バティモン5 望まれざる者

「レ・ミゼラブル」ほどのリアリティもダイナミズムも感じられず…

ラジ・リ監督の長編2作目「バティモン5」です。前作「レ・ミゼラブル」のレビューには「これだけのリアリティを持ちながら、これだけのダイナミズムが感じられる映画を久しぶりに見ました」と書いています。

バティモン5 望まれざる者 / 監督:ラジ・リ

同じ監督の映画とは思えない…

率直に言いますと、同じ監督の映画とは思えないです。

物語としては、前作と同じく監督本人が育ったモンフェルメイユの公営住宅団地を舞台にしていますので、いわゆる社会的に下層に置かれた人々、特に移民たちの話ではあるのですが、リアリティという点ではやけにドラマっぽく感じられますし、ダイナミズムにいたってはその言葉が浮かんでくることさえありません。

脚本も撮影も編集も同じなのになぜこうも変わるんでしょう。

「レ・ミゼラブル」は主役が子どもたちでしたのでそうしたところから生まれたダイナミズムだったのかもしれません。

今回は大人たちの話です。

ドラマで見せようとしたものの…

映画冒頭の団地爆破解体式(そんなことやらないとは思うが…)で市長が死にます。ピエール(アレクシス・マネンティ)という小児科医が市長を代行することになります。

一般的には副市長が代行するとか法律があるはずですので初っ端からなんだか嘘くさい話です。実際副市長ロジェ(スティーブ・ティアンチュー)はいるわけです。副市長は黒人であり、団地の住人たちをよく知っている人物ですのでドラマづくりのためのストーリーかもしれません。それにピエールが選ばれたのは党の意向となっていましたがどこの政党を指しているんでしょう。フランス人にはわかるんでしょうか。

とにかく、そのピエールが団地解体のために次々に強硬手段をとるようになります。そのことから起こるトラブルが描かれていく映画です。

住民側の人物としてはアビー(アンタ・ディアウ)がいます。役所の仕事もしながら移民たちの住宅ケアの団体の仕事もしているようでした。そしてもうひとりブラズ(アリストート・ルインドゥラ)がいます。ふたりは親しいけれどもプライベートではないみたいな関係でした。

ピエールは団地の各部屋を安く買い上げようとします。抗議する若者たち(未成年…)に夜間外出禁止令を出します。アビーはピエールに、あなたは選挙で選ばれていない、私は市長選に出ると宣言して選挙活動を始めます。ある日、団地の一室から火災が発生します。これを好機ととらえたピエールは、団地に倒壊の恐れがあるとして強制退去の手段に出ます。

クリスマスも近い冬の日、突然警官たちが団地を包囲し住民たちを追い出します。エレベーターは何年も故障したままですので狭い階段は警官や住民たちでごった返します。窓からマットレスなど家財を投げ落とす者もいます。

多分、このシーンを見せ場にしようとしたんだろうと思いますが、逆に緊迫感が失せてしまったように思います。

ブラズが興奮状態でピエールの個人宅に押し入ります。イブを祝うピエールの妻と子どもたち、そして、シリアからの難民の親子(だと思うがどういう意味かはわからない…)に怒りをぶつけ、ガソリン(だと思う…)まきます。ピエールとロジェが帰ってきます。ブラズはふたりにも暴行をはたらきます。そこへアビーが駆けつけ、さてどうなるかで映画は終わります。

「レ・ミゼラブル」と同じパターンの終わり方です。

そのドラマ構成に穴が多過ぎては…

結局、この映画の問題はダイナミズムではなくドラマで見せようとしたもののそのドラマ構成に穴が多すぎるということです。

ドラマで見せるためにはやはりそれぞれの人物がしっかりと造形されていないと薄っぺらくなります。そもそもなぜピエールが市長に選ばれるのか分かりませんが、それは置くとしても、少なくとも強硬手段をとる訳をもう少していねいに描かないと単に対立を作るためにしかみえなくなります。

ロジェの立ち位置もよく分かりません。副市長としても、団地の住民たちとの緩衝役としても何もやっていません。どういう位置づけで登場させているのか分かりません。

アビーの登場シーンも中途半端なものが多いです。役所で働いていると考えていいのかどうかもはっきりしませんが、シリアからの難民との会話シーンも何を見せたかったのか分かりませんし、市長に立候補するといって始まった選挙活動も尻切れトンボで終わっていました。ラストシーンの役割もはっきりしていません。

ラストシーンのブラズの行動は映画的には唐突すぎます。そこにいたるブラズの怒りを描かずして何を見せようとしたのでしょう。

この唐突さがこの映画のすべてでしょう。単に対立構造があるよといっているだけの映画にしかみえなくなっています。

バンリューの公営住宅団地を舞台にした映画…

「バンリュー」というのはフランス語で郊外という意味とのことですが、ウィキペディアによれば、「フランスではパリなどの大都市のはずれにある旧植民地からの移民(アルジェリアやモロッコからのアラブ人、サハラ以南からの黒人)が主に住む低所得世帯用公営住宅団地を婉曲に指して使う」ことが多いそうです。

観光旅行程度ではこうしたパリを見ることはなく、実際私も映画でしかバンリューの公営住宅団地を見たことはありません。

この「バティモン5」でも冒頭のシーンで団地の一棟が爆破されていましたが、「GAGARINE/ガガーリン」では団地の解体がマジックリアリズム的にファンタジックに描かれていました。

2015年のパルム・ドール受賞作「ディーパンの闘い」もバンリューが舞台です。

そして、最初に見たバンリューを舞台にした映画は「アスファルト」です。イザベル・ユペールさんが出ています。

この映画は「余計なものがなく、足りないものも何ひとつなく、シンプルで、タイトで、ストイックで、それでいておしゃれで、なのに笑えるのです。とにかく、冴えた映画です」というおすすめの映画です。

現実のバンリューがどういう状態なのかは分かりませんが、昨年2023年6月に起きた暴動も、パリ郊外のナンテールでアルジェリア系の17歳の少年が警官に射殺された事件がきっかけとなっていますので、この映画はバンリューのある一面を描いているのだろうとは思います。

ただし、ナンテールはパリ市から北西にある再開発地区に入っているらしく、この映画のような公営住宅団地は(もう?…)ないようです。