私はあなたを知らない、

人物の存在感が伴わなければサボテンの花だけではドラマは生まれない

湯を沸かすほどの熱い愛」「長いお別れ」「兄を持ち運べるサイズに」と観てきている中野量太監督、結局「家族神話もほどほどに」との評価に行き着いている監督です。でもこの「私はあなたを知らない、」はちょっと違って家族をつくれない人たちの話でした。ただし、タイトルの最後が「、」で終わっており、それは「けれども」を意味すると思われ、やはり家族願望もの、逆説的な家族神話ではあります。

私はあなたを知らない / 監督:中野量太

ネタバレあらすじ

意図したことなのか、はからずも監督(脚本も…)の内面が出てしまったのかはわかりませんが、紗月(堀田真由)のほうが悪く見えるように男目線でつくられています。それがこの映画を気持ちよく観られない原因じゃないかと思います。このドラマなら人と人がどうしてもわかり合えないがゆえに起きてしまった不幸な結果としておけば「湯を沸かすほどの熱い愛」のようになってたんじゃないかと思います。

ただ、そう見えるのも男目線でみればという話であって、逆に女目線でみれば夕平(坂口健太郎)は間違いなくストーカーですし、事件を新聞記事にすればストーカー殺人でしょう。映画に出てきた新聞の切り抜きの見出しもそんな感じだったと思います。

こんな見方をされるのは中野量太監督にしてみれば不本意かも知れません。そんなことをテーマにしたつもりはなく、サボテンの花とパン切り包丁をキーにした泣ける映画をつくろうとしたんだと思います。

パン切り包丁の出会い

まず物語の構造をざっと抑えておきますと、2020年くらいの現在と12、3年前の2007年から2008年あたりの2つの話となっており、始まってしばらくは2つの時代を並行して描き、なんとなくその関係がわかった後に12、3年前の過去を詳しく描き、その時代の残された疑問を現在で明らかにしていくというつくりになっています。そして最後に5年後の未来、つまりほぼ実際の現在を描いています。

東京スカイツリーの名称募集が行われた頃(2007年秋)、夕平(坂口健太郎)と紗月(堀田真由)が出会います。夕平はゴム手袋工場の契約社員でそこに紗月がパート従業員として入ってきます。夕平は現状に不満を持っている様子はなく、また満足しているかどうかもはっきりしない人物で、毎日のルーティンを淡々とこなしています。アパートに一人住まいで、後に両親は早くに亡くなったと言っていました。

紗月の方から積極的に話しかけるようになり、ある日、夕平が町のパン屋でやや高めの食パンを買っているのを見かけ、なかなか買えないのと言い、そのまま夕平のアパートで食べさせてもらうことになります。紗月に出されたパンの切り口はギザギザです。夕平は包丁の使い方が下手でと言っています。

その後、紗月がパン切り包丁をプレゼントし、夕平はこんなものがあるんだと驚いています。包丁代を払うという夕平に紗月はいらなくなったら返してくれればいいと言っています。この時、紗月の方からキスをし、そのまま付き合うことになったんでしょう。

その後、夕平が紗月のアパートを訪ねることになり、花屋に寄り、夏になれば黄色い花が咲くというサボテン(キンシャチ)を買って持っていきます。しかし、アパートを訪ねてみれば紗月は出掛けており、5歳の朝子がひとりでいるのです。

紗月はシングルマザーということです。

朝子をめぐり行き違うふたり

一方、2020年の現在では18歳になっている朝子(早瀬憩)が祖母(原田美枝子)を看取ります。朝子は祖母に育てられてきたということです。祖母は、あなたが5歳の時に半年ほど父親のような立場の人がいて、その人から毎年一通ずつ手紙が送られて来ていると言い残していきます。

その後、朝子は祖母が残した新聞の切り抜きなどで母親紗月が13年前に夕平に殺されていることを知ります。

これはかなり無理がある設定ですね。5歳の頃の記憶、ましてや母親が突然いなくなっているわけですからまったく記憶がないというのも不自然ですし、仮につらい記憶であるがゆえに心の奥底に仕舞い込んでいるとするならそれが呼び覚まされるシーンを入れないと映画になりませんし、そうじゃないとすれば13年間何も耳に入らなかったということも不自然です。それに祖母も新聞記事をスクラップするって、まあ一般的には遺族はそんなことしないでしょう。

とにかく、映画は過去の夕平と紗月に戻ります。

5歳の朝子は夕平になつき、また夕平も朝子との時間に楽しみを感じているようです。夕平は朝子に24色(違ったかも…)のクレヨンをあげるという約束をし、また夏になればサボテンに黄色い花が咲くよと話しています。運動会のかけっこで一番になりたいという朝子に仕事を早引けしてまで走り方を教えます。

紗月は上昇志向を持つ人物との設定らしく(いきなり過ぎて、これもちょっと不自然…)、ゴム手袋工場を辞め、他の会社に契約社員として入り、簿記検定を受けて正社員を目指しています。仕事で帰りが遅くなることが多くなり、また勉強のために朝子のことは夕平に任せっきりになります。

夕平との行き違いも多くなり、夕平に向上心のないことで不満が募り、夕平からもう少し朝子のことを考えたほうがいいと言われれば、夕平くんは今のままでいいの?! 私は朝子の将来を考えて一生懸命やっているの! と言い返します。

運動会です。朝子はかけっこのスタートで靴が脱げてしまいビリになります。突然夕平が運動場に飛び出してもう一度やり直そうと叫び始めます。夕平は係員に担ぎ出されます。紗月は顔を背けて、もううんざりという表情をしています。

