遥かな町へ

48歳の心を持った14歳の少年を演じた及川桃李さんがとてもいいです

谷口ジローさんという方も知らず、ご当地映画だろうくらいの気持ちで観ましたらこれが結構うまくできていて面白かったです。主人公の少年時代を演じている及川桃利さんがいいんです。48歳がタイムスリップしてきたその心で14歳の少年を演じているんですが、これがまったく違和感ないんです。

遥かな町へ / 監督:錦織良成

ネタバレあらすじ

俳優で持っている映画

及川桃利さん、2010年生まれとありますので現在15歳です。え、ほんとに? と思うくらい堂々とした演技でした。目鼻立ちがはっきりした大人っぽい顔立ちも役柄にあっているんだと思います。

同級生の女子を演じている礒谷萌々子さんもいいんです。この方も同じ2010年生まれです。初々しいです。

この二人の初恋カップルシーン、初々しさとちょっとズレた会話がいい感じでした。

そして滝藤賢一さん、結構濃いー演技をする俳優さんという印象ですが、この映画ではある時突然家族を残して失踪してしまう男をまったくその気配を感じさせず淡々と、いい父親、いい夫を演じており、ある意味、この映画は滝藤賢一さんの映画と言っていいと思います。仕事はテーラーですので生地を裁断したり、チャコ入れをしたり、アイロンがけをしたりといった日常作業が続くわけですが、逆にそこに哀感が感じられます。

他にも母親役の戸田菜穂さん、48歳の博史役の大谷亮平さんなど、俳優で持っている映画でした。

映画の背景は昭和ノスタルジー

時代は1998年です。48歳の博史(大谷竜平)は出張先からの帰りに自覚のないまま故郷の鳥取倉吉行きの列車に乗ってしまいます。せっかくだからと懐かしい町を歩き、すでに面影もなくなった生まれ育った家を見、母親の墓参りへ行きます。そして、墓の前で突然気を失います。

意識を取り戻した博史(及川桃利)は14歳です。しかし心は48歳のままです。

ということで1963年の48歳の心を持った14歳の博史の物語が始まります。もともとあり得ないことですから有無を言わせずさらりと進めているのがとてもいいです。墓の前で突然理由もなく倒れるのもいいですし(笑)、博史の戸惑いや困惑といった描写を入れずに、14歳の博史の表情と48歳の博史のモノローグで表現しているのがいいんだと思います。

その後博史は家に帰り、父親(滝藤賢一)、母親(戸田菜穂)、祖母、妹と対面するわけですが、そこでも同じような展開で、及川桃利さんの自然体の存在感と家族の、ヒロシ、ちょっと変だぞ程度のリアクションだけで進みます。昭和のホームドラマ的ですんなり入れます。

後はすでに書いた同級生の智子(礒谷萌々子)や同級生の友人(公式サイトに名前がないし記憶がないのでわからない…)との会話でポロリと未来のことをもらしたりして、ヒロシくん、変だよと言われながら学校生活を送っていきます。

智子とは英語を教えたり(48歳の博史は得意…)、映画を観に行ったりし、最後は48歳が出すぎだったんだか(忘れた…)、ヒロシくん、変よと去られていました。もともと智子はクラスの男たちのあこがれの的であり、親しくなったこともこんなはずはないと言っていましたので中心的なエピソードではないということでしょう。

同級生の友人は母親がバーをやっており、父親は別の女性と出ていったという設定で大人びた人物になっています。自分の部屋には父親が残していったという本が山のように積まれており、そこにウィスキーを隠し持っていたりします。

ウィスキーはそれを知った博史(48歳が出てしまった…)が久しぶりの酒だと言いながらがぶ飲みしてぶっ倒れるエピソードに使われ、その際に迎えに来た父親が急性アルコール中毒で死ぬこともあるんだぞと叱り、母親には内緒にしておこうと14歳を思いやるなどで父親の人物像の一面を見せています。

この友人が作家になりたいと言っていたかどうか記憶はありませんが、ラストシーンで48歳に戻った博史のもとにこの同級生が書いた『遥かな町へ』(だったと思うけど自信なし…)が届きます。

父親失踪の謎と博史の知天命

といった昭和ノスタルジーを背景にして重要なテーマが描かれます。「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」でしょうか。

