アルキメデスの大戦

(DVD)気持ち悪い自己陶酔映画やね。

戦艦大和に山本五十六などという戦争映画には欠かせない要素を入れながらちょっと変わった切り口の映画でした。それに戦争(戦闘)シーンは冒頭の5分くらいの大和が撃沈させられるシーンだけであとはわりと普通のドラマでした。

ただ、ラスト20分ほどは意図を測りかねるなかなか意味深な映画です。

アルキメデスの大戦

アルキメデスの大戦 / 監督:山崎貴

冒頭の戦闘シーンはほとんどCGを使ったVFXです。「坊ノ岬沖海戦」と呼ばれる敗戦が濃厚となっていた1945年4月の海戦で大和が撃沈させられる様子が描かれます。

このVFXがどの程度のものなのか私にはよくわかりませんが、たとえば大和が魚雷を受けて船体が傾き始め、乗員が手すりに必死に掴まり、それでもついには手を離して落ちていくところなどは、すでに20数年前の「タイタニック」で同様のシーンが描かれており、おそらく映像の質は随分違うものなんでしょうが、それでもさほどインパクトのあるものではありませんでした。

VFXディレクターでもある山崎貴監督ですが、この映画で見てほしいのはそこじゃないということかもしれません。その点でも結構気になる描写、たとえば山本五十六はじめ軍人たちをやや茶化し気味に描いたり、ラスト20分のどんでん返し的な展開は気になるところです。

ただ、これまでの作品を見てみますとほとんど原作もの、それも漫画か百田尚樹さんのものばかりのようですのでどういう志向を持っている方なのかはまったくわかりません(笑)。

で、映画の主要な物語は、冒頭の坊ノ岬沖海戦の12年前の大和建造にまつわる裏話的な話で、当時、海軍の内部にあった次の建造船を軍艦にするか空母にするかという対立をめぐり、巨大戦艦建造派に対して、山本五十六が軍人でも何でもない天才数学者櫂直(菅田将暉)にその建造費が虚偽であることを証明させようとする物語です。

ですので、ほぼ7割方菅田将暉さんのひとり舞台のような映画です。軍人たちはただひとり(山本五十六ではありません)平山忠道造船中将(田中泯)をのぞいて大して需要な役回りの人物はいません。

海軍大臣以下上層部の会議には多くの実在の人物(名)が登場しますが、この平山は架空の人物で、もちろん櫂も架空の人物ですので史実の裏にこんな話があったら面白そうという映画ということです。

実在の人物たちはみな子どもの喧嘩のような話しかしません。山本五十六と嶋田繁太郎という、後に海軍大将になった二人が女を囲うだの深川の愛人だのとやりあうギャグのようなシーンまであります。軍人と言えども昔の戦争映画のような重厚長大な人物は登場しません。

まあ多分、そのことにさほど意味を込めているわけではなく、いまどき仰々しい芝居など受けないだろうということかとは思います。この映画の中の軍人たちはみな同様に奥行きがなく浅はかです。

ところで、この空母にしても戦艦にしてもその建造費ですが、当時で9300万円と8900万円、現在の価値にすれば1700億円と1600億円と映画の中で言われています。

じゃあ、自衛隊の護衛艦はいくらくらいなんだろうと調べてみましたたら、最新のイージス搭載ミサイル護衛艦「まや」が1680億円と価値的には同じくらいです。

ただし(映画の中の)実際にはこの戦艦建造費8900万円は虚偽で櫂直が計算したところによると1億7564万円、現在の価値で言えば3210億円ということになります。

ちなみに先日IOCが東京オリンピック延期にかかる追加費用の負担を安倍首相が同意したと発表(その後削除)した金額が3000億円です。

話がそれてしまいましたが、とにかく櫂直が戦艦建造派の妨害をはねのけてその天才的な計算能力(ではなく数学的発想力)でもって建造費9300万円の虚偽見積もりを暴き、晴れて山本五十六ら空母派の勝利ということに…、あれ? でも大和は作られたはずということでラスト20分のどんでん返し的展開になります。

櫂直が決定会議の席で戦艦派の虚偽見積もりを暴くところまでは特別目新しいドラマ展開はなく、菅田将暉さんの勢いある演技で引っ張っていきます。黒板に数式を書くところも結構様になっていました。