これがきっかけになったのか、紗月の気持ちは夕平から離れてしまい、夕平は別れを告げられます。夕平にはわけがわからないのでしょう、その後も執拗に紗月を訪ねます。さらに紗月の気持ちは離れていき拒絶する言葉も強くなていきます。しかし、この時の夕平の気持ちは紗月ではなく朝子への執着心になっており、朝子に会えないとなれば保育園に行きフェンスの外から朝子に声をかけたりします。保育園が通報したのでしょう、警官がやってきて警告を受けることになります。

新東京タワーの名称が東京スカイスリーに決まったとテレビのニュースが流れていました。2008年6月です。あまりドラマには絡んでいませんが、ふたりが付き合い始めた頃、募集の話の中で夕平がスカイツリーと言い、紗月はそれはないねと言い、もしそうなったら何がして欲しい?なんて話していましたがそれっきりで終わっています。

そして事件が起きます。紗月がアパートに戻りますと夕平がいます。夕平はバッグから朝子へのプレゼントのクレヨンを出し、渡してほしいと懇願します。紗月は夕平のことを赤の他人と呼び、拒否します。夕平は仕方なくクレヨンをバッグに戻し、別の何かを出そうとします。この時、どういうやり取りだったかは記憶にありませんが(涙)、紗月がサボテンはとっくに捨てたと言います。夕平がバッグから何かを出したと思った瞬間、紗月がアパートの階段から転げ落ちていきます。

13年後、サボテンに花が咲く

18歳の朝子です。13年前に母親が殺されており、その犯人である夕平が服役していることを知ります。当時のことを調べ、担当の弁護士(滝藤賢一)を訪ねます。弁護士は、裁判では夕平が殺意の有無について何も語らず、結果殺人罪が適用されたと話し、凶器がパン切り包丁であり、文化包丁も持っていたのになぜなのかがわからないと語ります。

朝子も疑問を持ったのか、母親とのことを知りたかったのか、服役中の夕平に面会します。夕平は何も語らず「私はあなたを知らない」と言い切ります。

その後幾度か面会を続けるうちに少しずつ話し始めるのですが、考えてみれば朝子が面会をしてまで何を知りたかったか映画的な説得力は乏しいです。13年前とはいえ母親を殺した相手ですからね、殺意があったかどうかなんて考えないでしょう。ですのでこの映画の朝子の行動は、言ってみれば我々観客のなぜの気持ちの代理みたいにもみえます。

ただ、この映画、観ている我々にはまったく疑問はないんです。パン切り包丁は返そうとしたんだとわかっていますのでこの後朝子がその疑問を解いていく過程も映画的にはちょっとかったるい展開です。学生仲間の男の子たちにパン切り包丁を持っているかと聞き、その一人が元カノが置いていったと答えていました。

この後は、朝子が夕平に面会するシーンや弁護士と会う現在のシーンに、時々過去の夕平のシーンが入って事の真相が明らかにされていきます。

その時、夕平はカッとなって(多分…)、返そうとして出したパン切り包丁で切りつけ、驚いた皐月が階段から転げ落ちたということです。まあ、そもそも紗月が階段を上がったその際(きわ)にずっと立っていることでその後の展開は読めてしまいますけどね。

で、中野量太監督が泣かせようとしたのはサボテンの件です。

過去です。花屋の店員からは毎年夏に黄色い花をつけると聞いていたのに咲かなかったために、ちょうどその頃別れを告げられていた夕平は悶々として花屋を訪れます。店員は謝罪します。実は花をつけるのは12、3年後(購入したときには何年か経っている…)だと言うのです。夕平は落胆します。その後事件が起き、紗月からもうとっくに捨てた!と突き放されているのです。

現在です。何回目かの面会の時、朝子は夕平にサボテンに花が咲いたと話します。そのサボテンは母親が祖母に預けていったもので(なぜ?…)、祖母からは大切にしなさいと言われており、いつも忘れずに水をやってきたと話します。夕平が泣き崩れます。

感想:私はあなたを知らない、けれども…

後日、夕平が出所してきます。弁護士が待っており朝子からの手紙を渡します。手紙には、私は母親を殺した相手を一生憎みます。でも、もしこの先その人と会ったとしてもまったく知らない人として相対するつもりです(こんな感じだった…)と書かれています。

5年後、夕平はタクシードライバーです。数人の客が乗り降りしていきます。その中には弁護士の娘(弁護士は妻とは離婚しており月1回の面会シーンという脇ネタが入っている…)が乗ってきたり、その娘が黄色い靴(運動会のとき脱げた靴が黄色だったと思う…)をはいていたりと思わせぶりなことをしていました。そして最後はタクシーからの町の風景シーンがあり、保育園児を連れた保育士のひとりが朝子だったかも知れません。

という映画で、中野量太監督の持ち味であるドラマの作り込みがちょっと滑っているような映画でした。

それに、坂口健太郎さんも堀田真由さんもこのドラマにあっていないです。坂口健太郎さんは癖のある役柄よりも「サイド バイ サイド 隣にいる人」みたいに飄々した感じのほうが合いますね。

と言いながらレビューを読み直してみましたら褒めてはいませんでした(ゴメン)。

堀田真由さんは「バカ塗りの娘」しか記憶にありませんのでよくわかりませんが、この「私はあなたを知らない、」は演出上の人物像がきちんと出来ていませんね。

人物造形ができていないという点では夕平も同じで、ふたりともどういう過去を持っているのかが見えてこなければ物語自体が薄っぺらくなります。

人物の存在感が伴わなければサボテンとパン切り包丁だけでは深いドラマは生まれないということです。