あれはこの夜目覚めたときのカラムでしょう。

セクシュアリティという視点

30歳のソフィのシーンがさほど多くなく、またはっきり見せないようにつくられていますのでとてもわかりにくいのですが、現在軸である30歳になったソフィが、ホームビデオを見て20年前の30歳のカラムと出会うというのがこの映画の基本プロットということです。

ストロボのなかで誰かが踊っているシーンが何回か挿入されます。あれがよくわかりませんでしたが、ウィキペディアには、カラムが狂ったように踊っているところを30歳のソフィが目撃し、何度も近づこうするができないというシークエンスで、最終的にふたりは抱擁することができたもののカラムはソフィの腕の中からするりと落ちたということらしいです。

いくら何でもそれはわかりません。でもまあ、ファザー・コンプレックスであることは間違いないですね。

もうひとつ11歳のソフィのシーンには30歳のソフィのセクシュアリティを予感させるシーンが数多くあります。

30歳のソフィは同性婚(婚姻関係があるかどうかは不明…)をしていると思われます。カラムが購入したラグマットのカットから上にゆっくりティルトしていくシーンは30歳のソフィのシーンですが、その時、ソフィの隣には赤ん坊を抱いた女性がいます。ウィキペディアには「with a wife and a small child of her own」とあります。

リゾートシーンのソフィは自分の身の回りのことを冷静に観察する目線を持っています。少し年上のティーンたちの恋愛遊戯、同年代のマイケルとのキス、激しく求めあう男性カップル、ソフィはじっと見つめ観察します。

カラムの苦悩がセクシュアリティからくるものかとも思いながら見ていましたが、どうやらそれはなさそうです。