で、櫂直が虚偽を暴き、山本と嶋田の文春砲の撃ち合いがあり(笑)、櫂直が口角泡を飛ばして平山中将を責めまくったその時、

「それがどうした。それがどうしたと言っておる」

平山中将の確固たる信念を感じさせる低い声が響きます。

正直、え? と思いました。かなり意表をついています。ここまでほとんど映画として焦点が当てられていない人物です。これ、裏主役のような登場のさせ方ですよね。

たしかに両派の提案会議の場では大和の設計者としてひとりだけ時代がかった人物として目立ってはいましたし、櫂直と初対面のシーンも後から思えばかなり意味ありげではありました。

結局、平山中将は、すべては国を思ってしたことだ、諸外国を欺くために、公開せざるを得ない建造費を低く見せて大した戦艦ではないと油断させるためであり、敵国の戦意を奪うには極秘に進める必要があると主張します。

このシーンでは、櫂直が虚偽の見積もりのからくりは抱き合わせ発注という不正であり、国民が汗水たらして納めた税金を粗末に扱うことは許されないと責めることに対して、平山中将は、国家を失っては国民もなにもないと返します。

おそらく、今現在の政治を意識しての台詞なんでしょう。

真実についてのやり取りもあります。櫂直が真実は何かという問いかけに対して、平山中将は真実? そんなものに何の意味がある、実社会には表面的な正義感だけでは揺るがない真の正義というものがあると、まあこれはよくある、まだまだ青いなあという類の居直りではあるのですが(笑)、そんなことも言っていました。

さらに映画は続きます。櫂直が平山中将の設計に欠陥を発見します。ただしその欠陥は何百回、何千回に一回あるかないかの想定の問題です。

原発の耐震性、安全性の議論を想起させようとしているのでしょう。

技術者である平山中将は、重大な欠陥を見落として提案したことは設計者としての痛恨の極み、ここは末期を汚さぬことがせめてもの誇りだなどと無茶苦茶時代がかった芝居をし、まるで能楽師のような立ち振る舞いで退場してしまいます。ちょっと笑いました(笑)。

まだまだ続きがあり、その会議の後、空母派の永野修身が、彼(櫂)が真実を知ったらどうなるだろうなと山本五十六に話しかけ、実は山本五十六がすでにこの時点で真珠湾攻撃を考えており、そのために空母が必要だと二人で話すシーンがあります。

ややわかりにくいのですが、多分、櫂直は反戦派であり、山本五十六もそうだと思い協力したのにもかかわらず、実は山本五十六は対米戦を否定的には考えていなかったということを言っているのだと思います。

まだまだまだあります。もういいんじゃないのと思いますが、どうしても大和は作られなくちゃいけませんので終わりにはできません(笑)。

後日、櫂直が平山中将宅に呼ばれ訪ねますと、巨大戦艦の1/20の模型を見せられ、これは(言うなれば)君が生み出した戦艦だ、これが完成した姿を見たくないはずがないと挑発し、建造費を割り出す数式を渡してくれと言います。

え? 自分で計算すればいいんじゃないの? とツッコミたいところではありますが、それは置いておいて先へ進みます。

櫂直は、これをつくってはいけない、最高の戦艦を持っているという奢りは必ず日本を戦争へと向かわせる、国民の感情を煽ってはいけない、この巨大戦艦はこの国にとって呪いでしかない、この怪物を生み出してはいけないと自分の気持ちを打ち消すように叫びます。

平山中将は返します。諸外国から追い詰められた日本が戦争をしないという選択を国民が許してくれるはずがない、国民は日露戦争の勝利に酔いしれている、いずれアメリカと戦争になる、しかし日本人は負け方を知らない、最後のひとりまで戦い続けるだろう、その時、この日本の象徴たる巨大戦艦が沈められれば、その絶望感がこの国を目覚めさせてくれるはすだ。だからこそ、この船は美しく巨大で絶対に沈まないと人々に信じさせなければならない。

期待させ、熱狂させ、そして最後には凄絶な最後を遂げることがこの船に与えられた使命なのだ。私(平山中将)は日本の依代となる船をつくりたいのだ。この国の身代わりとなって大海に沈む船だ。この船の名前は大和だ。

何を自己陶酔的に気持ちよく酔いしれているのだという気持ち悪いシーンです。その裏に反戦があると言われても、日本人が特別だと思う一番悪いパターンでしょう。

脚本も監督本人ということからすれば、やはり百田尚樹的世界観を持った監督ということですかね。

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