ABYSS アビス

ABYSSとは海への一泊旅行のことかと思ってしまうのだが…

逆光」ではかなりいい印象を持った須藤蓮監督と脚本渡辺あやさんによる二作目です。ABYSSとは「深いふち,底の知れない深い穴,混沌(Weblio)」という意味とのこと、果たしてその深さは描かれているのでしょうか。

ABYSS アビス / 監督:須藤蓮

ABYSSとは、海への一泊旅行か…

いきなりというのも申し訳ないのですが、これはかなり厳しい出来です。

まずはその物語、いわゆるボーイ・ミーツ・ガールものです。この散々使われてきたドラマパターンをあえて使うからには、そこになにか新鮮なものが加わらなければありきたりなものになってしまうのは目に見えています。

結果としてそうなってしまっているということです。

23歳のケイ(須藤蓮)が、自殺した兄と付き合っていたルミ(佐々木ありさ)と出会い(再会し…)恋に落ちていくという話です。ただとことん落ちていくわけではありません。最後にはふたりとも浮上して日常に戻ってきます。

おそらくその結末には悩んだのだと思います。とことん落ちていけば、そこにあるのは「死」か幻想世界で終えるしかありません。その意味では日常に戻るのは新鮮といえるかもしれません。しかし、この映画のふたりはとことん落ちていませんので、結局のところ、それで日常に戻してしまえば単に海へ一泊旅行に行ったとしか見えなくなるということです。

いまだにこの男女パターン…?

この映画は、人物造形を見るものの固定観念やステレオタイプ思考に頼っています。

ケイは渋谷のバーで働いているわけですが、シーンとしてあるのはバーのシーン、オーナーに意味不明な暴力を振るわれるシーン、やたらタバコを吸うシーン、夜の街で働く知り合いとのよくわからないシーン程度ですので、ケイがどういう人物であるかを映画は作り上げようとはしていません。

結局、夜の街で生きる刹那的な若者というステレオタイプな人物にしかみえなくなります。

一方のルミは、またこれですかというような設定です。踊ることが好きで本当は AKBに入りたかった(とは言っていないが…)けれども男に騙され、ソープで働き男に貢いでいるということらしいです。ケイに騙されているよと言われて、でもいいのと答えさせていましたが、そう答えさせるだけで、なぜルミはそう考えるのかまで突っ込まないということは、ここでもステレオタイプに頼っているということです。

もうそろそろこうした設定の女性を男目線で描くのはやめたほうがいいです。描くのであれば、当の女性の目線で、人格ある人物として描くべきかと思います。

それにしても物語が雑すぎないでしょうかね。

ケイの兄は父親の DV の被害者で、兄はその腹いせにケイに暴力を振るっていたらしく、ケイは兄を恨んでいると頻りに言っています。ただそうしたシーンはなく、幼い頃に楽しそうに遊ぶシーンと兄の言葉「夜の海を見ると海の目に引きずり込まれてしまう」をケイが思い出深く語るだけです。

こうした相反する記憶や感覚というものがないとは思いませんが、省略されすぎていてしっくりこないです。ルミとのこともそうです。ケイは、ルミが兄からレイプされるところを見たと言っています。一体いつのことなんでしょう。故郷が同じということなんでしょうか。父親が兄弟を連れて東京へ出てきた?なんてことも言っていましたが、ということは兄とルミとのことは東京の出来事? それに兄はどこで自殺して、どこで葬式をあげ、その時父親は? 母親にお金を渡すシーンがありましたがどういう設定で、どういう意味合い? キリがありません(笑)。

既視感の強い映像…

映画の出来がよくないことからそうみえてしまうということで言えば、見たことがあるようなシーンがとても多いです。

冒頭のクラブのシーンもそうですし、ふたりが海に沈むシーンもどこかで見たようなカットですし、浜辺でのルミのダンスシーンもそうです。

「夜の海を見ると海の目に引きずり込まれてしまう」というにはあっさりした一泊旅行でした。