48歳の博史がなんとなく故郷行きの列車に乗ったのは何らかの迷いがあるからです。出張へ行く前の家族との会話も心ここにあらずのようですし、倉吉の町をふらふらと歩く姿にも影が感じられ、おそらくそれは自分の人生はこれでよかったのだろうかという迷いだと思われます。不惑どころではありません。

そして1963年にタイムスリップした博史は、その年の夏休みが終わる日に父親が家族に何も告げずにいなくなったことに思い当たります。

映画後半はその博史が父親の失踪を止めようとすることを軸に進みます。友人の父親のこともあり、誰か女がいるのではないかと考えた博史は、ある時鳥取行きの父親の後をつけます。父親は仕事を終えた後、病院へ行き女性の病室に入っていきます。

その後、博史は偶然病室から出てきたその女性と出くわし、ヒロシくん? と声を掛けられ、父親との事情を聞かされます。その女性は父親とは幼なじみであり、自分は身寄りがなく、重い病になって寂しさのあまり手紙を出してしまったと語り、ヒロシを抱きしめ、ごめんなさいと嗚咽します。

後日、博史は父親からも女性から話は聞いたと聞かされますし、母親もその女性の存在は知っていることがわかります。

そして、父親がいなくなるその日の朝、博史は駅で父親を待ち受けます。

父さん、なぜ家族を置いて出て行くの?!

ホームのベンチに座る二人の会話シーン、引いた画が結構いいシーンでした。ただ、父親はかなり無責任でひどいことをさらりと言っていました(笑っちゃいけないけど笑…)。自分はこれまで無理をしてきた、本当に自分がやりたい人生を歩みたい、こんな感じのことを博史に言うのです。48歳のお前なら分かるだろうみたいな超映画的な台詞でした(笑)。

家に戻った博史は母親に、父さんを止められなかったと嘆きます。母親は自分が悪いの、私のせいなの、私があの人を引き止めていたのと涙ながらに話します。

実際のところ、なぜ父親は出ていったのかはよくわかりませんが、映画中頃に、父と母の結婚のいきさつが語られています。母親には好き合った人がいてその人が出征するということでその前に結婚したものの戦死し、その知らせを持ってきたのが今の父親であり、その後親しくなり二人は結婚したということです。

そして1963年のラストシーン、墓の前です。なぜ18歳の博史がそこへ行ったのか記憶はありませんが、このときも突然倒れ、意識を取り戻した博史は48歳(大谷竜平)です。母さん、あなたは本当に幸せでしたかと心の声で問い掛けていました。

出張から家に戻った博史は「知天命」の境地のように、家族が驚くような父親ぶりを示しています。この家族とともに生きるのが自分の幸せと知ったということでしょう。直木賞候補となった同級生の友人がテレビ出演するカットがあり、送られてきた本を開きますとその友人の名が記されています。

この友人の件はおまけですね。

感想:男のロマンは男の身勝手(ゴメン…)

実際のところ、この映画のテーマはよくわかりません。

父親は、人は幸せとは何かを見つけるために生きているんだと言ってどこかへ行ってしまいます。客観的にみれば、結婚して子どもまで作って何言ってんの? ですし、身勝手の極みです。

もちろん人間にはそういうところがありますので否定するものではありませんが、それは男だけのものではありません。この映画に対して言うわけではありませんが、男の失踪はロマン、女の失踪にはほとんどの場合男がいるというのが映画や小説で描かれてきているパターンです。

谷口ジローさんの原作もこんな感じの内容なんでしょうか。

Amazon で試し読みが出来ますね。

それにこの原作はウィキペディアによれば2009年に舞台化され、2010年にはフランスで映画化されているようです。

舞台化もフランスですね。記事がありました。2022年には東京でも日本人の俳優で上演されたとあります。劇団NLT ですね、上演履歴がありました。他にも検索すればヒットします。

映画は DVD も発売されていますね。

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フランス人にはなにか琴線に触れるようなことがあるんでしょう。

ということで私の琴線に触れることはありませんでしたが、映画としてはうまくまとめられ、なにを置いても及川桃利さんと滝藤賢一さんの映画ということではあります。