生きちゃった

圧倒的な太賀、何はなくとも映画は俳優

すごい映画ですね。

むちゃくちゃ集中させられます。ただ、映画館にいる間は、です。

生きちゃった

生きちゃった / 監督:石井祐也

それでいいんですが、映画館から出て、あらためて思い返してみますと何の映画だったっけ? という感じがするんです。

非難ということではありません。逆です。とにかく俳優、特に仲野太賀さんの圧倒的な熱量と石井裕也監督の映画的力量で90分間肩が凝るくらい集中させられます。

映画の内容は、愛というものがいかにわかりにくく面倒くさいものかという話です(多分)。

ネタバレあらすじ

シナリオはかなり荒いのではないかと思います。

山田厚久(仲野太賀)、山田奈津美(大島優子)、武田(若葉竜也)の三人は中学(高校?)からの幼馴染です。シーンとしては学校帰りにふざけ合いながら帰る三人の後ろ姿が2、3度挿入されるだけです。

現在30歳、厚久と奈津美は結婚し5歳の娘鈴がいます。厚久はブックセンター(のようなところ)で働き、仕事終わりには武田とともに中国語と英語のレッスンを受けています。語学教室ではなく日本在住のネイティブ外国人に個人レッスンを受けているという感じです。

ふたりは起業しようなと言い合っています。厚久は奈津美と鈴のためにと言っています。また、ふたりは路上ライブをやっていた(いる?)らしく、武田は有名になりたいと言ったりもします。

ただし、そうした本音(言葉にできないという意味)も英語で尋ねられればということで、たとえば Do you love your wife?(ちょっと違っていたかも?)と聞かれれば、Yes, I love my wife. と即座に答えられるのに「愛しています」とはなかなか言えないということです。

厚久が奈津美と鈴とともに厚久の実家に帰ります(墓参りだったかな?)。奈津美にとって厚久の家族は「壊れている」の言葉に象徴されています。

両親は健在でかなりクセがあります。兄の透は引きこもっています。厚久は透には本音が話せるようです。自分たち兄弟二人と祖父の写った写真を見つめ(ここではなくどこかで写真がアップになっていた)「爺ちゃんにはあんなに世話になったのに生きていた実感がしない」とつぶやきます。透は何も話しませんが、親指を立てて「そうだな」との意思を示しています。

ある日、厚久が風邪気味で早退し家に戻りますと、奈津美が見知らぬ男の上にまたがり体を動かしています。硬直したまま動けなくなってしまった厚久。表情を変えることなく厚久を見つめる奈津美。厚久は目の前のガラスを割ることで動くきっかけを見出したかのように家を飛び出し、鈴を幼稚園に迎えに行き、家に戻り、うなされるように寝込んでしまいます。

目覚めた厚久に奈津美が「この5年間あっちゃんの愛情を感じたことはなかった」「あっちゃんには婚約者がいたのに別れて私と結婚してくれた」とつぶやき、そして養育費は欲しいと言います。厚久は「わかった」と答えます。別居生活が始まります。

ある日、奈津美が武田を訪ねます。責めるような眼差しの武田に、奈津美は鈴がお腹にいる時のことを話します。家に帰ったら厚久と元婚約者の女性がいて、厚久は泣いていたと。そして武田のことが好きだったとも言います。武田は奈津美を追い返します。

後日、厚久が武田を訪ね、奈津美のマフラーがあることに気づきます。武田は奈津美が来たと答えます。厚久に反応はありません。

半年後。(半年後が2度、3度と多用されます、ここじゃないかも)

奈津美は件の男と暮らし、スーパーで働いています。鈴はごく普通に対しています。男はヒモ化しているようで、働いてよと言われれば、養育費もらってるだろ、金がなければデリヘルでもやれよと言います。奈津美は「デリヘルでも何でもやる、あんたとは絶対に別れないから」と言い放ちます。

奈津美が厚久に電話でお金の無心をします。厚久はわかったと答えます。

厚久が実家に帰ります。両親は奈津美のことを悪く話していますが厚久がそれに応えることはありません。(兄の透も話を聞いていたかも)

透が奈津美の住まいに向かいます。奈津美の家では男が就職一日目とかでお祝いをしています。男が何かを買いに行くと家を出ます。透が自販機の前の男に無言で詰め寄ります。取っ組み合いになります。透が手にしたブロックで男を殴りつけます。透は倒れた男を見下ろし2度3度とブロックを打ち下ろします。

半年後。

厚久と両親は刑務所を訪れ、その帰り、刑務所をバックにして家族写真を撮ります。

奈津美のもとにヤクザ風の男たちがきます。殺された男が残した借用書を見せ金を返せと脅します。

厚久が奈津美を訪ねますが、すでに奈津美と鈴の姿はありません。奈津美は鈴を実家の母に預け風俗で働いています。

奈津美に指名が入りホテルに呼ばれます。奈津美の耳元でバカ、バカ、バカとつぶやく男、やがて男は包丁を取り出します。

奈津美の葬式です。厚久と武田がきます。厚久は意気消沈の体ですが、奈津美の母親や親族からは全部あんたが悪い、帰って!と拒絶されます。厚久を見つめる鈴、涙でぐちゃぐちゃの厚久ですが、奈津美の母に鈴を連れ去られてしまいます。

