人はみな孤独、そして不完全なもの
大人の映画って感じでとてもよかったです。深田晃司監督の映画は「東京人間喜劇」あたりからわりと観ていますが、いまだ「さようなら」(2015年)を超える映画がないというのが私の評価で、この間の「よこがお」では「深田晃司監督は初心に帰るべき」などと偉そうなことまで書いてしまいました(ゴメン…)。

ネタバレあらすじ
初心に帰った深田晃司監督
初心に帰っていました(さらに偉そうでゴメン…)。
穏やかな日常描写の中にちょっと不穏なドラマを忍び込ませるのがとてもうまい監督です。ですのでドラマが過剰になったり表に出過ぎたりしますととたんに映画がつまらなくなります。この「ナギダイアリー」にはそれがなかったということです。終盤はかなり危なかったんですけどね(笑)。
「ナギ」というのは岡山県勝田郡奈義町という地名から取られているとのことで、実際にロケもその町で行っているそうです。映画の中に現代美術館や自衛隊の演習場がでてきますので調べてみましたら実際に奈義町にあるものでした。
現代美術館は「Nagi MOCA」Nagi Museum of Contemporary Art です。行ってみたいとは思いますが岡山からでも2時間半ですので旅行になっちゃいますね。
自衛隊の演習場は陸上自衛隊の日本原駐屯地に隣接する日本原演習場です。映画ではかなり頻繁に演習中の爆発音が挿入されており、これが映画全体に不穏さをもたらしています。実際にあんな感じですとちょっとつらいですね。
深田晃司監督が大きく変わりつつある日本の防衛政策に対してどういう立ち位置に立っているのかはわかりませんが、あわせてロシアによるウクライナ侵攻(侵略?…)のニュース映像を2度ほど入れていますので意図あるメッセージなんでしょう。
不協和音的調律音とのどかな自然
ナギで酪農を営みながら彫刻を制作している寄子(松たか子)のもとに建築家で寄子の弟の元妻友梨(石橋静河)がやってきます。この二人の関わり合いを軸にした9日間がダイアリーのように描かれていく映画です。日めくりで2025年3月13日から21日までの日にちが示されています。
二人の関係と書かずに関わり合いと書いたのは、映画が描いているのは二人の関係ではなく、二人が言葉を交わしたりそこにいることで、二人を含めたまわりに変化が起きていく映画との意味合いです。
そのまわりの人々というのが寄子の同級生で町役場に勤めている好浩(松山ケンイチ)、そしてその息子で中学生の春樹(川口和空)と同級生の圭太(藤原聖)です。この二人の中学生は登場シーンも多いですし重要な役回りです。
映画終盤にはこの二人の家出騒ぎという事件も起きたりはしますが、基本はダイアリーですので穏やかな日常描写が続きます。そうした中でそれぞれの人物の過去などが次第に見えてきて、ああそういう人なんだとその人物が現実感を持って立ち現れてくるわけです。俳優の力が重要となるのは当然のことで、それを見極めることが出来る監督じゃないとできない映画ということです。
映画はピアノの調律音から始まります。かなり象徴的な始まりになっています。当然ながらその音はメロディアスではなく不協和音(的)です。
初っ端から不穏さを入れてきた! ってびっくりしました。ところが画はむちゃくちゃのどかなんです。なにかの施設の玄関先で調律師さんが調律しているんです。続いてバスを降りた友梨がキャリーバッグを引きながら農道を歩いて行くわけですが、やはり画はいたってのどかなままです。そこを自衛隊の車が走っていきます。
不完全な大人たちの心の内
という、なんとなく心がざわつくようなおもしろい始まりがあり、さらにちょっとした謎が…。
友梨は自転車の圭太とすれ違うんですが、圭太がUターンして並走しながらちらちらと見るんです。なに? と尋ねる友梨に圭太はスマホを見せます。そこには友梨のデッサン画の画像があるんです。なぜ圭太のスマホに友梨の画像が入っているんだろうと不思議ですが、ここでは明らかにされません。それに友梨を知らない圭太が持っていることにも理由があるわけで、こういう細かい仕込がいっぱいされている映画なんです。
あまり細かく書いても観なきゃわからない映画ですので、いくつかのシーンの積み重ねと登場人物の会話からなんとなく分かってくるそれぞれの人物の背景と起きるコトだけ書いておきます。
デッサン画の件は、後に春樹が絵画の夏期講習で東京へいったことがあるとの会話があり、その時に描かれたものと思われます。寄子は絵画教室もやっていますのでその生徒である春樹を連れて東京へ行ったということだと思います。それだけ寄子と友梨には交流があるということで、今回の訪問は寄子から彫刻のモデルを頼まれたことからのようです。映画前半は彫刻シーンが中心となっており、そこで友梨の離婚の理由などが語られます。
友梨の夫も建築家であり共同で仕事をしていたらしく、友梨は夫の補佐役になってしまうことに疑問を感じ始め、そんなときに台湾での仕事が入り、一緒に来てほしいという夫にはいとは言えなかったと語っていました。また、寄子の言葉として、自分は孤独だが孤立はしていない(違うかもしれない…)ということが会話の中で語られていましたので、友梨の気持ちとしては、その時、何となくもやもやとしていたことが言語化されてストンと落ちたのかも知れません。