厚久が武田に奈津美が殺されたホテルへ行きたいと言い、そこで厚久は「奈津美が生きていた実感がない」と泣きじゃくります。(じゃくってはいなかったかも)

(ここにも半年後があったかも)

武田が厚久を乗せて車を走らせています。奈津美の実家、庭で鈴が遊んでいます。行けよと武田。だめだ、行けないと厚久。車は家の前を通り過ぎます。行けよ、行けないの繰り返しは互いに興奮状態になり、唾はとぶ、鼻水はたれる状態で続きます。

ついに車を飛び出した厚久、気配を感じた鈴が庭から出てきます。鈴に向かって走る厚久。(なにか叫んでいたような…)

で、映画は終わります。

ああ、疲れた…。

何はなくとも俳優、という映画

物語として新鮮なものがあるわけではありません。なにかあることを描こうと丁寧に作られているわけではありません。

でも、この映画は圧倒的です

仲野太賀さんです。もちろん大島優子さん、若葉竜也さんがいてのバランスではありますが、仲野太賀さんの存在が映画全編に張り詰めた空気を生み出しています。

こういう映画もあるんだ、これで映画は成立するんだ、何はなくとも映画は俳優なんだと思い知らされます。

仲野太賀さん、以前は太賀さんでしたが現在27歳、14歳からですから映画だけでもすごいキャリアです。はっきり記憶しているのは「ほとりの朔子」あたりからで、俳優としての存在感を感じるようになったのは「タロウのバカ」くらいからでしょうか。

大島優子さん、過去の出演映画をみてみますと「紙の月」を見ていますが大島優子さんの記憶はありません。この映画はそれぞれの人物がしっかりと書き込まれているシナリオではなさそうですので難しかったんじゃないかと思います。でも、奈津美のような、なんだかよくわからないけれど行動力がある人物のリアリティがよく出ていました。

浮気の相手と一緒に暮らし始め「あんたとは絶対に別れないから」という台詞の凄さがもっと出ていればなおよかったと思います。

若葉竜也さん、出演映画の一覧をみてみましたら結構たくさん見ています。この映画は結果として太賀さんの映画になってしまっていますので、奈津美とのシーンもワンシーンくらいで、ラストシーン以外で見せ場がなくちょっと残念でした。

ということで、映画は何はなくとも、まずは俳優、そして、

監督がそれを導き出す

この映画は、「B2B(Back to Basics)A Love Supreme」(原点回帰、至上の愛)をコンセプトにした企画に、香港国際映画祭と中国のHeaven Picturesが共同出資して始まり、石井監督はじめツァイ・ミンリャン監督ら6人の監督が参加しているプロジェクトの一環として制作された映画だそうです。「All the Things We Never Said」のタイトルでアジア各地で上映されるとのことです。

石井監督の映画の原点が何かはわかりませんが、「舟を編む」「夜空はいつでも最高密度の青色だ」「町田くんの世界」から推測すれば、俳優との関係から何かを作り出す映画的センスかも知れません。

映画の内容やテーマはともかく(ペコリ)、映画としての完成度はそれぞれどれも高いです。やはり、映画的センスとシナリオや俳優に合わせたベストなリズムを生み出す能力の高さでしょう。

この映画でも「原点回帰、至上の愛」が求められていることに対して、俳優の力を最大限に活かして的確な答えを出しています。

(私には)特徴的な画といったものを見出すことはできませんが、俳優の存在感を活かした適切な間合いでそれぞれのカットやシーンが構成されています。

この映画でやっとそれに気づきました。

愛は所詮不可解なもの

映画はいろいろで、明確に何かを描こうとしたものもあれば、それを描こうとしたわけでもないのに何かが生まれてしまうことがあります。

この映画は、愛って結局よくわからない、ってことがよくわかる映画です。

厚久は、あるいは元婚約者をずっと愛していたのかも知れません。しかし、奈津美と鈴を愛していなかったわけではないでしょう。ふたりの幸せを願い、もちろんそれが奈津美の願う幸せであったかどうかはわからないにしても、ふたりのために生きることは厚久にとってみれば究極の愛でしょう。

奈津美は不倫相手の男を愛していたとも言えず、それでも「あんたとは絶対に分かれない」と言い切った時、奈津美の愛は宙をさまよいます。奈津美が他の男と寝たとしても奈津美は厚久を愛していたのかも知れません。それが男の妄想、願望だとしてもです。奈津美が「5年間あっちゃんの愛を感じたことがない」と厚久の愛を求めた時、奈津美に厚久の元婚約者の姿がよぎったとすれば、それは嫉妬という究極の愛だったかも知れません。

武田はおそらく35年間ずっと奈津美のことが好きだったのでしょう。心の中でひとりを愛し続けてひとりで生きること、そして、その人が結婚した相手をずっと好きでいること、やっぱりこれも究極の愛なんだと思います。

これも愛、あれも愛、たぶん愛、それが、きっと愛というものなんでしょう。

ふざけてごめん…。


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