友梨には寄子がある種の人生の指針にも見えているということでしょう。
しかし後半になりますと、まったく迷いなどないように見える寄子の過去が明らかになります。ある時、うたた寝していた寄子が目覚ましのベルで飛び起きます。外を見ますと春のにわか雨です。洗濯物を取り込み家の中に入りますと女性がいます。
寄子の夢です。白日夢的でもあります。女性は好浩の妻早苗です。早苗もまた同級生であり、好浩と結婚して春樹出産後早くに亡くなっています。具体的な会話は記憶してはいませんが、ああ二人は好き合っていたんだなということが感じられるシーンになっています。これは後に好浩と友梨の会話で、実は好浩はそのことを感じていたと語ることではっきりします。
この夢のシーンへの入りと戻りはうまかったですね。一緒に暮らしている夢だったんですかね。
また、好浩自身も自分との結婚によって二人を引き裂く結果となったことへの罪悪感を寄子に感じていることも明らかになります。それを話すシーン、ちょっとした成り行きで友梨が好浩の家の部屋に入ることになり、その壁に春樹が描いた友梨のデッサンが(圭太のスマホの原画…)貼られているのを見ます。好浩は気持ち悪いですよねと言いながら、実は春樹が描いたこの絵を見て一目惚れをし、毎夜寝る前に見ていると話します。
あり得ることとはいえ、客観的にはかなり気持ち悪いですね。この時、友梨に何の表情の変化も現れていないことが気になります。
という不完全な大人たちの姿が顕になってくる映画です。もちろん人は完全でなくてはいけないということではありませんし、完全でなくてもいいと分かっていながら完全を求めてしまう人間の不条理ということです。
生き急ぐ子どもたち
春樹と圭太にもその不条理さが伝染します。
圭太は春樹に好きだと告白します。その後の経緯は描かれませんが、ある時春樹が友梨に話を聞いて欲しいと言い、圭太に好きだと言われ、自分もそれを受け入れ、二人でここを出て、将来結婚することにしたと話します。
友梨は戸惑い、親に話したの? とかなり的はずれなことを返します。この友梨の対応は計算ずくなんでしょうか。これも大人の不完全さなんですかね。
とにかく、その後、経緯は記憶していませんが、春樹と圭太は寄子に家出をするためにお金を貸して欲しいと言い、寄子はいくらなのと尋ね、二人が10万円と言いますので寄子は10万円を渡します。友梨は寄子に自分が出来なかったことを二人にやらせようとしていると非難します。
そして二人は家出し、好浩や圭太の父親(自衛隊員…)も交えたちょっとした騒動となります。大雨の中、寄子と友梨は車で探しに出ます。そして、好浩(いたかな?…)と圭太の父親とともにいる二人と遭遇します。
どうなることかと思いましたがあっさりまとめていましたのでホッとしました(笑)。もちろん二人のことではなく過剰なドラマにしないでねという意味です。それにしてもコメディかと思うような展開でした。
寄子は圭太の父親に深々と頭を下げて謝罪していました。演出意図はわかりませんが、あれは心底からの謝罪じゃないですね。寄子の屈折した思いかもしれません。
そしてナギダイアリーの最後の日、友梨は元夫から台湾での仕事を手伝って欲しいとの電話を受けて帰っていきます。しかし、タクシーの中から自転車で追いかける春樹と圭太の姿を見てナギに戻り、寄子に台湾行きは断ったと言います。
ラストシーンは寄子の姿で終わっていたと思います。
感想:人はみな孤独、そして不完全なもの
もういろいろ書いてきましたのであらためて感想ということもありませんが、「さようなら」「ほとりの朔子」以来のいい映画でした。
気になることがあると言えば、彫刻制作の過程が結構長く取り入れられている割に彫刻そのものがあまり生きていないことです。寄子は夢の中で早苗と再会した後にほぼ完成していた友梨の粘土彫刻の顔の部分をそぎ取ってしまうわけですが、その後の友梨の反応もあっさりしていますし、寄子は意識が途切れたと言って済ましてしまいます。このあたりでもっと寄子のシーンがあってもいいと思います。
それにアトリエにあるたくさんの彫刻の見せ方もただそこにあるだけに感じるような画でした。特に早苗の彫像にはもう少し思い入れのある見せ方が必要じゃないかと思います。
寄子がひとりで作品に向かうシーンとかってありましたかね。印象としては友梨との会話をしながらのシーンばかりだったように記憶しています。
ところで映画の中の彫刻は吉田愛美さんという方の作品だそうです。
ということで、この映画から一番感じることは、言葉にしますと陳腐ではありますが、人はみな孤独、そして不完全なものということでしょうか。寄子も友梨も好浩も、孤立はしていませんが孤独を感じているようです。春樹と圭太はそうじゃない強い関係を求めます。しかし、寄子も友梨もその願いが叶うことはないだろうと知っています。
